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文字数 3,768文字

「みなさん、ここは【死者の入口】。死んだ人間はここを通ってお化けの晩餐会へと向かいます」

 せいくんが説明しても、みんな上の空だ。こずえさんはショックで無言だし、ソフィも何か考え込んでいる。岡さんも同じく。クミコさんはふらふらと立っているのも危うい感じだ。
しかし、肩を貸したいとは思えなかった。

 この部屋も薄暗い。目を細めて中を見回していると、間接照明がぼやっとつく。部屋の中には大きな門があった。きっとこの門をくぐって、次の部屋に行くんだろう。ただ、やっぱり鍵が閉まっているみたいだ。

 赤い門……まるで鳥居のようなそれの横には、不気味な生首が置かれている。もちろんこれは作りものだ。ただその表情はやはり苦悶に歪んでいる。反対側には台座だけ。ふたつあったらきっと、狛犬みたいになっていただろう。

 クミコさんは自分の手を見つめて、震えている。今頃石和さんを殺した罪悪感・恐怖が生まれてきたのかもしれない。

「私……なんてことを……」
「そうよ! 石和さんが何をしたっていうの!?」
「……あなただって同じでしょ!?」

 クミコさんがじろりとこずえさんを見つめる。同じってなんだ? クミコさんはぼそりとつぶやく。

「石和さんと関係があったのは私だけじゃない。あなたも、でしょ?」

 えっ……。クミコさんもこずえさんも、石和さんと?

「ま、待ってください。何かの冗談ですか? 石和さんは奥さんとお子さんが……」

 あまりのことで僕が信じられないという風に間に入ったが、クミコさんが今までとは違う暗い声で言った。

「彼にはそんなこと関係なかったのよ。あなたは新人だし、部署も違うから知らなかったかもしれない。……石和さんは表では仕事のできる理想の男性だった。でも、裏では会社の女を食いまくる最低な男だったのよ。なのに、フンッ……『妻と息子と来たかった』なんて、あたしたちの前でよく言えたわよ」

 こずえさんも下を向く。そうだったのか。一見優しくて、周りの空気をよくするやり手のいい人だと思っていたのに……。人には裏面があるっていうけど、彼もそうだったのか。

「だけど、他に手があったかもしれまセン」
「じゃあどうすればよかったのよっ!!」

 ソフィを怒鳴りつけるクミコさん。その目には涙がうっすらと浮かんでいる。どうしようもなかった。あのまま全員で死ぬか、誰かひとりを犠牲にするか。

「……わたしはまだ死にたくないっ!」

 こずえさんが叫ぶと、また声が部屋に響いた。

『ねぇちょっと。あなたに指令だわよ』
「!!」

 びっくりしてぬいぐるみを落としそうになったのはクミコさん。しゃべったのは彼女の持っていた『パンダー』だった。

「今回指名を受けたのは、クミコさんですね! 指令はなんでしょうか?」

『30分以内に、門の前にある何も置かれていない台座に、生首を置いてちょうだい。そして対にしてほしいの。できるわよねぇ?』

 生首……!? デスマスクは、結局人を殺して用意したものだ。生首の代わりのものなんて、当然この部屋にあるわけがない! だってこのアトラクションは……一部屋ごとに人を殺すのが目的なんだから!

「ここから出るには犠牲が必要なのか……」
「岡さんっ!」

 僕はつい声を荒げた。岡さんがそんなこと言ったら、僕は……。

『じゃあ、ゲームスタートよ!』

 パンダーのぬいぐるみが合図すると、僕らは自然に壁に寄った。生首を用意する。指名されたのはクミコさんだから、クミコさんがそれを用意しなくちゃいけない。他人を殺して用意するか、もしくはクミコさん自身が石和さんのように犠牲になって、自ら生首を提供するか。

 クミコさんはみんなを見つめながら、様々なところを探る。きっと武器を探しているんだ。僕も探さないと……。人を殺すことはできないけど、クミコさんに殺されるのは嫌だ。僕は巻き込まれただけなんだ。

「ま、待ってください! 平和的に解決できるように、みんなで考えることが大事じゃありませんか!? 人を殺すなんて、無理だ!」

 僕はみんなに向かって叫ぶ。それでもみんなは黙ったままだ。ただ空しく声が響いただけだった。本当は平和に解決する方法なんてない。僕だってわからない。僕はそんなに頭がいいわけでもできる人間でもない。死にたくないからって、それだけ。弱い人間だからこそ、みんなの考えが必要なのに……。

「……そうデス! なにかあるはずデス!」
「ソフィ……」

 ソフィだけが、僕の声に反応してくれた。彼女もきっと助かりたいと思っている。助かりたくない、ここで死んでも構わないなんて人間なんていない。だから何かアイディアが欲しい。みんなが助かるために。

「……あんたたちはいいわよ。まだ人を殺していないんだから」

 クミコさんが暗く重い言葉を発する。ここから無事に出られたら、彼女は石和さん殺しの犯人として逮捕されるとわかった上での発言。それに反応したのはこずえさんだった。

「クミコさんが勝手にやったことじゃない!」

「勝手!? あたしはみんなを助けるためにやったのよ! ……あたしが捕まるなら、あんたたちも道連れよ!」

 また無言。重たい空気だけが流れる。ケンカなんかしている場合じゃないのに。誰か案は……。岡さんに目を向けるが、彼はふと視線を逸らす。ソフィも下を向いているだけだ。

 やっぱり考えなんて誰にも浮かばないんだ。他力本願なんていけないとわかっている。でも、僕が必死に考えて、考えぬいても、何もアイディアは浮かばない。ガイドのせいくんはずっと笑ったまんま。最悪……僕らはこのガイドにも殺されるかもしれない。

 そうこうしているうちにこずえさんとクミコさんは、争うように武器になりそうなものを探しはじめる。僕らは殺し合うしかないのか。

「あ……あったっ! これだわ」
「!!」

 武器を見つけたのは、またこずえさんだった。しかしその武器は……。

「ノコギリか。また悪趣味だな」
「あっ……」

 岡さんのひとことにこずえさんはうろたえた。よく見るとそのノコギリは、すでに血がついていたからだ。最初から置かれていた生首ももしかしたら……。ううん、そんなことを考えてる場合じゃない。

 こずえさんが武器を持ったのはいいけど、どうするのかが問題だ。今はこずえさんが一番有利な立場に立っている。

「……クミコさん、あなたが生首を用意しなきゃいけないなら……あなたが死んで!」
「嫌よ! あたしだってまだ生きたいの!」
「石和さんを殺したのに、ずうずうしいと思わないの!?」

「うるさいっ!! しょうがなかったのよ! あたしは……あたしはっ!! うわああっ!!」

 クミコさんはノコギリを持ったこずえさんにタックルをかます。不意打ちで驚いたこずえさんは、そのまま床に倒される。

「武器を渡しなさいっ!」
「嫌よっ!!」

 ふたりの取っ組み合いを、僕ら3人は見ていることしかできない。僕らが間に入ってもどうすればいいのかわからない。きっとソフィも岡さんもそうなんだと思う。こずえさんから武器を取り上げて、クミコさんを殺すか。それともクミコさんに応戦して、こずえさんを殺す? 若しくは他の人を……。そんな選択もできない。

 せいくんはただただ笑ってその様子を見ているだけだ。人が殺されたのに、平気で笑顔を浮かべるグローバルワンダーランドのキャスト。せいくんは最初から傍観者でしかないし、僕らをここに連れてきた張本人。彼に隙を見せることもできない。彼はおかしい。人間として。どうしてこう平気でいられるんだ。それに、僕らはどうしてこんなひどい目にあってるの? 僕らが一体何をしたっていうんだよ……!

「くそっ!」

 壁を殴ると、骨まで響く。でもこんな痛みを感じられるのは、まだ生きているからだ。死にたくない、死にたくないよ! だけど、どうすれば……。

「うぅっ……」

 頭を抱え込んでその場にしゃがみ込むと、僕の目からは涙がこぼれる。岡さんが背中をさすってくれたが、その優しさも今も厄介にしか感じられない。いずれ来るかもしれないんだから。岡さんか僕が死ぬ番が。

「あんたの負けよ!」

 ノコギリを手にしたのは、クミコさんだった。彼女はこずえさんの首をおさえつけると、刃を当てる。

「いや……いやっ!!」
「黙りなさいっ!!」

 クミコさんはノコギリでこずえさんの首をひく。しかしノコギリの刃が少し錆びているせいか、血だけ溢れてなかなか胴体と切り離すことができない。

「っ! ……ひゅうっ!」

 こずえさんの声。もう声でもなかった。空気を必死に吸おうとする音だけが耳に残る。

「時間内に骨まで切断しないと、あそこに置けないわ! ちょっとあなた! 手伝って!」
「ワタシ……デスカ?」
「早くっ!」

 ソフィはゆっくりクミコさんたちに近づくと、言われた通り手を添える。3人の女性は血飛沫で真っ赤に染まっていく。僕と岡さんは見ているだけだ。クミコさんは一瞬、僕らを見て舌打ちした。『男なんて頼りにならない』――そう言いたいのか。

 こずえさんの首を切り落とすと、血まみれな手で生首を置く。

「2番目の部屋も見事クリアですね! おめでとうございます!」

 せいくんのわざとらしい拍手が、僕らを余計に苛立たせる。それでもこのアトラクションからはまだ抜け出せない。部屋は5つと言っていた。あと3人――死ぬ。
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