文字数 1,709文字

「………」

 浄見さんはカーテンを戻してキャンドルをしまうと、さっそく食事の準備を始める。それをオレのうしろからじっとありあが見つめている。

「ん? どーした、ありあ」
「あ、あの……こ、寿ちゃん。わたし……わたし……」

 ありあの様子がおかしい。視線の先には浄見さん。テーブルに箸置きを並べている彼女がこちらをちらっと見ると、ぱっと隠れる。

「こーら、ありあ。もしかして浄見さんに隠れて悪いことでもしてたの? テストの点が悪かったとか。ダメだよ、お母さんに隠しごとは」

「ち、違うの……あの人は……あの人は……」

『わたしのお母さんじゃないの』

「え?」

 ありあの言葉に、オレは耳を疑った。

 それでもありあはできるだけ平静を装いつつ、テーブルにつく。だけど食欲がどうしてもないのか、ほとんど手をつけていない。

「ありあ、どうかしたの?」

 浄見さんが声をかけると、びくりとして手を動かす。

「お、おいしいよ。お母さん」
「そう、ならよかったわ」

 浄見さんが本当の母親じゃない? だったらどういう関係なんだ。それにありあの怯えようも気になる。食べ終えるとオレは、ありあを連れて正月の部屋を訪れた。

「……ありあ、どういうことなんだ? 浄見さんが本当のお母さんじゃないって」

 オレとありあはベッドの上、正月はイスに座ると兄妹だけの会議が始まる。ありあはオレの服の裾をずっと握っている。何にそんな怯えているんだ?

「ここはオレと正月しかいないから」
「……寿ちゃん、正月ちゃん。わたしを守ってくれる?」

 かわいい妹の言うことだ。当然守るに決まっている。強くうなずくと、ちいさな声で話し始めた。

「さっきの催眠術で……わたしにかけられていた術も解けたんだと思う」
「まさか、浄見さんに術をかけられてたのか?」
「……うん。ずっと昔に」

 ありあは正月の質問に素直に答える。

「わたしは昔、本当のお母さんを殺されたの。ある組織に。浄見さんはそこの組織の人……わたしはそこの組織で、人を……殺してたの。催眠をかけられて子どもの戦闘員として。すごくかかりやすくって、術をかけれればかけるほど強くなるって」

「なっ……!」

 こんなかわいいありあが、人を殺していたなんてあり得ない。正月も同じ思いらしく、オレたち双子はありあに強く確認する。

「夢、とかじゃないのか? 記憶が混乱しているとか」
「そ、そうだよ! ありあが人を殺すわけが……」

「……小さな子どもが、人を殺すなんて誰も想像がつかない。だから相手を油断させて……仕留める。これがわたしのやり方だったんだよ……」

 こんなの、小学生が話す内容じゃない。嘘だ……嘘だ!

「じゃあ、どうして浄見さんは、ありあを連れてうちにいるんだ?」

 できるだけ冷静に、正月がありあに問いかける。するとありあはオレの顔を見上げた。

「……寿ちゃんが狙いだと思う」
「オレが何の?」
「催眠術の後継者……」
「!」
 
 だからオレに術を教えたのか? でも、なんでオレ?

「ともかく父さんに連絡を取ってみよう」

 正月はスマホを取り出すと、父さんの番号にかけてみる。――が。

『この電話番号は、現在使われておりません』

「え? ちょ、ちょっと待て。どういうことだ! なんで父さんにつながらない!?」

「そう言えば……オレたち、ずっと父さんと話していない。浄見さんが来たときも、彼女から全部話を聞いて……あとは彼女宛に来た父さんからのメールで説明されて……」

 今まで気にも留めていなかったこと、当たり前だと思っていたことが『間違い』だと気づく。父さんとの再婚も嘘。ありあとも親子じゃない。浄見さんはオレに近づくために来た。

「ありあ、その組織ってどういうものなんだ?」
「わたしもあんまり覚えてない……」
「だけど、どーすんだよ! こんなこと知ったら、もう浄見さんと一緒に住めないだろ!」

 オレが頭を抱えていると、正月がぼそっとつぶやいた。

「今夜家を出る。ふたりとも、荷物をまとめておけ」
「正月、行く宛なんてあるのかよ」
「あるだろ、1ヶ所だけ」

 ……そうだ。1ヶ所だけ、オレたちには逃げ場所がある。オレとありあは急いで部屋へ戻ると、リュックサックやスポーツバッグに荷物を詰めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み