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文字数 1,434文字
雫が私のほうへ走ってくる。それがなぜだか私にはスローモーションに見える。
「違います」
えっ……? 今頭の中で何か声が……んっ、頭が……頭が割れそう……。
強制スイッチ完了。コマ送りの画像。ひとつずつ検証していきます。ナイフの位置、確認。雫の腰の辺り、確認。=このまま突っ込む=胸下をえぐられる。右に避ける。倒れたイス、危険。不可。左。寸ででかわし、アイスピックを眼窩から脳へ向け突き刺す。『私』の身長=153cm。雫の身長=160cm。角度推定完了。成功率、76%。
「ミフユ、あたしの目の前から消えてっ!」
「『目』を失くすのはあなたです」
…。
……。
………。
血液確認。雫、活動停止。再起動まで19、18。起動前にナイフを奪い、心臓に突き刺す。ナイフ、確認。心臓位置、固定。
「うっ……ぐっ……目がっ……」
「申し訳ありません。このまま心臓をえぐり出します」
「し、しんぞ……っ!?」
……大量出血、確認。生存率30、29、28%。動作停止しました。
スイッチします。
「え……な、何!? 瑞希、どーいうこと!?」
「……松山ミフユの勝ち、ということですね。会長のおっしゃった通りです」
ふと我に返ると、雫が血まみれになって倒れていた。胸に空洞がある。これは? ……私の手の中にある、まだドクドクと動いているこれは……。
私は柔らかかったこれをぐにゃりと潰し、出てきた赤く錆びたいい香りを嗅ぐ。
「ふふっ、サイコーだね。これ」
その赤くどろりとしたものを顔面に塗りたくると、生を強く感じる。私は生きているんだ。
大事な人――すぐそばにいるのに、なかなか気づいてもらえなかった。私の一番大事な人は、……雫だ。
「うわぁ……今まで色んなキャストやゲストを見てきたけど、こんなグロい女子高生は初めて見た。一番普通だったし、恨んでいたのは雫のほうでしょ?」
「そんなのはどちらでもいいのよ。彼女は、アンダーベースの新しいウリになるかもしれませんね」
キャットと瑞希さんが何か言っているのが聞こえる。何かは知らないけど、私はやり遂げた達成感と、血の香りに興奮する。
大好きだった雫をこの手で殺したんだ。小さい頃からずっと一緒で、お姉ちゃんみたいだった雫。もう誰にも取られることはないよね。お兄ちゃんにも、他の男にも。
ふふっ、そう考えると嬉しくてしょうがない。最初からこうしておけばよかった。簡単なことだったのに、なんで気づかなかったんだろう。雫が言う通り、私はやっぱり鈍感だな。
あ、そうだ。雫の身体……心臓は私がくりぬいちゃったけど、キレイにして冷凍保存してくれるかなぁ? もしこのあとも雫をこの会社で守ってくれるなら、ここでずっと働いても構わない。雫との時間は私の宝物だから。
「わっ! 何これ!? 今日のコメントすごいことになってるよ!」
「画面の向こうのゲストも大満足だったようですね。今日は特別企画として大がかりなショーにしましたが……彼女を新しいヒロインにしたらどう?」
「いやぁ、この反響だったらそうしたいけどさぁ……ちょっと過激すぎない?」
「今更何を言ってるの。ともかく決定権はあなたにあるの。賠償金を早く返して自由になりたいなら、そのハーバード出の頭を酷使することね」
「とりあえず、彼女どうする?」
私は身体全身に大好きな雫の血を塗りたくる。真っ白だったシャツ。他人の色に染まりそうだったけど、今は雫の色に染まっている。それだけで今は――。
パンッ! と銃声が聞こえた瞬間、私は気を失った。