■DC編*狩野誠之助

文字数 5,019文字

「……これでよし」

 スプラッシュベルグに仕掛けをすると、準備完了。あとは大勢の人の前で中に入っている高井戸優衣のバラバラ死体を落とすだけ。

 高井戸優衣は、残酷な手段で殺された。オレもその場に居合わせたから、よく知っている。
 オレは狩野誠之助。今はEPIC社の裏仕事、アンダーベースという殺人ショーに出るアクターとしてバイト中。だけど本当の正体は……。

 夜のスプラッシュベルグから出てくると、スマホを手にした。

「もしもし、兄さん? こっちの仕事は終わった。これからだね、始まるのは」

 電話の相手は風間純一郎。名字は違うが、オレの兄だ。そして、ドリームクラッシャー―DC―を仕切っているトップだ。
 つまりオレは、EPIC社にスパイとして送り込まれているDCのメンバー。今のところ、運よくEPIC社にはバレていない。
 電話を切ると、オレは近くの倉庫へと向かう。人の出入り口に使われる小さいドアを開けて中に入ると、メンバーがすでにそろっていた。

「セイちゃん!」

 声を上げて飛びついてきたのはありあだ。まだ小学生だというのに、こんなグループに入ることになってしまうとはね。

「おかえり、誠之助。準備ご苦労様」
「大したことないよ」

 純一郎兄さんがねぎらいの言葉をかけてくれる。
 倉庫の中にはソファと作戦を考えるために使うホワイトボード。それと作業机の上には各々の武器が置かれている。

「いよいよEPIC社との対決だな」

 そう声をかけてきたのは坂下晃さん。表の仕事は真面目な銀行員。だが、裏の顔はDCのメンバーだ。
 DCは、政治家一族の御堂家が仕切るEPIC社の被害者で構成された組織だ。
 晃さんも妹さんを殺されたとか。妹のあかりさんは今、オレがいるアンダーベースのアルバイトの研修で被害にあった。研修というのは、要するに殺し合いだ。バイトの人間がひとりになるまで、殺し合いさせる。最後に残った人間だけが、正式に採用されるのだ。

 このオレも、最後まで戦い抜いて今アルバイトとして潜入している。ま、オレの場合は元から人を殺すのが好きだったから。死んだもうひとりの兄・蓮史郎は、シリアルキラーだった。そのコピーをしていたんだ。

 オレの特殊能力……とでもいうものなのか。『モノマネ』が得意なんだけど、そのレベルは相手の能力や性格をまるまるマネすることができる。だから蓮史郎兄さんと同じように、人を殺すのが好きになった。

 御堂家には母違いの息子が4人いた。一番年上の純一郎兄さん。2番目の孝之助兄さん。3番目の蓮史郎兄さんに、一番年下のオレ。

 この4人には順位がついている。トップは御堂家の跡取りとして将来政治家になる予定だった孝之助兄さん。2位はDCを仕切る役の純一兄さん、3位は上のふたりの手足となり活動する予定だった蓮史郎兄さん。そして最下位だったオレは3人の兄のサポートをする。 

 だけど、孝之助兄さんと蓮史郎兄さんはEPIC社に殺された。オレはサポートとして、いずれは孝之助兄さんの代わりに政治家になる。だが、その前にオレはDCのメンバーとして、EPIC社を潰さないといけない。だから現在はスパイとしてアンダーベースでアクターをしている。

「うまく高井戸の死体の準備はできましたか?」
「うん、もちろん。絵夢の考えた仕掛けはバッチリだと思う」

 女子大生の川勢田絵夢も被害者のひとりだ。彼女も実はある意味オレと一緒。絵夢は遠山組の娘。遠山組は、EPIC社と組んで悪さをしている。絵夢の兄はEPIC社に殺されたというのに。
 絵夢の親である組長たちはこのことを知らないらしく、いまだにEPIC社と深い関係を続けている。絵夢はそれに疑問を持ちつつ、DCの一員になった。多分、組長たちが絵夢の兄の死の真相を知らない理由は、EPIC社の策略があったからだ。  

 EPIC社で殺された人間の死体は、間違いなく出てこない。それなのに川勢田の死体だけは戻ってきたのだ。遠山組の敵対組織である同門組からのメッセージカードが添えられて。実際それは偽物。遠山組は当然のように、同門組にお礼をしに行った。ふたつの組は戦争状態になったが、結局警察が介入して絵夢の兄のことはうやむやになってしまった。

 なぜ、絵夢の兄のことをオレたちが知っていたかというと、彼女がEPIC社に問い合わせしたからだ。絵夢だけは聞いていたんだ。兄がEPIC社の就職試験に向かったことを。そして死体で帰ってきた。当然怪しんだんだろう。オレ以外にもドリームクラッシャーのメンバーはEPIC社内にいる。情報を仕入れたそのメンバーから、純一郎兄さんに連絡が行った。そこから絵夢にだけ声をかけた。

 絵夢は今ではDCの参謀になっている。今回、死体をスプラッシュベルグから落とそうと言ったのも、彼女だ。

「あとは川勢田さんの親御さんをたきつけるだけだね」

 そう言ったのは富田苗。高校生だが、彼女もまた親族を亡くしている。従姉の箭内雫と言ったか。苗は、雫の生前にこんな話を聞かされていたという。

『どうしても嫌いな女がいる。GWLの都市伝説で、アクター希望の人間は神隠しにあうと聞いた。本当に都市伝説があるのかはわからないけど、その女を始末したい』と。

 その都市伝説とはEPIC社が実際に起こしていることだ。神隠しではない。アクターらは何らかの理由で抹殺されたと考えられる。そして、オレがアンダーベースのアクターとして潜入したとき、箭内雫が死んだことを知った。
 しかも彼女を殺したのが、松山ミフユ。EPIC社の会長である松山ヒロアキの妹で、箭内雫の死体も彼女の意向で冷凍保存していると聞いた。

 松山ミフユは、オレの先輩でもある。そして――蓮史郎兄さんを殺した相手だ。蓮史郎兄さんは、松山ミフユと同じ日に研修を受けていた。だが、殺されてしまったんだ。あの百戦錬磨のシリアルキラーが、殺人初心者なんかに。

 今、彼女が持っている武器……ダイヤのナイフがその証拠だ。オレもマネして同じものを作ったから。松山ミフユは薄々感づいている。オレの秘めたる殺意に。蓮史郎兄さんは、オレが最初に完全コピーした人間だ。蓮史郎兄さんにはもっと色んなことを教えてほしかったのに……。

 いや、感傷に浸っている場合なんかじゃない。これからが本番だ。純一郎兄さんが全員の顔を見回す。

「いいかい、みんな。宣戦布告の用意はできた。だが、EPIC社もバカじゃない。孝之助が殺されたってことは、DCや御堂家の存在にも気づいているはずだ。そしたら、何らかの手を打ってくるだろう」

「……これから風間さんと一緒に遠山組へ戻って兄の本当の死因を告げます。そうすればきっと、遠山組はEPIC社に反旗を翻すでしょう」

 絵夢ははっきりと言い切った。父親たちを無理やりにでも説得するつもりだ。晃さんはカチカチとバタフライナイフをいじっている。ありあは苗の隣に座って、真剣に耳を傾ける。小学生にこんな戦争の話をするなんてな。苗はそっとありあの肩に手を置いていた。

「俺のいうことを信用するかはわからないけど、娘の絵夢の話は聞くはずだ」

 オレもみんなと一緒に兄さんの言葉にうなずくが、ひとつだけ口にした。

「絵夢と兄さんだけで交渉できなかった場合のことを考えて……あの人に助けを借りたらどう?」

 兄さんにたずねると、小さく笑って了承してくれた。万が一絵夢が説得に失敗しても、あの人ならきっと簡単に組長を言いくるめてくれるだろう。

 兄さんの許可が下りると席を立つ。ただ正直、遠山組が仲間になってくれないとオレたちのチームには火力が足りない。ありあは子どもだし、苗も普通の女子高生だ。絵夢だって……。晃さんとオレと兄さんだけじゃ弱い。こういうときは『もしも』とか『最悪のとき』を想定しておかなくちゃいけない。

 スマホアプリを立ち上げると、オレはあるふたりにメッセを送る。このふたりが仲間になってくれれば、状況は変わる。ひとりは心理学者になって、今では某大学の教授をやっているあの人。そしてもうひとりは、仲間になってくれるか博打だけど……彼がいれば心強い。

 返信は意外とあっさり来た。心理学者の彼女はもともと御堂家側の人間だからかもしれないが、もうひとりの彼はある組織の人間だから、簡単にこちらについてくれるとは限らないと思ったのに――。

『i want 2 revenge.』

 このメッセを見ると、オレは目を閉じた。ああ、彼もやっぱりEPIC社を恨んでるんだ。
これでバックアップも問題ない。

「兄さん、助っ人も来てくれるみたいだけど、アメリカからだと少し時間がかかる。作戦は
3日後。それでもいいかな」

「仕方ないな。みんな、今誠之助が言った通り、宣戦布告……高井戸優衣の死体を落とすの
は3日後だ。その日のアリバイは念のため作っておいてくれ。上の命令を無視するような
所轄の刑事が来たら面倒くさいしな」

 アリバイがなくてもありあたちは疑われないと思うが、念には念を入れないといけない。
 死体は遠隔操作で落とすことができる。オレもその日はアンダーベースに出ない。晃さんも仕事だ。問題は何もない。
 打ち合わせが終わると、オレたちは解散した。

「……あの子たちが私に協力を求めるなんてね」
「Soph……」

 ――宣戦布告当日。

 オレと兄さんは、小さい頃世話になった柊浄見(ひいらぎ・きよみ)さんとともに上野の喫茶店にいた。浄見さんは、オレたち兄弟をひとつにまとめてくれた人で、当時は大学院生だった。

 彼女との出会いは幼い頃のクリスマス。今までばらばらだったオレたちが、初めて御堂家に足を踏み入れたときだ。大学院生だった浄見さんは、祖父のカウンセラーの元で臨床心理学を勉強していた。

 浄見さんの師だった祖父のカウンセラーは、彼女の力を評価しており、その話は祖父にも伝わっていたらしい。そこで祖父たちは、彼女の力を実際に試した。……実際に何をされたのかは覚えてないけど、ともかくばらばらだったオレたちをひとつにまとめあげた。

「久しぶりね。ジュンくん、セイくん」
「すみません、浄見さんにも協力を頼むなんて」
「……あなたたちの仕事は知っています。私も御堂家お抱えのカウンセラーですから」

 浄見さんはあの頃と変わらずきれいだ。しかし、同じように厳しくもある。今日もあのクリスマスと同じように、黒いワンピースを着ている。半袖で薄着にはなっているが、姿勢も正しく凛とした表情だ。

「今回の件、引き受けましょう。ただし、私もタダでは動きません」
「もちろん、報酬はいくらでも」
「いいわ。その分、こちらも命をかけます」

 コーヒーカップを静かに置くと、彼女は喫茶店の時計を見た。

「もうひとり、来るのよね?」
「ええ」

 10:00。そろそろ来るはずだ。ゴースト・ホームで殺された、ロス・セレイタスのソフィア・ウッドの弟が。

 入口を注意して見ていると、金髪で長身、サングラスをかけたTシャツ・リュックの旅行者みたいな男が入ってきた。

「Hi! ジュンイチローとセイノスケ?」
「ライリー・ウッドさん……ですか?」
「Yes! ハジメマシテ、デスネ~!」

 ライリーは兄さんとオレの手を握ってぶんぶんと振る。浄見さんにも。……あれ? あの、血も涙もない麻薬売買カルテル・ロスセレイタスのメンバー……だよな? ずいぶん陽気で気さくだ。

「ボク、日本とても好きだったんデス! いつか旅行したいと思ってマシタ! ……But」

 サングラスを外すと、目の下に小さな入れ墨があった。涙のマークだ。その横には青い瞳。白目は血走っており、こちらにも殺意が伝わってくる。

「ソフを殺したヨツビシのイワサキとEPIC社……許サナイ」

 ソフィを殺したのは、本当はオレだ。それがバレたら矛先が変わるかもしれないけど、EPIC社に言われて岩崎を助けた。命令をただきいた。それだけだ。
 それでも、ライリーは殺る気だ。ソフィに関係したすべての人間を恨んでいる。だったらその恨みを利用するしかない。

「面子は揃った。誠之助、宣戦布告だ」
「了解」

 持ってきていたノートパソコンで、スプラッシュベルグに仕掛けにアクセスする。あと5分で箱が開き、死体が落ちる。オレたちは米浜とはまったく違う場所で、そのときを待つ。
 時間が過ぎた。それでもこの喫茶店には何も起こらない。オレたちはのんびりとコーヒーを飲んでから、席を立った。
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