■奉 りえか

文字数 2,823文字

「ママ~! 早く早く!」
「走らないの!」

 今日は娘とともにグローバルワンダーランドに来ている。6月。昨日までは雨が降っていたから心配してたけど、今日はいい天気。娘のありあも大喜び。「てるてる坊主を作ったからだね!」って。

 こんな大きなテーマパークへ連れてきてあげたのは、何年振りだろう。ありあを生んだのは、あたしが16歳の頃。父親は同じ高校の生徒。当然両親からは怒られた……ううん、それ以上か。勘当され、夫からも見捨てられた。あたしはありあを産んでから、母親ひとりで必死に働いていた。偶然、高校を辞める前に声をかけられていた雑誌の読者モデルの仕事があり、そこであたしは『プロ』として働いていた。

 ありあはちょうど9歳。こういう遊園地になかなか連れて来てあげられなかったのは、本当にすまないと思っている。だからこそ、今日は存分に遊ばせてあげるって決めたの。ようやく休みが取れたから。

 ……本当は、休みじゃない。今は夜の仕事をしているから、遊べる時間はそれまで。昼の仕事をクビになった。スーパーの仕事だったんだけど、そこのお局様とガチンコ対決してしまった。
 あたしの悪いところはバシッと文句を言ってしまう、自分で納得できないことがあると押さえられないところ。あたしが間違えてることもあるけど、そういうところを認められない。自分でもいけないなっていうのはわかってる。けど、どうしてもこの悪いくせを直すことができない。前にやっていた生保の仕事もそれでクビ。

 だから今は夜の……キャバクラで働いている。今の仕事は周りに何を言われようが、あたしは楽しい。それに偉い人とのコネも作れるからね。こっちがちょっと甘えれば、ブランドものも手に入るし。

 ただ、言い訳したいのは、自分をしっかり持っていないと、ありあをひとりで育てられないと思ったから。あたしは父さんや母さんに勘当されて、身内に助けを求めることができない。

 ありあの父親は尚更だ。あいつはあたしを捨てた男。絶対に許せない。それともうひとり許せない女がいる。名前は知らないけど、あたしの仕事を取った女。あたしはモデルとして、そこそこ有名になっていた。

 だけど、そこでカメラマンとスタイリストのふたりと言い争いになった。スタイリストの言うことを聞かず、あたしは自分に似合う服を選んでカメラの前に出た。スタイリストから話を聞いていたカメラマンは、色の調整を済ませて、あとは撮るだけだったらしい。だけど違う衣装を着たせいで、明かりや色の調整をやり直さないといけなくなった。あたしが衣装を変ればいいだけだったけど、あたしは自分の意見を曲げなかった。

 あたしの意見は通ることがなく、自らこの仕事を降りた。そしてその後釜に入った女がすべての元凶。この女は私の仕事を片っ端から奪っていった。なんでも、カメラマンやスタイリストから評判がよく、あたしの仕事は彼女に回されていった。

 なんで? あたしは悪くない。あたしの仕事を奪ったその女が悪い。あたしがせっかくつかんだライトは、知らない女に奪われた。この華やかな世界が、あたしの世界だって思っていたのに。

「はぁ……」
「どうしたの? お母さん。早く行こうよ!」
「そうね!」

 せっかくグローバルワンダーランドに来たんだから、思いっきり楽しまないと。
 あたしは走っていくありあを追いかけて、ドリームランド方面へ向かう。だけどそれが失敗だったんだ。あの子とずっと手をつないで歩いて行けば、こんなことにならなかったのに……。

「ありあ!? ありあ!!」

 スノードームへ向かって走って行ったと思ったのに、ありあの姿はない。どうしよう、迷子になっちゃったのかしら!? あたしは急いで案内所へ向かう。

「あ、あの! うちの子が迷子に!! 急いで迷子放送をしていただけませんか!?」
「恐れ入ります。迷子放送はしない決まりになっているんです」
「じゃ、じゃあ! どうやってうちの子を見つけろっていうのよ!!」

 怒鳴りつけるあたしとは違い、ガイドの女性は冷静に言った。

「ご安心ください。園内のキャスト全員に指示を出します。お子さんの特徴をお教えください」

 あたしはありあの服装などをできるだけ細かく伝える。それを紙にメモすると、ガイドは小さなマイクで各キャストに連絡した。

「これで園内のキャスト全員に伝えました。お母様はこちらでお待ちください」

 ありあ……。あたしが手を離したばっかりに。ううん、あたしが悪いわけじゃない。ありあが急に走ったから……。母親であるあたしの言うことを聞かなかったから、こんなことになったんだ!

 しばらくすると、スマホが鳴った。非通知? 誰かしら。もしかしたら昔知り合った男性モデル? 何回か連絡を取ってたのに、いきなり着信拒否にしたあいつ? あたしは急いで電話に出る。

『奉りえかさんの携帯ですか?』
「……はい」

 女の声? 仕事のオファーかな。そんな予想は大ハズレ。電話はありあについてのことだった。

『奉ありあさんを預かっています』
「え!? ありあを? 返して、返してよ!!」
『交換条件です。7月31日に、EPIC社で集団面接があります。それを『船橋ミホ』として受けてください』

 集団面接? EPIC社は聞いたことがある。グローバルワンダーランドの運営会社だ。その面接を『船橋ミホ』っていう別人として受けろっていうこと?

「……その間、ありあの身柄は?」
『安心してください。普通に……いえ、あなたと暮らすよりはるかにいい待遇でお預かりさせていただきます』

 あたしと暮らすよりいい待遇って、あり得ないでしょ!? あたしは母親よ!? ……でも、運がよければEPIC社に勤められるってことかしら。

 今は生活が安定しない夜職。ありあの学校の関係で、昼の職探しをしなきゃならない身だ。EPIC社なら有名企業で食いっぱぐれることもない。これはチャンスだ。

「……それで、船橋ミホって何者なの?」

『MIT卒の女性です。あなたには優秀な人間のフリをしていただきますができますか?』

「できるに決まってるじゃない! あたしは……ありあを返してもらえるなら、何でもするわ! その上仕事も手に入る。一石二鳥じゃない!」

『では、ガイドに迷子捜査を止めるようにお伝えください。ありあさんは、7月31日の面接が終りましたら無事に返しますよ』

 そういうと、電話は切れた。ありあには少し辛抱してもらわないといけないけど、あたしはこれがチャンスだと思った。MIT卒の船橋ミホ。ありあのためはもちろんだけど、うまくいけば仕事も手に入る。

 ――やるしかないと、あたしはそう思った。

 電話を切ると、女はにやりと笑った。

「ふふっ、相変らず安っぽい女。しかも娘が誘拐されたのに、自分のことしか考えられないのね。ありあもかわいそうだわ」
「お母さん……」
「ありあ、俺たちの仲間にならない? 俺たち、ドリームクラッシャーの仲間にさ」
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