■警察編*手塚大和

文字数 16,762文字

『田楽先輩はお楽しみのようですね。アトラクションの様子は後日お話しします』

 なにが『後日お話しします』だ。メッセではそう返ってきたが、話せるような状況じゃないだろう。それはすでにわかっていることだよ、岩代。いや、岩崎会長。内偵している人間が、【ゴースト・ハウス】の内部にしっかり隠しカメラを置いていてくれたからな。何が起こっていたかは、よく知っている。

 『合コンさいこー!』なわけねぇだろ。彼女だって架空人物だ。

 俺、田楽範義こと手塚大和は、警察庁『EPIC特別捜査課』のメンバーだ。

 本当だったらEPIC社……つまりグローバルワンダーランドに関しての案件は、所轄の保浦警察署が担うべき問題だ。しかし、『EPIC社』の問題が警察庁に来ているということは、それだけ組織がデカくてヤバい組織だってこと。

 俺たちの所属している組織は、主に『EPIC社の暗部を葬り去ること』だ。EPIC社は色々なコネクションを持っている。国内の暴力団、海外の麻薬カルテル、人身売買組織。そして、官僚や政治家。EPIC社の悪事がバレるということは、日本の偉い立場に立っている人間、表も裏も込みで全員を根こそぎ排除することになる。さすがにこれは不祥事どころじゃなく、日本中がパニックになるほどの威力を持つだろう。

 もちろんそんな犯罪を隠ぺいするなんて本心じゃない。いずれは夢と希望と幻の国をきちんと縛り上げたいと思っているが、上層部の意見は俺たちと違う。俺たちの仕事は事件を無にすることかもしれない。だけど、俺はチャンスがあればEPIC社をしょっぴきたい。それだけこの組織は大それたことをしている。麻薬密売、人身売買、その他殺人。

 今日見ていたデスゲームも、立派な犯罪。石和、高崎、増住、ソフィが殺された。死体はまだゴースト・ホームにあるはずだ。

「こんな大きなヤマ、どうやって押さえろって言うんだよ……」

 ぼそっとつぶやいたとき、俺たちの上司である富田葉摘主任が立ち上がった。

「手塚、今のつぶやき、説明しなさい」

 ぎくりとして、俺はデスクに伏せようとした顔を起こした。

 富田葉摘主任は、俺より年下なのに主任という役席についているやり手だ。若い女性ということで、周りからは上司と寝ただのなんだのと噂が飛び交っているが、俺が知っている限り、彼女にそういうことはない。大学を卒業して、すぐに警察大学校に入校したらしいが、大学在学中もずっと警察に入ることしか考えていなかったと彼女の同期の女性たちは言っていた。その同期の友人たちは、今はほとんど交通課。葉摘さんみたいに刑事になった人は少ない。ましてや主任なんて役席についているのは彼女くらいだ。

「今の話って?」

「あなたが内偵をしていた四菱商事の話。ううん、そんなことよりも、四菱商事をハメたのがEPIC社ってことよ」

「あー……」

 長くて黒い前髪を引っ張りながら、彼女は俺に話しかける。きれいな顔なのに眉間にしわ。こりゃあ説明しないと諦めてくれそうもないな。

 どうして葉摘さんがEPIC社に敏感なのかはよく知っている。シュウ……松浦シュウヘイ。俺と同期で、一緒に葉摘さんの班で仕事をしていたメンバーが、EPIC社に殺されたという事実があるからだ。死んだと言っても死体は出てきていない。だが、EPIC社に潜入していたのにそれ以降の連絡が皆無ということは……想像は簡単にできる。

 シュウヘイと葉摘さんは、EPIC特別捜査課の面子なのに、上からの注意も聞き捨てふたりでEPIC社の悪事について嗅ぎまわっていた。シュウはどうやら違う目的があったようだが、葉摘さんはシュウが死んでから葉摘さんはほとんど寝ないでEPIC社の悪事について調べていた。

 俺たちもだ。シュウの遺志を継ぐと、富田班は全員一致でEPIC特別課でありながら、犯罪隠ぺいではなく、秘密裏に証拠固めを行っていた。富田班以外にも、何人か俺たちと同じ志を持つやつは、こっそりと手伝ってくれたりしている。

 俺はため息をつくと、パソコンに入っていたゴースト・ホーム内でのデスゲームの映像を彼女に見せる。

「ようやく来たって感じですよ。5年間も協賛企業で内偵してたんですよ? 刑事と二足の草鞋だって、かなり大変でしたし……」

「これが岩崎ね。一緒にいるのは?」

 ……俺の愚痴なんか無視か。葉摘さんはずっとシュウのことを考えている。あいつが死んだあとでも。だからEPIC社の悪事をすべて白日の下に晒したいと思っているんだ。

「……一緒にいるのは岡という社内メール便係です。実際は岩崎の身辺警護をしている、遠山組の幹部ですよ」

「遠山組?」

「四菱は岩崎の先代が麻薬取引をGWL内で行っていたんです。国内でそのヤクを売っていたのが遠山組。今回のデスゲームは、四菱の先代が仕組んだものみたいですね。麻薬売買から足を洗おうとしたみたいです」

「なるほどね。で? ゴースト・ホームは?」
「まだオープンしていません」
「そう、了解。お礼としてコーヒーおごってあげるわ」
「あ、ありがとうございます」

 葉摘さんはそのまま財布を持つと廊下へ出ていく。そこで近寄ってきたのが、先輩刑事の仁科さんだった。

「うちの姫様は相変らずだな。少しかわいそうだよ。死んでしまった王子様をずっと思ってるんだから。見てるほうが辛いよな?」

「それ、俺に言いますか?」

 俺は仁科さんをじろりと見た。仁科さんはすべてお見通しなのだ。葉摘さんがシュウのことを好きだったことも。そして俺が葉摘さんのことをずっと前から好きなことも。

「デートに誘ったことは?」

「あるわけないでしょう。シュウのこともあるし、俺はやっと警察に戻って来られたばっかりです。そもそも口実なんかない」

「あるだろう、GWLに捜査へ行くって言えば、ホイホイついてくるぞ? きっと」

 書類をトントンと揃えると、俺はじとっとした眼差しで仁科さんを見た。

「それは職権乱用じゃないですか?」
「ふたりで調べに行くだけ。いいじゃないか。年齢的にもカップルだと思われるし、自然だ」
「そんな簡単に行きますかね……」

 大きくため息をつくと、ちょうど葉摘さんがブラックの缶コーヒーを2本買って戻ってきた。

「あれ? にっしーも残ってたの? ごめん、コーヒー2本しか買ってきてないや」

「いえ、主任。俺はもう帰りますよ。そのかわり、GWLの件で手塚が主任に提案があるとか」

「提案?」

 仁科さんはそれだけ言い残して、背広を羽織るとカバンを持って出ていく。ちらりと顔が見えたが、ニヤリとしていた。これは余計なお節介だ……!

「手塚、提案って?」
「あ、う……その」
「早く言ってよ」

 四菱にいたときは軽く女の子に声をかけられたけど、あそこでの仕事は正直どうでもよかった。だからどんなに嫌われようが、社内女子好感度ランキングワースト1だろうが気にならなかった。

 しかし、実際の俺はチャラくもなんともない、普通の男だ。好きな人……しかも結構な間片思いをしていた女性を簡単に誘うことはできない。ましてや葉摘さん――俺は勝手にひとりの時は下の名前で呼んでいるけど――は年下だが、俺より階級は上。そんな相手にデートのお誘いをするなんて、大それたことだ。組織の上下関係というのだろうか。そういうものもあって、やっぱり誘うことは……。

「ちょっと、その提案、にっしーに言えて、私には言えないとか? 私が暴走するから?」
「そう言うわけじゃ……」
「なら言いなさい」

 姫様というより、彼女は女王様だよなぁ。今も俺のむなぐらをつかんでいるし。俺はさっと顔を背ける。顔が近いと、つい彼女の顔をじっと見つめてしまいそうになるから。
 でも、言わなければ葉摘さんは絶対不愉快そうな態度を取るだろう。仕方ない、仁科さんの案に乗るか。

「GWLに普通に遊びに行ってみたらどうだって」
「はぁ!?」

「潜入捜査だと、縛りがあるじゃないですか。それに、見つかったり、素性がバレたら殺される。でも、単なるゲストだったら、自由に堂々と園内を歩けます。変なところに居たとしても、『迷った』とでも言えば何とか逃げ切ることも……」

「手塚、ナイス!」

葉摘さんは俺から手を離すと、コーヒーを差し出した。

「明日にでも富田班全員で……」

「いや、班全員って、明らかに不自然でしょう。主任しか女子はいないし、いい歳こいた男たちが何人も遊園地って……」

「じゃあ、どうすれば?」
「俺と主任で行けばいいんじゃないかって。カップルを装って」
「ふうん……」

 葉摘さんはデスクに腰かけると、コーヒーに口をつける。ごくりとひとくち飲むと、うなずいた。

「いい案じゃない。富田班の中で一番年齢が近いの、あなただし。カップルに見えるかどうかはわからないけど」

「え!? マジっすか!?」
「なによ、自分で出した案でしょ」

 予想外にOKが出て、舞い上がりそうだった。もちろん行くのは危ないテーマパークだ。本当に心から楽しみたいなら、こんな死体がごろごろ転がっている場所をデートに選びたくはない。葉摘さんは結局仕事のことしか考えていないから、OKが出たのかもしれない。

 ……はぁ、GWLの裏の顔さえ知らなければ、ロマンチックでデートにぴったりな場所なんだけどな。

「今週の金曜日でいいわよね? 夏休み中で混んでるかもしれないけど」

 自分のスマホのスケジュールに入力すると、葉摘さんはカバンを持った。

「当日はよろしくね。それじゃ」

 スタスタとオフィスを出て行ってしまう。やっぱりデートに誘われたなんて、微塵にも思っていなさそうだ。……前途多難だな、俺。

 デスクの上には四菱にいた間に溜まった資料。平日夜や土日はこっちに来て、少しずつ処理していたつもりだったが、行方不明者リストは日に日に増えている。リストに載った人物のデータを確認するが、EPIC社やGWLとどう関係しているのかまったくわからない。公表はされていないが、米浜・保浦管内だけで1年間に日本全国で行方不明になる人数の倍は消えているんだ。おかしくないわけがない。

「シュウ……お前がまだ生きていてくれたなら、俺だって諦められたのにな」

 松浦シュウヘイのデータを呼び出すと、俺は写真に向かって話す。

「葉摘さんはな、今もずっとお前のことを……」

 そこまで言いかけて、やめた。シュウのことだからきっと、葉摘さんとは一生恋仲にはならなかったと思う。俺が彼女のことを好きだって気づいていたから。だから俺はお前に一生勝てなかったんだ。せめてお前が生きていて、対等に戦ってくれればな。

 俺はそのままデスクの上で眠ってしまった。そのとき見た夢に出てきたシュウは、ふん、と鼻で笑って「生きているやつのほうが勝ちなんだよ」と憎々しく言って去って行った。


 8月2日――。
 今日は葉摘さんとデートという名の偵察だ。朝イチでパーク内に入り、怪しい建物やアトラクションをチェックしていくからと言われ、俺はすでに待ち合わせ場所のチケットブースで葉摘さんのことを待っていた。

 開園時間10分前。

「おはよう、手塚」
「おはようございま――って、主任! 大丈夫ですか!?」

 俺は目の下に真っ黒なクマを作っていた葉摘さんの肩に両手を置く。

「EPIC社やGWLのデータを昨日の夜一通りさらってきたからね」
「無理しすぎですよ……」

 俺たちの班が独自に入手したデータだけでも、一晩で全部目を通すのは大変だ。それだけ真剣だというのもわかる。なんたって、ここでシュウは……。

 悔しくて下唇を思わず噛むと、葉摘さんはしんみりとつぶやいた。

「やっぱり手塚も悔しいわよね。同じ仲間が死んだ場所だし。それだけじゃない。ここは大きな墓場だもの。シュウも……」

「主任……」
「今日は絶対何らかの証拠を見つけよう!」

 バシンッ! と葉摘さんは俺の背中を叩く。俺の前で、そんな辛そうな笑顔を見せないでくれ。こっちがきつい。
 気持ちを切り替えるように、俺は彼女にパスポートを渡す。すると葉摘さんは驚いたような顔をした。

「先に買ってたの?」
「前売りパスですよ。暑いし、並ぶの大変そうだったんで」
「だったら半額払うわ。経費で落とすわけにはいかないでしょ?」

「いえ、いいんです。俺に払わせてください。今回のデート……潜入は、俺から言い出したことですから」

「警察官なんて薄給なのに?」

 くすっと笑う彼女に、俺は少しだけ余裕を見せるように強がってみた。

「これまで商社にも勤めてましたから。しかも遊ぶ暇もなかったんで、金だけはあるんです」
「嫌な言い方ね」
「……そういうことで、おごらせてください」
「しょうがないなぁ」

 葉摘さんはそういうと、すっと俺の腕を手でつかんだ。

「しゅ、主任! こ、これは?」

「カップルに見えなきゃいけないでしょ? それと今日は『主任』呼びはやめて。葉摘でいいわよ」

 マジか……。浮かれちゃいけないとは思っているが、やっぱり自分に嘘はつけない。これが偽のデートだとしても、葉摘さんと腕を組んでいる。その上『葉摘さん』呼びも今日はOKだ。

「だけど、手塚。ずいぶんお洒落ね……」

 葉摘さんは苦笑いを浮かべる。彼女の格好はラフなTシャツにジーパンにスニーカー。あまりお洒落な感じではないが、もしここで事件が起きて、犯人を捕まえなくてはいけないとなったら、すぐに追える格好だ。

 それに比べて俺は、ついお洒落をしてきてしまった。Tシャツはあるブランドの。時計も。ボトムスも。靴なんて革のデザイン重視! 何やってるんだよ、俺。結局浮かれてるんじゃないか! それに葉摘さんに少しだけでもデートらしい、かわいいスカートなんて期待してて……バカか。彼女がそんな格好を敵地にしてくるわけがない。

「す、すみません!」
「別にいいわよ。あなたのスーツ以外の姿も珍しいしね」

 それって少しは期待していいってことか……? 俺の頬が緩みそうになったとき、葉摘さんは腕時計を見た。

「開園時間だわ。行きましょうか」
「は、はいっ!」

 きっと四菱商事の人間が今の俺を見たら驚くだろう。会社に所属していた俺は、ノリが軽くて、リア充に見え、彼女ありなのに合コンに参加する、『ノリしかない男』だった。だけど、それは全部嘘。定時で帰っていたのは、そのまま警察庁に向かっていたからだし、彼女がいるということにしておけば、少しくらいの時間の融通ができる。合コンは完全にアリバイ。わざわざ事務方の女子に協力を願って、写真を撮らせてもらっただけ。

 本当の俺は、一途で好きな人に何も言えない弱虫。仕事ができないという点は共通しているか。

 でも今日の俺は違う。本当に好きな人と仕事の名目でデートさせてもらっている。……が、その相手は完全にデートなんて思っていないのが傷だ。

「どうしますか? しゅ……葉摘さん。どこから回りましょうか?」
「そうね、あなたが証拠を手に入れたゴースト・ホームは?」
「まだオープンしていないですね。行き方もわからない」
「潜入していた子は?」
「………」

 俺は沈黙した。証拠だけは残ったが、それ以降潜入していた刑事から、連絡は一切途絶えた。ということは。シュウと同じだ。
 俺は葉摘さんの言葉を聞かなかった振りをして、大きなアトラクションを指さした。

「ただ、もしかしたら隣のアトラクションから中が見えるかも」

 ゴースト・ホームの横には、レストラン。反対の隣には『ウォーターライドスプラッシュベルグ』という絶叫マシーンがある。
 ジェットコースターのように、すごい速さで上下したりするようなものではなく、だんだんと上へとのぼって行き、最後はドラゴンキャッスルと同じくらいの高さから、滝つぼに一気に落ちるという乗り物だ。落ちるところまでのぼるまでは、少し外の様子も見える。もしかしたらキャラクターの絵が描かれているビニールシートで覆われてたゴースト・ホームも、上から見ることができるかもしれない。

「それだったらまず、それに乗ってみようか?」

 葉摘さんも地図をじっと見つめてからうなずく。園内マップにあるのは、アトラクションとレストラン、トイレのマークや色々。だけど、パレードが始まる地点や、裏道に行く方法は当然に書いていない。だったらそれを探しながらスプラッシュベルグに向かうしかない。

 俺たちは周りをきょろきょろしながら、アトラクションに向かう。この園内にいるアルバイトたちは、どこまで知っているのだろう。普通に働いているだけなのか、それとも自分たちが刑事だということにも気づいているのか? それで、どこか人気のないところで殺そうとしているのではないか。EPIC社の裏をどこまで知っている? 

 他のお客たちは、みんな笑顔だ。マスコットのウサギーのカチューシャをつけた女性。日焼け防止なのか、フード付きキャラクターのタオルを巻いている女の子たち。お揃いのTシャツを着ているカップル。みんな楽しそうにしている。それでも俺たちは心から楽しむことはできない。
 それが『EPIC社特別捜査課』の人間だ。

「案外早く乗れそうね。さすがにこの暑さの中で並ぶのはきついかったけど」
 
 8月。まだ人は多いが、お盆よりは多少マシだろう。それは俺たちにとってはラッキーだった。人が多いと犯罪が目の前で行われても、犯人に人混みの中に逃げられてしまったら終わりだ。今日くらいの人手だったら、なんとか追いかけることができる。一応、GWL内にも警備員はいる。

 だが、その警備員は『目が見えない』。ゲスト同士のいざこざや、キャストに対して暴力や暴言を吐いているゲストをつまみ出す役目だが、キャストが起こす犯罪は、見なかったことにする。EPIC社には都合のいい警備員なのだ。

 俺たちは最後尾に並ぶと、斜め上を見る。ちょうど滝の一番上の高いところからコースターが落ちるところが見えるのだ。落ちた後には水しぶき。軽く水が跳ねて、葉摘さんの白いTシャツが透ける。ついそこに目が行ってしまうのは男の性だ。……いや、いけない、いけない。好きな人の下着が透けるのに目を取られるなんて。

「葉摘さん、場所、変わります」
「別にいいわよ。ここから落ちるところ見るのも、面白いから」

 葉摘さんはわかってない。Tシャツが水しぶきで透けるからって、配慮してるんだけど……。俺は思い切って葉摘さんをうしろから抱きしめる。

「ちょ、何してるの? 手塚」
「葉摘さんが鈍いので。いいじゃないですか。恋人同士らしいでしょ」

 俺がそういうと、葉摘さんは黙ってしまった。……もしかして、照れてる? それならそれでもいい。俺のことをもっと意識してくれるなら、正直嬉しいし。

「……あそこから落ちたら、きっと死ぬわね」

 ドキっとした。葉摘さんはなんだかんだ言って、仕事を忘れていない。それに比べて俺は鼻の下を伸ばしたままで……くそ、情けない。

 でも、警察が潜入しているこの日に、何かあるとしたらかなりの確率だ。無論、俺たちのこのデートと言う名の潜入捜査はEPIC社には知られていない。知られていたらむしろまずい。本当に事件が起こるとしても、今日は絶対にあり得ない。俺は葉摘さんと一緒にテーマパーク内を回って、園内を調べるだけ――そう思っていた。

 完全に気を抜いて、横を通るカヌーを眺めている、その時だった。

「……きゃああっ!?」
「な、なんだ、今のは!!」

 次々に声をあげるお客たち。今、確かに何かよくわからない物体がいくつか落ちてきたような。しかも見間違えじゃなければあれは……。

「行くわよ、手塚! 出口の写真販売所へ!」

 くそ、一体何が起きたって言うんだ!? 俺は葉摘さん……いや、主任とともにスプラッシュベルグの写真販売所まで走る。
 ウォータースライドスプラッシュベルグには、自動カメラが設置されている。コースターが落下する寸前に、お客の顔をカメラで撮影するのだ。

「葉摘さん! 一体今のはなんですか!?」
「……多分人。腕と足を切断された……ね」

 俺たちは写真販売所で真っ青になっているキャストたちに、警察バッチを見せた。

「警察庁EPIC特別捜査課です。いくつか写真を見せてほしいの。わかってるわよね?」

 葉摘さんは売り場に入ると、パソコンに流れてくる写真のデータを勝手に見始めた。
 俺も葉摘さんに遅れを取ったが、後ろから写真を見る。一枚目は両腕。二枚目は両脚。
三枚目が本体……つまり、腕と足を切断された胴体だ。

「今、死体は!?」
「わかりません!」
「早く現場に行って!! EPIC社よりも早く押収するのよ!」
「は、はい!」

 主任モードになった葉摘さんは、俺に命令する。俺は急いでスプラッシュベルグの滝つぼへと向かった。

 滝つぼには、もうすでに何人かの警備員やキャストが集まってた。並んでいたゲストたちには、キャストが大きな声でこの事故を拡散しないようにと訴えていた。また、このショックを緩和させるためか、このアトラクションに並んでいたゲストたちに、無期限の無料パスポートを配布するともアナウンスしている。
 俺はその横を走り、滝つぼをさらっている警備員たちに声をかける。

「警察庁の手塚だ。この死体をどうする気だ?」

 声をかけられた警備員は、他のメンバーたちと目配せしてからつぶやいた。

「こちらでできるだけ調べますが、会長の指示を待たないと……」
「普通は警察に通報するはずだ。ここではそうしないのか?」

 俺の至極真っ当な質問に、全員が黙る。そうだよな、EPIC社は自分たちの不祥事は、自分たちで隠す。それが当たり前になっている。

 だが、俺たちの目の前で『事故』が明白になったのが運のつき。俺はそこにいたキャスト全員の名前をチェックすると、スマホで葉摘さん……いや、主任に連絡をする。

「主任、EPIC社は多分、当然のようにこの事件を隠ぺいするつもりです。まずは死体の受け渡しを依頼しなくては」

『面倒くさいわね。刑事の前で起きた事件だというのに、死体の受け渡しを依頼なんてしないといけないなんて。まぁ、いいわ。とりあえず責任者に会わなくてはいけないようね?』

 俺はキャストから聞き出し、一度ガイドツアーの申し込みができるというメインストリートガイドハウスへ向かうことにした。そこでどうにかGWL……EPIC社の関係者と話がつながると聞いたから。

 ガイドハウスについて、30分。案外レスポンスは早かった。EPIC社の会長が自ら、こちらに赴いてくれるという。その間、俺たちはGWLのお菓子やら販売されているポップコーンやら勧められたが、一切口にしなかった。何が入っているかわからない。今日、ここに来ているのは俺たちふたりだ。毒でも入っていたら、と思うと、何も口にはできない。そもそも仕事だ。

 しばらく待っていると、スーツ姿の青年が現れた。ひとりは青いネクタイで、キリッとしている。もうひとりは、黄色の派手なネクタイを締めた青年だ。それとメガネで髪をアップした女性。彼女が最年長みたいだな。

「ち~っす! EPIC特別捜査課の手塚大和サンに富田葉摘主任! ようこそおいでくださいました!」

 黄色いネクタイの青年は、軽くお辞儀をする。なんだ、こいつら。女性は同じくらいだけど、男たちは俺より若い……よな。

「あーすみません。EPIC社会長の……こっちが神谷で、俺が松山と言います」
「だーかーら! なんでヒロアキはオレの分まで名乗っちゃうの!」
「会長がた、警察の方々が呆れていらっしゃいますよ」

「ああ、ゴメン、ゴメン! ウォータースライドスプラッシュベルグの死体の件だったよね。いいよ、本当だったらこっちから連絡すべきだったことだからね」

 神谷……会長は俺たちにそう言うが、本音だとは思えない。俺たちがいなかったら、絶対に死体を隠ぺいするつもりだっただろう。俺がじろりとふたりの会長を見ると、松山というほうが冷静に俺たちに対処する。

「正直俺たちもショックなんです。なぜ、あんなバラバラな死体が園内にあったのか……。
刑事さん、お願いします。この事件を解決してください」

「では、死体を解剖に回します。あと、現場検証を行っても?」
「当然です。よろしくお願いいたします」

 松山という会長は、若いがまあしっかりしているほうだ。それに比べて神谷は、ちゃらんぽらんというか……。

「まったく、なんでこんな事件が起きちゃったんだろうね。スプラッシュベルグに並んでいた人たちの心のケアをしないと。瑞希、手配はお願いできてるかな?」

「当然です」

 こんなときに心のケア……無料パスポートの話か。いや、こんなときだからか? だとしたら殺人が起きたのに、ずいぶん冷静だな。そう考えると神谷は不気味だ。まるで人が死ぬのが日常茶飯事みたいで。
 ともかく俺と瑞希さんは、スプラッシュベルグを立ち入り禁止にし、応援が来るのを待つことにした。

 最初に来たのは保浦署の刑事たち。初動捜査は彼らが担当してくれることになった。スプラッシュベルグを立ち入り禁止にし、水中に落ちた死体を回収する。
 俺たちも現場に入ろうとしたが、彼らはおもむろに嫌な顔をした。もちろん管轄が特殊だから、GWLで起こる事件は俺たちEPIC特別捜査課が引き継いで担当するはずだ。それなのに初動捜査で呼び出しを食らったので、不快なのだ。

「特別捜査課のみなさんが来るのなら、俺たちはいらないでしょう。初動と言ってもこの辺を立ち入り禁止にして、仏さんを引き上げるくらいだ。それにどうせこれは事件にならないんでしょうから」

 保浦署の刑事が、俺たちに嫌味ったらしく言う。保浦署も、EPIC社の悪事を暴きたいと思っていると聞く。だからこそ、事件隠ぺいを行う特別捜査課の俺たちは敵。でも実際は違う。特別捜査課は事件隠ぺいを行う課だが、俺たち富田班はその指令を無視して、事件を明るみに出そうとしているんだ。
 主任は保浦署の刑事に胸を張って言った。

「確かに我々は特別捜査課です。ですが、私たちはこの事件を隠ぺいするつもりはありません。EPIC社のすべての事件を明白にすることが目的ですので、ご協力をお願いします」

 こうして頭を下げる。俺も一緒だ。保浦署の刑事は、驚いた顔をしている。まさかこんなことを言われるとは思わなかったんだろう。小さく舌打ちすると、俺たちを事件現場に入れた。

 点検用の時に通る道を進み、死体が落ちた一番てっぺんまで行く。もちろん危険なので、命綱をつけるように言われる。下は水。足元を滑らせたら俺たちも多分死ぬ。コースターが落下するギリギリまで近づき、その付近を見回すと、なんだか仕掛けらしきものが見つかった。

 「これは……箱ね。遠隔操作で中身を落とすことができるようになってる。犯人はボタンひとつで死体を落下させることができたってことね。仕掛けを作ることができたのは、やっぱりGWLのキャストと考えるのが妥当かしら」

 主任はいつも通りに前髪をかきあげると、むすっと眉間にしわを寄せる。俺たちがざっと見た感じでは、そのくらいしかわからなかった。指紋や箱の設置方法などは、鑑識に調べてもらわないといけない。

「主任! 手塚!」
「アマ、長谷川さん、青葉、にっしー!」

 新任のキャリアコースの天宮に、経験豊富な長谷川さん。それに不愛想な青葉に仁科さん。富田班集合だ。

「まさかデートで死体を見つけるなんてな」
「はは……」

 仁科さんが俺に耳打ちするが、笑うしかない。俺だってまさかこんなことになるとは思わなかったんだから。
 さっそく腕章をつけたみんなが事件現場を調べる。

「こ、ここは調べるのも怖いですね……」
「アマ! ビビってんじゃないわよ」
「は、はいっ!」

 天宮は俺たちノンキャリとは違って将来有望なキャリアコースなのだが、まだ着任して間もないせいか、場慣れしていない。主任からは『アマ』と呼ばれているが、俺たちは『天宮』と呼んでいる。上下関係が大切な組織だから、俺たちが天宮をあだ名で呼ぶことはできない。本当は『天宮さん』と呼ばなくてはいけないのだが、天宮自身が『さん付けは結構ですから!』と遠慮した。……確かに今のところ、天宮はビビリだし、おっちょこちょいだったりしてみんなの完全なおもちゃにされているが、それはかわいがりの一種だ。

「ここから滝つぼにバラバラ死体……なんでバラバラにしたんですかね? そのまま死体を落としたほうが一発なのに」

「それも謎よね」

 長谷川さんは愛妻家で、娘さんがひとりいる。富田さんの良心とも言われる人だ。彼がいないと主任の暴走を止める人はいない。主任は猪突猛進過ぎるからな……。
 
「バラバラにしないと、箱の中に入れられないだろう。死体を隠すことは難しい」

 俺より6つ年上の青葉さんはいつも不愛想で硬派と言えば硬派だ。ただ、富田班に入ったときは、女の下で働くということにかなり不満を持っていたようだ。今もそれは思っているみたいだし、俺たちが富田さんの言いなりになっているのも面白くないらしい。だが、仕事は仕事。青葉さんは仕事をきちんとする人だ。その辺の切り替えをしっかりしてくれるから、主任も信頼している。

「死体をそのままぶら下げておくわけにはいかないですからね」

 仁科さんに関しては、俺のよき相談相手。なんでも独身の妹がいるみたいで、それを主任に重ねているっぽい。主任は完全に妹扱いされているが、それでも気づいていないみたいだ。

「あとは……死体が誰なのか、どうやって殺されたのかを探らないとわからないですね」
「そうね。東都医大に行くわよ。手塚、来なさい。あとのメンバーは検証よろしく」

 ――東都医大には、先ほどの死体が運ばれていた。俺たちは検死が終わると、死体の状況を確認するために霊安室へ入った。

「よ、三谷」
「……なんだ、手塚。なんだ、富山班の案件だったか」

 白衣に銀縁メガネをかけたこいつは、検死官の三谷卓(みたに・すぐる)。俺と同い年でわりと気が合うが、ドSで死体愛好家だということが欠点で、顔はそこそこ整っているのに女性が寄ってこない残念な男だ。

 三谷はバサッと台の上のシートを開く。そこには手足と身体がバラバラになった死体が置かれていた。身体には無数の傷。浅いものから深いものまで、右目はくりぬかれている。あまりにも残酷な死体に、俺は嘔吐しそうになった。

「手塚、情けないわよ」
「すみません」

 主任は手袋をすると、死体に触れて傷をよく見る。

「それで、死体の状況は?」

 三谷はファイルを手にしながら死体について読み上げる。

「死体は女性。10代後半から20代。ま、特徴としては、結構腹筋など筋肉がついているってところか。何か運動をやっていたのかもな。死因は失血死。見てわかる通り、手足胴体はバラバラ。だが、それだけじゃない。右目や心臓もえぐられている。これは相当な殺し方だよ。切断面から見て、犯人は複数か、あえていろいろな道具を試しているのか……」

「どういうことだ、それ」
「つまり、使われた凶器はひとつじゃない。のこぎりや斧、鉈なんかも使われているな」

 それを聞いた俺は、ぞっとした。失血死ということは、生きながら脚や腕を切断されたってことだよな。そんなものが、なぜテーマパークのコースターから落ちてきたんだ。謎が謎を呼ぶ感じだ。

「死体は死後、どのくらいなんだ?」

「そうだな、腐乱状態から一週間も経ってないと思う。ま、9月と言えど暑いからな。日陰というか冷暗所に置いていたか、ってところだ」

 何が夢と希望と幻の国だ。こんなバラバラ死体がある場所で、知らなかったとはいえ笑顔で応対するキャストに、アトラクションを楽しむゲスト。

 もとからGWLには暗部があるということは知っていたが、今回はとうとうそれが表に出たって感じだな。それでもある程度はEPIC特別捜査課の他の班がある程度隠ぺいするだろう。でも、俺たち富山班に見られたのは運のツキだ。

「手塚、お前たちはこの死体……EPIC社のことを徹底的に調べる気か?」
「当たり前だろ。そうですよね、主任」
「ええ」

 間髪入れずに主任もうなずく。俺たち富山班は絶対暴いてみせる。EPIC社について。

「こうなったらEPIC社に強制捜査! 行くわよ! 手塚!!」

 主任と俺は、さっそく令状を取るために、一旦警察庁に戻り資料を作ることにした。

「富田班、集合!」

 オフィスに戻ると、先についていたメンバーたちと合流する。主任は俺たち個別にEPIC社の悪事や不正をまとめた資料を作るように命令する。それを上に見せて、OKが出たら裁判所に正式に令状を発行してもらう。

 それに反対したのが天宮だった。

「主任、お言葉なのですが」
「何、アマ」

「……オレたちはEPIC特別捜査課です。EPIC社の問題を隠すための課なのに、上層部に反旗を翻すようなことをしたら……」

 天宮の言うことはもっともだ。多分だが、今回の死体落下事件も『なかったこと』にされるだろうし、集めた証拠だって消されてしまう。今東都医大にある死体は、三谷のお気に入りだから隠し持っていてくれるだろうけど……。

「仕方ない。今日は作戦会議を兼ねて、飲みに行きましょ! 行けるわよね、みんな」

 主任の誘いを断るやつなどこの班にはいない。俺たちはこっそり書類を持ち出すと、いつもの行きつけの飲み屋へ向かうことにした。

 いつも使っている飲み屋は、個室制。基本的には鎌倉野菜がメイン。酒は主に日本酒が置かれているが、大体みんなビールだ。

「それじゃ、かんぱーい!」

 主任の声でみんなジョッキを上げてまずはひとくち。だが、そのあとは仕事の話だ。

「で、長谷川さんとアマは何か収穫あった?」
「途中で来た鑑識とともに現場検証はしましたが、鑑識もEPIC特別鑑識班でしたから」

 長谷川さんが渋い顔で手帳を見ながら報告する。天宮もキャリア組なのに何の成果も得られなかったとがっくりしている。
 だが、それも計算内だ。

「おいしい証拠は消し去られた、って感じね。保浦署が隠し持っていてくれるといいんだけど。青葉とにっしーは?」

「ねぇな。EPIC社の会長とも少し話したが、うさんくせえことには変わりない。それに死体に関しては知らぬ存ぜぬだ」

 結局そんなもんか。俺たちだけで動いても、しょせんここまで……。あとは全員でひとつずつ推理していくしかない。。
 俺は三谷からもらってきた資料を全員に分ける。

「ガイシャは10後半から20代女性。何か運動をやっていた可能性があるってとこよ」

 酒を飲みながら、今度は青葉さんが持ってきたノートパソコンで失踪者の検索をかける。もちろんただの失踪者データベースではない。EPIC社に関係あると思われる人間だけピックアップした、俺たちだけの特殊データベース。富田班しか見られないものだ。製作者は青葉さんだ。彼は細かい作業が得意で、データベースもあっさり数日で作り上げてしまった。

 検索をかけてみると、数十人の女性がリストアップされた。絞ったと言えど、まだまだだ。

「あと、ヒントは?」
「殺害されたのは1、2年前。それ以降に失踪している女ですね」

 俺が言うと、青葉さんがそれを入力する。タンッとキーボードの音がすると、12人の女の写真が出てきた。
 この中からさらに、今日の腐乱死体の顔を探す。

「……多分こいつね、高井戸優衣。あの死体の顔……腐敗は進んでいたけど、確かに彼女だった」

「とりあえず明日から、高井戸優衣周辺について調べることにしましょう」

 まとめると、黙々と酒と飯を食らう富田班。主任もごくごくと酒を飲んでいる。メンバー全員で空にしたジョッキは20。これだけ飲んでも明日にはまったく響かないのがすごいところだ。むしろこれが明日のエネルギーになる。
 俺もビールを一気に飲むと、好物の唐揚げを口にした。

 ――翌日。
 わかっているのは顔と、ガイシャが『高井戸優衣』という名前の女性で、何か運動をしていたということ。うちの失踪者データベースには『EPIC社アルバイト』とあった。本籍は東京。しかし彼女の家族が『出てこない』。高井戸という名字で全国の住民票を検索したが、ガイシャの家族らしき人間がひとりもいないのだ。

「天涯孤独なわけでもないでしょ」
「こうなったら、もう一回三谷のところへ行ってみましょう」
「三谷? もう司法解剖は終わって、わかったことは書類にまとまってるじゃない」
「あいつのことですから、きっともっと調べてるはずですよ」

 主任を引っ張ると、俺は三谷のいる大学へ向かうことにした。あいつならさらなるヒントをくれるはず。そう信じているのは、同期みたいなものだからだと思う。
 東都医大に着くと、三谷はにやにやしながら解剖記録を眺めていた。俺はそれをうしろから取り上げる。

「なんだ、手塚。いきなり」
「この間のバラバラ死体について、お前が『趣味で』調べたことを全部話せ」
「はぁ、タダでか?」
「もちろんいつものがあるぜ」

 途中の酒屋で買ったワインを取り出す。そこそこ値の張る年代物だ。それを受け取ると、
三谷は『三谷専用』と書かれた資料を俺に渡した。俺と主任はそれに目をやる。

「この間のバラバラ死体は、全身に筋肉がついている。特に脚。かといって、陸上選手の筋肉のつき方じゃない。俺の見立てでは、そうだな……ダンスをやっていたんじゃないかと思う」
「ダンスか……」

 ダンスをやっていたなら、GWLでどの仕事をやっていたかもおのずと見えてくる。一番有力なのはダンサーだ。
 となると、高井戸優衣の足取りを探るには、ダンススクールをあたるか? しかしダンススクールに通わなくてもダンスはできる。他にも体育大学だって……。
 頭を抱えていた俺の肩を、主任がぽんと叩く。

「心配することはないわ。私たちは富田班よ。片っ端からダンススクール関係をあたるしかない。あとはみんなの協力をあおぐしかないわ」

「そうですね……」

「このヤマ、なかなか興味深いな。EPIC社から初めて『殺害された』死体が出たんだ。手塚、また何かあったら情報を持って来い」

 三谷はにやりと笑いながらワインを見つめる。こいつの悪いくせが出た。ドSの死体愛好家っていうだけでもどうかと思うが、面白い事件にも目がなく、首を突っ込みたがる。……でも、その気持ちはわからなくもない。今まで死体隠蔽を徹底的にしていたEPIC社の大失態だ。この死体をかわきりに死体がザクザク出てくる可能性だってある。

「ん……待てよ」
「どうしたの、手塚」

 俺はひとことだけつぶやいて、再度黙って考える。今回の死体は、自然に出てきたわけじゃない。近くの海から発見されたとか、山林から出てきたのではない。明らかに犯人がいる。
死体をコースターのてっぺんから落とした犯人が。

「今回この死体を遺棄したのは、EPIC社を敵視している人間じゃないでしょうか?」
「どういうこと?」

 俺は主任と三谷に説明する。
 EPIC社は当然、バラバラ死体なんかが園内で、しかも多数のゲストに見られることを嫌がるだろう。なのにこの死体は派手にスプラッシュベルグから落とされた。

「じゃ、EPIC社は関係ないってこと!? ここまで来て、それはないわよ!」
「……だけど、会長たちはあっさり死体を渡しましたよね。現場検証も……」
「本当に黒いな、EPIC社は」

 ヒステリックに怒る主任と、口元を押さえながらククッと笑いをもらす三谷。
 EPIC社に関わった人間は、何人も何十人も、いや、もしかしたら百人単位で殺されているはずだ。それなのに、やっと出てきた死体は、EPIC社のアルバイトだったということで、組織の犯罪ではないってことなのか?

「そうは言っても、EPIC社に関係している人間じゃなければ、死体を隠せないわ」

「例えば……シュウヘイみたいに、内部に潜入している敵対組織のスパイが行った犯行とか」

 一瞬、主任の顔がくもった。だが、すぐに元のペースに戻れるように、前髪をかきあげて集中する。

「スパイが何のために? EPIC社をハメるためか?」

 三谷も俺をじっと見つめる。EPIC社くらい悪どいことをしていたら、ライバル会社なり敵対組織なりいても変ではないはず。それか、EPIC社に裏切り者がいるか。
 だが、こうしてわざと死体を発見させるようなことをしたら、見ていたゲストがつぶやきなどで確実に拡散させるだろう。それを見た警察をおびき寄せるのが目的。そう考えられるのではないか。

「警察をおびき寄せて、どうする気なの?」

「それはわかりませんが……もしかしたらまだ死体が園内に隠されているとか? ゴースト・ハウスの死体が、まだ手つかずだったら……」

「夏場の死体は確実に腐乱が進んでいるはずだ。匂いもすごいだろうな……ふふっ」

 勝手に妄想する三谷はともかく……。

「まだ園内の様々な場所に死体が隠されているのなら、それを見つけることでEPIC社の暗部をさらけ出すことができるんじゃないでしょうか!」

 俺が胸を張って主任に提案すると、彼女も目を輝かせた。

「……そうね。あの園内に眠るお宝を探し出せば、あの子の無念も晴らせる……。手塚! 
みんなに連絡よ! EPIC特別捜査課富田班、臨時会議を行うわ」

「それ、俺も参加していいか? ……俺のコレクションに加えたばかりのお宝写真を持っ
て行ってやろう。酒も飲めるんだろ?」

 三谷も来るのか。だったら今夜は先に栄養ドリンクを飲んでおかないとまずそうだ。
 俺はメッセでみんなのスマホに連絡をいれる。臨時会議の場所は、いつもの居酒屋だ――。
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