4-6

文字数 5,536文字

 30分後――。

「できたよ、キャット」
「リズ、ありがと!」
「それで、レフって人の足取りは追えたんですか?」
「今、ワールドグローブ付近にいるはず! その前に、こっちで作った洗脳音波をGWLに流さないと!」

 リズの作った曲を、GWLのサーバーにアップしてすぐにBGMとして園内に流す。レフの妨害に遭わないといいんだけど……。

「本当に私の曲で洗脳できてるかな?」

「わかんないけど、出てみないとわからないでしょ! さ、そろそろ行くよ! レフに会ったら聞き出さないと」

「何をですか?」
「『なんでボクに執着するのか』ってね」
「それってかまってちゃんっていうか、もしかしてキャットのことが……」
「伊藤、言うなよ」

? なんだろう? カナメが言いたかったのって。

「ともかく行くよ! ワールドグローブに!」

 外がどうなっているかはわからないけど、ボクらは行くしかない。行って、レフをとっ捕まえるんだから!

 外に出てみると、ゲストたちは――

「よかった……リズの洗脳音波、効いてるみたい。お手柄じゃん!」
「まさかこんなに私の曲でみんなが影響を受けてるなんて……」

 リズは自分の力に驚いている。

 ゲストたちは、いつも通りに戻っていた。普通にGWLを楽しんでいる。ネコ耳カチューシャの人間も襲われていないし、計画は成功したんだろう。

 死体も『清掃人』たちがうまく片付けてくれたみたいだ。でもおかしいな。表のGWLでは死体なんてほぼ出ないはず。誰が片すように指示したんだろう? 唯一死体がゲストの目に触れたのは、ウォータースプラッシュベルグからバラバラ死体が落ちてきたあのドリームクラッシャーの起こした事件だけだ。

 不思議に思いながらも、ボクらはワールドグローブの付近まで歩を進める。

「ところでキャット、『レフ』って人と面識あるの?」
「ないっ!」
「ないって……。ヒントはあるんですか?」
「ロシア人なのはわかってる」
「『ロシア人です!』って一目でわかる? オレ、リズさんも外国人だと思ったんだけど」
「…………」

 もともとそんなに話さないリズだけど、そのひとことで黙ってしまった。
 もう、本当にこの国の人間は無神経だなっ! ボクはリズの肩を叩いた。

「リズ、気にすることないよ。ボクだって同じなんだから」
「キャット……。!!」

 リズがハッとしたように、ボクから体を離す。

「な、何!? ボク、変なことした?」
「そうじゃなくて、未来が……」
「未来?」
「嘘……なんで? なんで……」
「どうしたの?」

 よくわからないけど、リズはパニックになりかけている。

「リズ、落ち着いてよ。なんか飲む?」
「う、ううん、大丈夫……。ありがとう」

 リズは大きく深呼吸する。本当に大丈夫かなぁ?

「それより……私は本当に殺してもらえるの?」
「うーん……」

 ボクは迷っていた。リズはものすごくいい拾い物だった。このまま生贄にするのはもったいない気もする。でも、EPIC社の内情やGWLの裏の顔を知られちゃったからなぁ……。ユウキサンたちにバレたら怖いし、やっぱり始末するしかないよねぇ。

「あ」
「……いやぁ、アレはないだろ」
「いかにもじゃない。アレしかいなくない?」

 ツクモとカナメが何か言ってる。ふたりの視線の先に居たのは、金髪ツインテールのアニメキャラのTシャツを着てリュックを背負った、メガネで銀髪の美少年だった。

「…………」

 ボクはその『彼』を見て絶句した。あの、場違いなオタクがレフ~~!? 美形なくせに、GWLに来てるくせに、全然関係ないアニメキャラのTシャツ!! ふざけんな!!

「キャットさん、アレ……」

「ロシア人っぽいよな。年齢は……オレらより若そうだけど、本当にアレがLuv……『レフ』とかいうヤツなのか? 美少女のホログラムだったけど」

「Vtuberの中身がおっさんってこともよくある話でしょ。ネットとリアルじゃ違うんだよ。だけどアレはなぁ……」

 何が気になるって、アイツの着ているアニメキャラのTシャツだ。金髪に長いツインテール。あれじゃまるで……。

「あのシャツに描かれてるの、キャットに似てない?」
「リズ! それ思ってても言わないでよ!」
「ご、ごめん」
「いや、っていうかキャットさんでしょ」
「ツクモまで!」
「キャット……アレ、キャットのなんなの?」
「それはボクもわからないよ! っ……でも、とりあえず声はかけないと」

 いささか不気味ではあるけど、あの黒ぶちメガネのオタクに声をかけるのかぁ。
 ボクが近寄ると、相手は気づいたらしくこちらを見た。

「あのー……レフ、だよねぇ?」

 あのLuvは日本語ペラペラだったから、レフも日本語はわかるはず、多分。翻訳ソフトを使っていたかもしれないけど。

「……キャットぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
「うぉぉっ!?」

 いきなりレフと思われるオタク黒縁メガネは、ボクに抱きついてきた。

「ちょ、ちょっと!?」
「なんでだよ! お前、ボクを捨てて、こんな男や女とデートかよ!! 相手はどいつだよ!! お前はボクとの約束も忘れたのかよっ!!」
「え、えーと……?」

 しらーっとした空気が流れる。
 ツクモとカナメは呆れているし、リズは相変わらず困った様子。

「っていうかレフ! アンタボクを殺そうとしたよねぇ!?」
「キャットはボクのものだろ! だからボクのものにならないんなら、死んでもらおうと思ったんだよ!」
「えっ……」

 どゆこと? ボクが3人を見ると、ツクモは目をそらし、カナメも困惑した表情で頬をかいている。
 頼みの綱はリズしかいない。

「えーと、よくわからないけど……レフくんはキャットのことが好きなの?」
「好きだよっ!! こいつはボクのものっ!!」
「はぁぁぁ!? ちょっと待ってよ!! 普通、好きな相手のこと、殺そうとする!?」
「それは……愛情と憎しみは紙一重ってことなんじゃないですかね」
「シロ、心読んだの?」
「レフもブロッキングシステム付きのアイテム持ってるよ。でも、さすがにキャットさんほど鈍くなければわかるでしょ」
「わからないよっ!!」

 レフはしっかりと抱きついたまま、ボクに尋ねる。

「ねぇ! キャットはボクとの約束、覚えてないの?」
「約束……?」

「あーっ!! 忘れてる~!! だったら殺すよ!! ボクはやっと今日、『約束』を果たしてもらえると思ったのに!! なのになのに、男二人と女が一緒で!!」

「約束……あっ」

 もしかして……あの約束? もう4年も前のことだけど、チャットでこんな話をしたことがある。
 ボクがEPIC社のシステムをハッキングしようとしたのは、『友達がいなくてGWLに行ったことがなかったから』だ。GWLに憧れて、だけどその憧れが裏返って……。
 レフも一緒だった。だから、ボクは――

「『いつかGWLに行きたいね』って話?」

「そうだよ! その『約束』!! 約束したのに、キャットは勝手にEPIC社の社員になっちゃったじゃん! しかもそれ以降、ボクと遊ぶこともなくなって……だからボク、ずっと前からGWLの監視カメラとかシステムとか全部ハッキングして、キャットを監視してたんだからなっ!!」

 ……いや、待って待って。『全部ハッキング』? 『ボクを監視』? それって……。

「キャットさんのストーカーじゃないですか」
「怖いな……4年間も監視してたのか」
「す、すごいね」

「いやぁぁぁっ!! 助けてぇぇぇ、ヒロアキサアアアアン!!!」

「……だってさ、ヒロアキ。オレの名前は呼んでくれないんだぁ?」
「はぁ……異常事態が発生したっていうんで、警備員から連絡受けて来たらこのざまだ」

「ユウキさんにヒロアキさん。ちょっと、僕たち呼び出しておいてこの状況……一体僕らは何に巻き込まれたんですか。またふたりの陰謀ですか?」

「えぇ、またか? もしかして、このレフってやつもヘッドハンティングとか青田買いとか?」

 ツクモが静かに怒り、カナメがふたりを問いただす。

「いや、レフくんは勝手にGWLのシステムをハッキングした。当然それ相応の代償を払ってもらいたい」

 ヒロアキサンが、冷たく言い放つけど、レフはボクに抱き着いたまんまニヤニヤと笑う。

「いーよ! それがボクの目的だったんだから」

 ユウキサンは面白そうに笑いながら、レフを見つめる。

「そっかぁ、キミ、キャットのこと好きだもんねぇ~。キャットと同じところで働きたいもんねぇ~。だからハッキングかぁ~……ふざけんな」

 あれ? 珍しくユウキサンも怒ってる? これはまさか、ユウキサンも予想外の出来事だったのかな?

「こほん、ユウキ、落ち着け。ともかく後始末は俺らがするし、かなり癪ではあるけども……レフくんの技術は折り紙付きだからな。ブロッキングシステムのデータのことは知っている」

 ちらりと死んだ目でヒロアキサンがボクを見る。うわあ、完全にバレてる……。

「キャット。そういうわけだから、レフくんはEPIC社に入社させざるを得ない。お前はエサだ」
「はぁ!? ボクがエサぁ?!」

「でも、ちょうどSE周りの人手が足りなかったんだし、いいじゃん。敵になりそうな人間は、さっさと懐柔しといたほうが賢いってね☆」

「マジ!? ってことは、キャットと一緒にEPIC社で働ける!?」
「不・本・意だけどね?」

 ユウキサン、やっぱり怒ってる……。あの人、自分の計算通りに動かないと、すぐ腹立てるんだよなぁ。顔とかには出さないけど。

「で、問題は……」

 ヒロアキサンやみんなの目が、リズに行く。
 リズはおどおどしたままだ。今回の功労者なのは確実なんだけど、自殺志願者なんだよなぁ。ボクは聞いた。

「……リズ、まだ死にたいと思う?」
「私は……」

 正直、リズの未来予知は興味深いし、この力を使えばアンダーベースのアルバイトの管理とかやりやすくなりそうだっていうのがあるんだよな。
 それに、リズとボクは似たような境遇だし、気は弱そうだけど、ボクよりお姉さんだから一緒にいると少しだけ安心するというか……。

「ねぇ、ヒロアキサン、ユウキサン。リズも雇ってくれないかな? 事務方として!」
「キャット?」
「…………」

 ヒロアキサンは、少し考えてから口を開いた。

「リズは未来予知ができるんだってな」
「は、はい……」

「まぁ、事務方としてならいいんじゃない? 気が弱そうなところはあるけど、キャットやレフと一緒にいればいいでしょ。っていうか、ふたりが一緒だったら、誰かお目付け役というか落ち着かせる役が必要だよね」

「ホント!? じゃあ、雇ってよ! ボク、もうあと一か月で死ぬらしいからさ!」
「「「「「は?」」」」」

 リズとボク以外の男性5人が、口をぽかんと開ける。

「過労死するって、リズが」

「キャット、その……それなんだけどね? 実は、さっき触られたとき、未来が視えたの。私が朝視た、過労死する未来が変わって……みんなで仕事をするっていう未来」

「え?」

「私、未来が変わったのって初めてで……驚いてパニックになりそうだったんだけどね。――今まで私の視る未来って、人が死ぬこととか不幸になることしか視えなかったの。だから絶望していたんだけど……こんなことがあるなんて……」

「ボク、過労死しないってこと?」
「うん」
「ふーん、そっかぁ。で? リズは?」
「私?」
「まだ死にたいの?」
「私は――」

 リズは考え込む。

「新しく働く場所があるんだよ? それに……これからはボクらと一緒に夢を見てみない? ボクひとりじゃ無理だし、すっごく忙しいから見る暇もないけど」
「キャット!! ボクも一緒だからね!! こんな女なんかに取られないからね!!」
「もうっ! いい感じに誘ってたのに、レフ、うるさいうるさーい!!」
「……くすっ」
「!!」

 リズが、やっと本当の笑顔を見せる。

「うん、契約成立だね☆ これで人手不足も解消して、EPIC社もまた手広―く仕事ができるようになりそうだ!」
「瑞希さんの残していた雇用契約書、どこだったか覚えてるか? ユウキ」
「部屋のどっかにあるんじゃないのー?」
「……あるかわからんな。リズ、入社したら最初に自分たちの雇用契約書の新しいひな形を作ってもらうけど、いいな」
「事務仕事は初めてですけど、頑張ってみます」

「キャットぉ~、今日はボクとデートしよっ! リズとかいうでかい乳だけしか能のない女が生贄にできなくなったってことは、オフでしょ? アンダーベースのアクターたちには、最初から来ないように連絡してたし!」
「やっぱりアンタの仕業か!」
「あったり前じゃねーか!」
「キャットもレフも……落ち着いて」
「あのー、僕たちは?」
「オレたちが来た意味って、何?」
「まぁまぁ。今日はオフだってことで、キャットと新入社員全員で遊んでおいでよ! せっかくのGWLなんだからさっ!」
「……表のGWLの良さを知るっていうのもいいかもな。俺は知らんけど」
「ヒロアキのそういう冷めたところ、昔から好きだよ」
「ユウキ、お前は昔っから意味が分からんから直せ」
「えぇ~? 直せな~い!」

 新入社員は総勢4人。ツクモとカナメ、不本意ながらレフ。そしてリズ。その先輩になるのがボクかぁ……。過労死をなんとか免れたのは、結局レフとリズが入ったからなんだろうな。
さぁ、これから忙しくなるぞ。今までみたいに死にそうなほど――ってことはないと思うけど。

「キャット、行くよっ!」

 レフがぎゅっと手を握ると、ボクは反射的に逆にいたリズの手を握ってしまった。

「っ!」
「ご、ごめん、リズ! また未来、視えた?」
「……ふふっ、視えた。でも、悪いものじゃなかったよ」

 リズは意味ありげに笑う。

 未来は変えられない。

 いや、

 未来は、ボクらが変えるんだ――。
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