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 正月はアイスコーヒーに口をつける。オレもそれをマネした。少しでも頭の中をすっきりさせたいと思ったからだ。
 青葉さんは自分にもコーヒーを淹れようとしたが、開いていた窓を見てハッとする。

「っ! 全員伏せろっ!!」

 青葉さんが叫んだ瞬間、2階の事務所の外壁に何かが当たって爆発した。そのあとも発砲音が響く。

「ちっ、『セブンスヘブン』かっ! 浄見に気づかれた」
「え!? な、何それ」

 オレが聞いても答えてくれない。ただ黙って長いソファをずらすと、そこには四角いスペースがあった。中には拳銃が入っている。……これって、本物? わからないけど、青葉さんはそれを2つ取り出す。ひとつは映画とかドラマで見るようなもの。もうひとつはかなり大きいものだ。

 窓にフックが3つかけられると、そこから人が入ってくる。オレと正月は、ありあを抱いてソファのうしろに隠れた。

「ジュリ~、本当にここにいるの~?」
「なんでアタシらがガキの捕獲なんて面倒くさい仕事なんか……」
「キサラ、文句を言わないの。ミカ、子どもたちはここにいるわ。だって例の元・刑事さんが拳銃を向けてるんだから」

「ちっ」

 入ってきたのはオレと同じくらいかちょっと年上の女3人。ミカというゴスロリ服を着た巨乳とキサラと呼ばれたジーパンのお団子頭、そしてリーダー格であろう身長の高いジュリ。ライダースーツを着ていて両脚には長いパイプみたいなものがついている。
 ジュリは青葉さんに向かって大声でたずねた。

「こちらに双子の高校生と女の子ひとり、来てるわよね。差し出してちょうだい」
「断る。浄見の差し金だろ? あいつは何を考えてるんだ。組織から助けてやったのに……」
「浄見姉さんは組織に戻ったんだよ? 知らなかった?」

 くすくす笑いながら、ミカは話す。青葉さんの額には、じわりと汗がにじんでいるのがここから見てもわかる。

「面倒くさいな。どうせならここの事務所爆破させちゃえばいいじゃん」

 キサラが言うと、ジュリが首を振った。

「元・刑事さんは殺していいけど、3人は生きたまま捕まえないと」
「ね~、お兄さん。さっさと出してよ~。出してくれないと……」

 ミカは太ももに手を差しこむと、そこから鎖鎌が出てきた。それをぶんぶん振り回すと、事務所の蛍光灯が割れる。破片がこちらに落ちてきくるが、オレと正月はそれからありあを守ろうと彼女の上にかぶさった。

「おっと、ミカがやるならアタシもやるよ!」

 ベルトから小さなカプセルみたいなものを取り出すキサラ。あれはなんだ?

「ほらよっ!」

 カプセルを宙に投げ、手元のボタンを押すと爆発する。まさか……爆弾!?

「くそ、さすがに3対1はきつい……双子! ありあを連れて逃げろっ! 俺も行くっ!」

 その合図を聞いたオレらは、事務所の出口へ走る。ありあは正月が背負っている。そのあとから拳銃を何発か撃ちながら、青葉さんもついてくる。
 一体なんなんだよ! あの3人! それに、青葉さんが言っていた『セブンスヘブン』って!?

「逃がしませんよ」

 青葉さんが事務所を出る寸前。ドカンッ! と大きな音が鳴った。壁には大きな穴。そこから見えるのは、両脚につけていた小型バズーカを持ったジュリだった。

「はあ、はあ……」

 なんとか逃げてきたのは、何もない海辺だ。鎖鎌に爆弾、バズーカなんてあり得ないっ!なんでオレら、あんなのに襲われてるの!?

「いいか、寿」

 質問させる間も作らせず、青葉さんはオレに意外な命令する。

「正月とありあに催眠術をかけろ」
「え……、オレが? 催眠を解くことはできないんだけど」
「問題ない。催眠術っていうか、暗示だ。『ふたりは絶対負けない。戦える』って」
「ちょっと待ってください。俺はいいですけど、ありあは……!」
「ありあ、てめぇはどう思ってんだ?」
「……わたしは……」

 ありあが答えるのをじっと待つ。ありあはしばらく考えて、顔を上げた。

「戦うよ。浄見さんのやろうとしてることは、多分間違ってると思うから」
「よし、寿。やれ」
「わ、わかった」

 ふたり同時に術をかけるのは初めてだけど、やるしかない。

「ふたりとも、オレの目を見て。3、2、1」

 がくんと倒れるふたりを支える青葉さん。オレは続ける。

「ふたりはどんな武器にも負けない戦士だ。絶対に勝てる。負けることなんて考えられない。3、2、1」

パチン。合図とともに目を開けるふたり。ありあは黙ったまま、青葉さんから拳銃を受けとる。渡されたのはよく見るほうの拳銃ではなく、ありあには大きすぎるものだ。

「青葉さん! ありあにあの銃は大きすぎますよっ! 肩が外れるんじゃ……」
「あれはありあが使っていたものだ。問題ねぇ」
「『問題ねぇ』って……正月もなんか言ってよ!」
「……精神統一中だ。黙れ、寿」

 正月もウォームアップし始めた。完全にやる気だ。
 奥からざくざくと砂を踏みしめる音が聞こえる。敵も近い。

「寿、てめぇは隠れてろ」
「青葉さん、警察を呼んだら……」

 オレの言葉に青葉さんは首を振る。

「バカ、『浄見は御堂という国会議員お抱えのカウンセラー』っつっただろ。警察に金を握らせてるんだよ、あいつらは。それに、浄見の目的はてめぇだってありあも言ってたんだろ」

 オレが目的……オレが催眠術の後継者だから? だったら……。

「青葉さん! オレがおとりになりますよ! 浄見さんたちはオレを殺せない!」
「おとりになっても捕まるだけだ! 大人しく下がっとけっ!」

 いつも以上に乱暴な言葉を浴びせられると、仕方なく積み上げられた流木の裏に
隠れる。兄妹は戦うのに、オレだけなにもできないなんて……。

 そのとき、大きな爆発音とともに砂煙が上がった。さっきの爆弾魔・キサラだ。

「うん、砂浜だといいね。芸術点もらえそうなくらい、見事な爆発だ」

「みんなお待たせ~! やっぱりあたしの武器は広いほうがつかいやすいんだよね~。いいところ案内してくれて、ありがと!」

 ミカとやらも完全にイカれてる。あの鎖鎌をここで振り回す気だ。他のふたりの武器も、狭い事務所よりここのほうが自由に使える。海辺に逃げたのは失敗だったんじゃ……。

「……刑事さん、ひとり足りないわね。双子の子がいないわ」
「さあな? 怖くなってひとりで逃げたんじゃねーのっ!!」

 台詞を言い終える前に、青葉さんはジュリに向かって発砲した。

「おらあっ!!」
「きゃあ!?」

 青葉さんの合図をかわきりに、正月も出て来てミカに襲いかかる。ミカの武器は鎖鎌だが、近接攻撃だったら正月のほうが動きやすい。それでも鎖を腕に巻きつけ、動きを封じようとするが、それは逆効果だった。正月は鎖に絡みつかれた腕を引っ張り、ミカに容赦なく頭突きした。ラストは鎌の部分を奪えば一丁上がり。

「ジュリ! ミカ! ……っ!」

 最後に残ったキサラは、近くにいたありあを抱きかかえると、ありあの服のポケットにカプセル型爆弾をいくつか詰めようとする。

「あ、あんたたちの大事な妹が木っ端みじんになってもいいの!?」

「……お姉さん、本気じゃないでしょ? わたしを殺せば、浄見さんに怒られるんだよ。それと、『総統』たちにも」

「!!」

 キサラの顔色が変わる。それを確認せず、ありあは横を向いたまま、先ほどの大きな拳銃をキサラに突きつけた。

「お姉さんは私を殺せないけど……わたしはお姉さんを殺せるんだからね?」
「ありあ……」

 思わずつぶやいてしまう。あのかわいい妹が人を『殺す』なんて……。

「……困ったなぁ。まさか『ANGEL』たちが負けてしまうとは想定外だ」

 あとから砂浜へ出てきたのは、浄見さんとオレたちと同じくらいの少年と、ありあと同じくらいの男の子だった。

「そ、総統っ……!!」

 ジュリが声を上げると、総統と呼ばれた少年は右手を挙げる。静かに浄見さんが前に出て3人に言った。

「私の目を見なさい。あなたたちがケガをしてもかすり傷……痛みを感じなくなる。3、2……」

 これは催眠術!? だとしたら止めないと! 痛みを感じなくなったら、こっちがどんな攻撃をしても向かってくるようになる。それに、自分の命を盾に襲って来るかも。どうすれば……どうすればいい? ……こうなったら!!

「注目っ! ここは蟻地獄だっ!」

 オレは大きな声で手を挙げると、指を鳴らした。その途端、オレ以外の全員が、その場でジタバタし始めた。……どうやら即席で考えついた、超スピード催眠にみんなかかってくれたようだ。問題なのは、正月やありあ、青葉さんまでかかってしまったところだけど。

「ふふ、さすがは私が見込んだ子ね。一瞬で複数人を催眠状態にするなんて」

 今度は浄見さんが指を鳴らす。催眠は一気に解けたらしく、みんな服に着いた砂を叩いたり、口に入った砂を吐きだしている。

「どうですか、総統。彼の出来は」
「数か月でこのレベルなら、私たちの『セブンスヘブン計画』も順調に進められそうだ」

「くそっ、さっきからなんなんだよ……。その『総統』とか『ANGEL』とか『セブンスヘブン計画とか!』 浄見さん、説明したらどうなんです!?」

 とうとう温厚な正月がキレた。ここまでオレたち双子やありあを巻き込むのはなんでだ。そもそもなんでオレに目をつけたのかもわからない。
 そこで、前に出てきたのは青葉さんだった。

「てめぇら……若返ってもやってることは下衆だな! 御堂っ!!」
「御堂?」

 ……御堂って、確か浄見さんにオレたちのカウンセリングをさせた政治家……だよな。でも『若返った』ってどういうことだ?
 正月もありあも御堂と呼ばれた少年を見つめる。御堂はくくっと笑うと、青葉さんに言った。

「政治家としての仕事も飽きていてね。金がいくらあっても、人の心や若さは買えない。むなしく思っていたそんなとき……ある大学の研究所が面白いことをやっているっていうじゃないか」

「それが浄見の催眠術と、『若返りの薬』の製造か」
「正解! さすが元・刑事さんだね」

 青葉さんの言葉に声を上げたのは少年だった。

「若返りの薬は、ANGELにまず試してもらった。彼女たちは老人ホームに入居していた、家族に捨てられた人間だ。薬を試したところ、みるみる若返った。だから……」

「私たちは総統に絶対の服従を誓っているの。年老いたときに感じた苛立ちや悔しさから救ってくれたのが総統だから」

 ジュリがオレたちにはっきり言う。

「……僕と親父は二代そろって政治家だった。でも、息子たちはそれを継いでくれなくてね。僕たちの家系はずっと昔から政をやっていたのにさ。そのために勉強し続けて、自分の夢も希望も捨てて頑張ってきた。だから、人生やり直そうって思ってね」

「やり直して……どうするんだ?」

 正月がたずねると、御堂……父のほうが口を開いた。

「私たちの天国を作るんだよ。この3人のANGELと浄見、そしてありあとね」
「ありあは関係ねーだろっ!」

 思わず俺が叫ぶと、御堂息子が答える。

「ありあの戦闘力は欠かせないものなんだよ。ANGELたちよりも強くなれる」
「ちょっと総統! ひっど~い」

 ミカがぶーぶー文句を言う。御堂息子はそれも気にしないで続ける。

「それと、藤沢寿、正月。君たちもこの天国に招待したいんだ。寿の集中力には浄見が昔から目をつけていてね」

「昔から……?」

「あなたは術にかかりにくかった。私が催眠をかけようとする前に、自分の世界に没頭してしまって出てきてくれなかったの。こんなの初めてだったわ。私はどんな相手でも術をかけられたのにね。でも……逆に『使う側』だったら、こんなに強い人はいない」

「正月。君は寿の双子の兄だ。双子同士なら、お互いの心理状態もわかりやすい。寿が術をかけ、正月が戦士となる。最高のペアだよ」

くそ、御堂息子もいい加減なことを言いやがって……。

「どうかな? みんな。青葉刑事……いや、元か。君以外の全員に聞きたい。私たちと天国を作ろうじゃないか! 人の心を操り、好きなように楽しく暮らせる天国を!」

「……アホらし」
「同感だな」
「わたしも……もう人を殺すなんて絶対にしない!」

 オレも正月もありあも、みんなはっきりと言い切った。オレたちは絶対に、こんなやつらの仲間にはならない!
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