2-7
文字数 5,292文字
『さ! 次は誰?』
「ボクから行くよ!」
キャットは嬉々として自分が将来的にやりたいことを話す。こいつは本当に怖いもの知らずすぎる。
それに……感情がない。
目の前で人が死んでもどうとも思わないんだ。多分、こいつだったらこう言うだろう。
『人が死んだって言っても、画面の中じゃん!』
あくまでも俺の予想ではあるが。
頭ばっかりよくても、感情面が豊かじゃないんだ。
御堂も同じだ。平気な顔で質問に答える。何もなかったかのように。まるでロボットだ。
そう言った面では、ミホさんはかなり直情的だった。
「EPIC社に入ることができたら、ともかく出世して人を使う立場になりたいわ。EPIC社というステータスが欲しいの。あと、人の上に立ちたい。入社したら、なんでもやる。どんなに汚いことでもね。『やりたいこと』なんてない。与えられた仕事を忠実にこなしていくだけよ。ただ、やった分の見返りはもらうけど」
えげつない女だ。自分のステータスが欲しいから入社したいなんてな。どういう考えを持っていたら、こんな恥知らずな答えを平然と言えるんだ。俺には想像つかない。
「はぁ……貪欲だなぁ」
「そういうおっさんはどうなのよ!」
今度はあごをさすっていた東さんに噛みつくミホさん。
気が立っているのか? そうなることは当然かもしれないけど、誰かれかまわず当たるなんて、本当に最低だ。
「俺は言っただろ? 会いたいヤツがいるって。入社しなきゃ会えないっていうなら入社したいぜ。そいつに会うためにな。ヤツに返さないといけないもんがある」
『う~んと、東サンの目的はよくわかった。だけど、面接官はオレじゃないかんね?』
「ああ、わかってるさ。ここにいる全員だろ? 落とされなきゃラッキーだぜ」
このヘラヘラしてるオヤジも問題だな。
自分の都合ってだけじゃないか。
『さて、川勢田クンは面接続ける?』
「俺はもういい」
『あっそ。面接放棄ってことだから、あとは松山クンだね?』
「俺は……ひ、人々を笑顔にしたいと思っています」
『ずいぶん立派な名目だね! でもさ、本当にそう思ってる?』
「えっ……」
『目の前で人殺されているというところに居あわせてるのに、みんなを笑顔にしたい、ねぇ……。あっ! そうか。もしかして、裏ではどんなに汚いことをしても、表面上はみんなを喜ばすことができればそれでいいと思ってるんだね!』
「なっ……!」
『あれあれ? その反応、やっぱり嘘だったんだ』
「………」
俺は冷静さを欠いていた。
落ちたら死ぬ。人が目のまで実際死んだ。それがショックだった。
でも、『入社したらやりたいこと』なんて質問、普通の面接でも聞かれることだろう。
俺は今まで面接なんて受けたことがない。
それに、EPIC社についても、調べたとはいえ知らないことばかり……。
『面接の際の受け答え』なんて就活本に載っていそうな例文を話しても、実際に思っていることと差が出たらそれは嘘になる。
ミスターEPICは気づいていた。
「今のって、自爆だよね~! あははっ」
キャットの笑い声が室内に響く。
「評価にも値しない」
御堂も冷たく言い放つ。
……失敗した。最悪だ。
「そ、それなら! 私は御社に尽くします!」
俺は汚名返上するために、必死になる。声は裏返るし、本当に最悪だ。
『具体的には?』
「……御社の仕事は各テーマパークの管理、人員整備、周辺施設の売上調査、ショップの展開など様々あるかと思いますが、どの立場になっても最善を尽くし、御社のさらなる発展のために身を粉にして働きたいと思います」
『……ぷっ』
「え?」
『あはは! いやあ、ごめん! 今までのキミからは想像ができない答えだったからね!
でもいいよ。悪くない。オレの会社のために本当にそこまでしてくれるなら、ね』
今までの俺……? こいつ、俺のことをどこまで知ってるんだ?
ともかく俺は落とされることがないように、必死だったんだ。
だから恥も外聞もすべて捨てて、ミスターEPICに媚びた。正義なんてのもこの際どうでもいい。
人はいざ死ぬと決まると、その事実をひっくり返すためにとんでもない能力を発揮する。
今まで就活なんて興味もなかったし、今回の面接だって10万もらえりゃいいと考えていた。
だけど、この試練をクリアしないと生きて帰れない。
どうやら俺は、思った以上に生に執着していたようだ。
『は~い! これで2つ目の質問は終了。また時間を30分あげるから、誰かひとり不採用にする人間を決めてね☆じゃ、あとで』
プツンと画面が一度暗くなり、また『30:00』からカウントダウンが始まる。
「くそっ! 変態! 出てこいや!! 俺は誰かを不採用になんかしねぇかんな!! こんなのただの人殺しだろーがっ!!」
「……川勢田さんはともかく、他のみんなはどうするの?」
瑞希さんが問いかける。
やっぱり俺にはできない。
誰かを蹴落として自分だけ助かるなんて……。
「みんな! 俺は誰かを落としたりしねぇ。この面接は無効だ。俺たちは警察にこのことを伝えなくちゃいけない」
川勢田さんが必死に弁明する。だが、それを聞くたびに胸が凍りつくのがわかる。
人間とは、こうも簡単に心情が変わるものなのか。
今、誰かを落としても、川勢田さんが警察に行かなければ俺たちは捕まらない。
投票しないで死ぬ確率があるなら……落とそう。
この際、誰でもいい。
俺はまだ死にたくない。
大学に入ってから4年間、死んだような生活をしていた。
誰にも関わらず、ただクロスワードや数独を解いて、金を稼ぐ。
ずっとひとりだったんだ。
だからこそ、今になってわかったことがある。
本当はひとりが嫌だったってことが。
外に出て行く勇気もなくて、友達を作る力もなかった。
そんなくだらない自分のまま、死にたくなんかない。
誰かを犠牲にしなきゃ生きて出られないのなら、俺はあえてその道を選ぶ。
なんとしてでもここから出て、今までの自分を変えるんだ!!
「……俺は決めます。不採用者を」
「なっ!? この野郎っ!!」
川勢田さんの重いパンチが頬に当たる。
「人が死んで、お前は平気なのか!?」
「平気なんかじゃありませんよ……。でも、俺は生きたい! ゾンビのような毎日から抜け出して……生まれ変わるんだ!! 人はいつでも誰かを蹴落として生きている!! 川勢田さんだってそういう経験、あるでしょう!? スポーツをやっていたなら尚更だっ! レギュラーになるために、誰かを踏み台にしたことはないんですか!?」
「ぐっ……くそがっ!!」
川勢田さんは悔しそうに壁を殴る。
やっぱり彼にもあったんだ。人を蹴落とした経験が。
「……ともかく俺はっ!!」
「はいはい、脳筋は黙っててよ。もうアンタには口出しする権利なんてないんだからね」
キャットがジュースを飲みながら、呆れた調子で言う。
小さい子にまでバカにされた川勢田さんは、その場に崩れ落ちた。
誰かを落とすとしても、誰を落とせばいいんだ……。
りえかはさんは声が出なかった。川勢田さんは誰に投票しないと言っている。普通に考えればこのふたりか、人を陥れようとするミホさんを選ぶことが生き延びるためには正しいかもしれない。
それともここはあえて他の人間を不採用にするか?
キャットは人間の心を持っていないガキだし、御堂だってロボット。瑞希さんも何を考えているかわからない。東さんにいたっては、自分の勝手で参加してるんだから。
誰かひとり、選ぶのは俺だ。
息を飲むと俺は覚悟を決める。
「どうするんですか? 川勢田さん。このままじゃ……」
りえかさんがたずねると、川勢田さんはぼそっとつぶやいた。
「投票が始まるその前に逃げる」
「え!? 逃げるって、どこへ……」
「とりあえず、エレベーターまでの道は覚えている。投票しないやつは俺について来い!」
「か、川勢田さん!?」
……正直こんな選択はしたくない。
だけど、川勢田さんは、自ら不採用者を決めないと言っている。しかも逃げるとも宣言した。
本気で逃げることができるならありがたい。しかしそう簡単にいくのだろうか。
俺たちがもし、投票で川勢田さんを選択すれば……。
多分、殺害されるのは彼だけで済む。逃げきれれば、とも考えるがそれは難しいと思う。
他の人間を選択したら、捕まえられた彼だけではなく、その選ばれた人間も死ぬ。
要するに、ふたりの人間が死ぬのだ。
だったら全員で川勢田さんを不採用に決めて、被害者を少なくした方がいい。
……なんていう想像までしてしまう俺は、もう人間の心をなくしているのかもしれない。
でも、何も言ってこない川勢田さんも、ある意味覚悟を決めているはずだ。
ミスターEPICの質問には最初から答えていない。投票にも不参加。だとしたら……。
「川勢田、お前は面接辞退ということになるかもしれない。それでもいいのか?」
俺の代わりに聞いたのは、意外にも御堂だった。
「俺だって死にたくねぇよ。でも、俺にはこの身体がある」
「……身体?」
瑞希さんのメガネがズレた。川勢田さんは何を言ってるんだ?
「俺は今までずっと、アメフトの選手だったんだよ。だから標準的な体格の男ならタックルして逃げることができると思う。だからみんな! 遠慮なく俺を不採用にしてくれっ!!」
「本気なの? あのゴリラ」
キャットがキャンディを舐めながら、心配そうな顔をする。
「今は川勢田さんにかけるしかないよ。彼がもし、ここから逃げることができたら……きっと俺たちは生きて出られる」
不安そうな顔をしていたキャットの頭をくしゃりとなでると、ちょっと嫌そうな顔をして俺の手を退けた。
それからすぐ、全員は投票をし、全会一致で川勢田さんを不採用にするという決定を下した。
すると、またミスターEPICがテレビ画面に映った。
『はい、みなさんお疲れ~! 川勢田クンを不採用にするって決めたんだね? まぁ、それが一番正しい選択だったのかもね! 川勢田クンに決めれば、死者はひとりで済む』
「違う! 川勢田さんならきっと生きて俺たちを助けてくれる……そう思って多数決を取ったんだ」
俺が大声でそう主張すると、画面の中のミスターEPICは無言になった。だけどそれは、ただ笑いを堪えていただけだったようだ。
『ぷっ……あはははははっ!! え~、マジ!? それ本気で言ってるの!? オレが選んだ人間とは思えない結論を出したね、キミたち』
「え……?」
『ま、いいや。とりあえず川勢田クン! キミは不採用!!』
その声とともに、バーにたくさんの男たちが突入してくる。
川勢田さんは、それをうまく蹴散らして元来たエレベーターへと乗り込む。
『はい、終了~☆』
「な、なんだと!?」
エレベーターの扉は閉まらなかった。しかもそこへたくさんのミスターEPICに手下たちが入ってくる。川勢田さんがいくら強くても、1対数十人じゃ勝ちようがない。
あっさりとつかまると、テレビの画面に彼が映った。まさか――。
『ま、キミたちの想像通り、死ぬのはひとりで済んだけどね~☆』
暴れていた川勢田さんだが、十字架にガムテープで身体を固定される。もちろん口にも貼られていて、くぐもった声が漏れる。でも、何を言っているかはわからない。
『それじゃみんな、やっちゃって~!』
ミスターEPICの声が響くと、男の一人が太いナイフを首筋に当て、シュッと勢いよく引いた。その瞬間、鮮血が部屋に飛び散る。あのガタイのよかった川勢田さんが、首を切られただけで死……。そんな……。
『い~い? みんなは簡単に死にたくないでしょ? あんまり面接辞退はしない方が
いいよ。川勢田クンみたいになっちゃうからねぇ~。あはは!』
「そ、そんな……」
「松山くん、生きて帰りたい? だったらもっと真実を見る目を養うことね」
瑞希さんが冷たく言い放つ。
そんなこと、俺に本当にできるのか……?
このあとも、きっと誰かが死んでいく。
それを耐えるだけの力が、俺にはあるのか?
「川勢田くんは自分を犠牲にしたんじゃないわ。彼は、落ちるべくして落ちた人間よ」
瑞希さんの言葉に、俺はハッとする。
どういうことだ!? 俺は彼なら俺たちを助けてくれるかもしれないと期待を込めて不採用にしたんだ。瑞希さんは違うというのか!?
「川勢田に期待していたとするなら、貴様はやはり猿だな」
御堂も瑞希さんと同じように、俺を非難する。
どういうことだ……?
「ゴリラはさ、いたずらに不安を煽ってみんなを混乱させたじゃん。そういう人間は組織にいらない。まぁ、ミホってオバさんとどっちにしようか迷ったけど……」
「誰がオバさんよ! クソガキ!!」
ミホさんがキャットの髪を引っ張る。
まさかこいつら……ミスターEPICの言う通り、これからも面接を続けていくつもりなのか!?
「そんな……」
『ま、川勢田クンは死んじゃったんだし? 切り替え切り替え! 松山クンにオレ、期待してるんだからね~?』
そんなミスターEPICの言葉だって、虫唾が走るくらいだ。
俺は罪のない川勢田さんを……!!
切り替えなんてできるか。もうすでに人が何人も死んでるんだ。
「はぁ……はぁ……」
自然と息が荒くなる。俺はミネラルウォーターを飲んで、なんとか冷静になろうと努力した
「ボクから行くよ!」
キャットは嬉々として自分が将来的にやりたいことを話す。こいつは本当に怖いもの知らずすぎる。
それに……感情がない。
目の前で人が死んでもどうとも思わないんだ。多分、こいつだったらこう言うだろう。
『人が死んだって言っても、画面の中じゃん!』
あくまでも俺の予想ではあるが。
頭ばっかりよくても、感情面が豊かじゃないんだ。
御堂も同じだ。平気な顔で質問に答える。何もなかったかのように。まるでロボットだ。
そう言った面では、ミホさんはかなり直情的だった。
「EPIC社に入ることができたら、ともかく出世して人を使う立場になりたいわ。EPIC社というステータスが欲しいの。あと、人の上に立ちたい。入社したら、なんでもやる。どんなに汚いことでもね。『やりたいこと』なんてない。与えられた仕事を忠実にこなしていくだけよ。ただ、やった分の見返りはもらうけど」
えげつない女だ。自分のステータスが欲しいから入社したいなんてな。どういう考えを持っていたら、こんな恥知らずな答えを平然と言えるんだ。俺には想像つかない。
「はぁ……貪欲だなぁ」
「そういうおっさんはどうなのよ!」
今度はあごをさすっていた東さんに噛みつくミホさん。
気が立っているのか? そうなることは当然かもしれないけど、誰かれかまわず当たるなんて、本当に最低だ。
「俺は言っただろ? 会いたいヤツがいるって。入社しなきゃ会えないっていうなら入社したいぜ。そいつに会うためにな。ヤツに返さないといけないもんがある」
『う~んと、東サンの目的はよくわかった。だけど、面接官はオレじゃないかんね?』
「ああ、わかってるさ。ここにいる全員だろ? 落とされなきゃラッキーだぜ」
このヘラヘラしてるオヤジも問題だな。
自分の都合ってだけじゃないか。
『さて、川勢田クンは面接続ける?』
「俺はもういい」
『あっそ。面接放棄ってことだから、あとは松山クンだね?』
「俺は……ひ、人々を笑顔にしたいと思っています」
『ずいぶん立派な名目だね! でもさ、本当にそう思ってる?』
「えっ……」
『目の前で人殺されているというところに居あわせてるのに、みんなを笑顔にしたい、ねぇ……。あっ! そうか。もしかして、裏ではどんなに汚いことをしても、表面上はみんなを喜ばすことができればそれでいいと思ってるんだね!』
「なっ……!」
『あれあれ? その反応、やっぱり嘘だったんだ』
「………」
俺は冷静さを欠いていた。
落ちたら死ぬ。人が目のまで実際死んだ。それがショックだった。
でも、『入社したらやりたいこと』なんて質問、普通の面接でも聞かれることだろう。
俺は今まで面接なんて受けたことがない。
それに、EPIC社についても、調べたとはいえ知らないことばかり……。
『面接の際の受け答え』なんて就活本に載っていそうな例文を話しても、実際に思っていることと差が出たらそれは嘘になる。
ミスターEPICは気づいていた。
「今のって、自爆だよね~! あははっ」
キャットの笑い声が室内に響く。
「評価にも値しない」
御堂も冷たく言い放つ。
……失敗した。最悪だ。
「そ、それなら! 私は御社に尽くします!」
俺は汚名返上するために、必死になる。声は裏返るし、本当に最悪だ。
『具体的には?』
「……御社の仕事は各テーマパークの管理、人員整備、周辺施設の売上調査、ショップの展開など様々あるかと思いますが、どの立場になっても最善を尽くし、御社のさらなる発展のために身を粉にして働きたいと思います」
『……ぷっ』
「え?」
『あはは! いやあ、ごめん! 今までのキミからは想像ができない答えだったからね!
でもいいよ。悪くない。オレの会社のために本当にそこまでしてくれるなら、ね』
今までの俺……? こいつ、俺のことをどこまで知ってるんだ?
ともかく俺は落とされることがないように、必死だったんだ。
だから恥も外聞もすべて捨てて、ミスターEPICに媚びた。正義なんてのもこの際どうでもいい。
人はいざ死ぬと決まると、その事実をひっくり返すためにとんでもない能力を発揮する。
今まで就活なんて興味もなかったし、今回の面接だって10万もらえりゃいいと考えていた。
だけど、この試練をクリアしないと生きて帰れない。
どうやら俺は、思った以上に生に執着していたようだ。
『は~い! これで2つ目の質問は終了。また時間を30分あげるから、誰かひとり不採用にする人間を決めてね☆じゃ、あとで』
プツンと画面が一度暗くなり、また『30:00』からカウントダウンが始まる。
「くそっ! 変態! 出てこいや!! 俺は誰かを不採用になんかしねぇかんな!! こんなのただの人殺しだろーがっ!!」
「……川勢田さんはともかく、他のみんなはどうするの?」
瑞希さんが問いかける。
やっぱり俺にはできない。
誰かを蹴落として自分だけ助かるなんて……。
「みんな! 俺は誰かを落としたりしねぇ。この面接は無効だ。俺たちは警察にこのことを伝えなくちゃいけない」
川勢田さんが必死に弁明する。だが、それを聞くたびに胸が凍りつくのがわかる。
人間とは、こうも簡単に心情が変わるものなのか。
今、誰かを落としても、川勢田さんが警察に行かなければ俺たちは捕まらない。
投票しないで死ぬ確率があるなら……落とそう。
この際、誰でもいい。
俺はまだ死にたくない。
大学に入ってから4年間、死んだような生活をしていた。
誰にも関わらず、ただクロスワードや数独を解いて、金を稼ぐ。
ずっとひとりだったんだ。
だからこそ、今になってわかったことがある。
本当はひとりが嫌だったってことが。
外に出て行く勇気もなくて、友達を作る力もなかった。
そんなくだらない自分のまま、死にたくなんかない。
誰かを犠牲にしなきゃ生きて出られないのなら、俺はあえてその道を選ぶ。
なんとしてでもここから出て、今までの自分を変えるんだ!!
「……俺は決めます。不採用者を」
「なっ!? この野郎っ!!」
川勢田さんの重いパンチが頬に当たる。
「人が死んで、お前は平気なのか!?」
「平気なんかじゃありませんよ……。でも、俺は生きたい! ゾンビのような毎日から抜け出して……生まれ変わるんだ!! 人はいつでも誰かを蹴落として生きている!! 川勢田さんだってそういう経験、あるでしょう!? スポーツをやっていたなら尚更だっ! レギュラーになるために、誰かを踏み台にしたことはないんですか!?」
「ぐっ……くそがっ!!」
川勢田さんは悔しそうに壁を殴る。
やっぱり彼にもあったんだ。人を蹴落とした経験が。
「……ともかく俺はっ!!」
「はいはい、脳筋は黙っててよ。もうアンタには口出しする権利なんてないんだからね」
キャットがジュースを飲みながら、呆れた調子で言う。
小さい子にまでバカにされた川勢田さんは、その場に崩れ落ちた。
誰かを落とすとしても、誰を落とせばいいんだ……。
りえかはさんは声が出なかった。川勢田さんは誰に投票しないと言っている。普通に考えればこのふたりか、人を陥れようとするミホさんを選ぶことが生き延びるためには正しいかもしれない。
それともここはあえて他の人間を不採用にするか?
キャットは人間の心を持っていないガキだし、御堂だってロボット。瑞希さんも何を考えているかわからない。東さんにいたっては、自分の勝手で参加してるんだから。
誰かひとり、選ぶのは俺だ。
息を飲むと俺は覚悟を決める。
「どうするんですか? 川勢田さん。このままじゃ……」
りえかさんがたずねると、川勢田さんはぼそっとつぶやいた。
「投票が始まるその前に逃げる」
「え!? 逃げるって、どこへ……」
「とりあえず、エレベーターまでの道は覚えている。投票しないやつは俺について来い!」
「か、川勢田さん!?」
……正直こんな選択はしたくない。
だけど、川勢田さんは、自ら不採用者を決めないと言っている。しかも逃げるとも宣言した。
本気で逃げることができるならありがたい。しかしそう簡単にいくのだろうか。
俺たちがもし、投票で川勢田さんを選択すれば……。
多分、殺害されるのは彼だけで済む。逃げきれれば、とも考えるがそれは難しいと思う。
他の人間を選択したら、捕まえられた彼だけではなく、その選ばれた人間も死ぬ。
要するに、ふたりの人間が死ぬのだ。
だったら全員で川勢田さんを不採用に決めて、被害者を少なくした方がいい。
……なんていう想像までしてしまう俺は、もう人間の心をなくしているのかもしれない。
でも、何も言ってこない川勢田さんも、ある意味覚悟を決めているはずだ。
ミスターEPICの質問には最初から答えていない。投票にも不参加。だとしたら……。
「川勢田、お前は面接辞退ということになるかもしれない。それでもいいのか?」
俺の代わりに聞いたのは、意外にも御堂だった。
「俺だって死にたくねぇよ。でも、俺にはこの身体がある」
「……身体?」
瑞希さんのメガネがズレた。川勢田さんは何を言ってるんだ?
「俺は今までずっと、アメフトの選手だったんだよ。だから標準的な体格の男ならタックルして逃げることができると思う。だからみんな! 遠慮なく俺を不採用にしてくれっ!!」
「本気なの? あのゴリラ」
キャットがキャンディを舐めながら、心配そうな顔をする。
「今は川勢田さんにかけるしかないよ。彼がもし、ここから逃げることができたら……きっと俺たちは生きて出られる」
不安そうな顔をしていたキャットの頭をくしゃりとなでると、ちょっと嫌そうな顔をして俺の手を退けた。
それからすぐ、全員は投票をし、全会一致で川勢田さんを不採用にするという決定を下した。
すると、またミスターEPICがテレビ画面に映った。
『はい、みなさんお疲れ~! 川勢田クンを不採用にするって決めたんだね? まぁ、それが一番正しい選択だったのかもね! 川勢田クンに決めれば、死者はひとりで済む』
「違う! 川勢田さんならきっと生きて俺たちを助けてくれる……そう思って多数決を取ったんだ」
俺が大声でそう主張すると、画面の中のミスターEPICは無言になった。だけどそれは、ただ笑いを堪えていただけだったようだ。
『ぷっ……あはははははっ!! え~、マジ!? それ本気で言ってるの!? オレが選んだ人間とは思えない結論を出したね、キミたち』
「え……?」
『ま、いいや。とりあえず川勢田クン! キミは不採用!!』
その声とともに、バーにたくさんの男たちが突入してくる。
川勢田さんは、それをうまく蹴散らして元来たエレベーターへと乗り込む。
『はい、終了~☆』
「な、なんだと!?」
エレベーターの扉は閉まらなかった。しかもそこへたくさんのミスターEPICに手下たちが入ってくる。川勢田さんがいくら強くても、1対数十人じゃ勝ちようがない。
あっさりとつかまると、テレビの画面に彼が映った。まさか――。
『ま、キミたちの想像通り、死ぬのはひとりで済んだけどね~☆』
暴れていた川勢田さんだが、十字架にガムテープで身体を固定される。もちろん口にも貼られていて、くぐもった声が漏れる。でも、何を言っているかはわからない。
『それじゃみんな、やっちゃって~!』
ミスターEPICの声が響くと、男の一人が太いナイフを首筋に当て、シュッと勢いよく引いた。その瞬間、鮮血が部屋に飛び散る。あのガタイのよかった川勢田さんが、首を切られただけで死……。そんな……。
『い~い? みんなは簡単に死にたくないでしょ? あんまり面接辞退はしない方が
いいよ。川勢田クンみたいになっちゃうからねぇ~。あはは!』
「そ、そんな……」
「松山くん、生きて帰りたい? だったらもっと真実を見る目を養うことね」
瑞希さんが冷たく言い放つ。
そんなこと、俺に本当にできるのか……?
このあとも、きっと誰かが死んでいく。
それを耐えるだけの力が、俺にはあるのか?
「川勢田くんは自分を犠牲にしたんじゃないわ。彼は、落ちるべくして落ちた人間よ」
瑞希さんの言葉に、俺はハッとする。
どういうことだ!? 俺は彼なら俺たちを助けてくれるかもしれないと期待を込めて不採用にしたんだ。瑞希さんは違うというのか!?
「川勢田に期待していたとするなら、貴様はやはり猿だな」
御堂も瑞希さんと同じように、俺を非難する。
どういうことだ……?
「ゴリラはさ、いたずらに不安を煽ってみんなを混乱させたじゃん。そういう人間は組織にいらない。まぁ、ミホってオバさんとどっちにしようか迷ったけど……」
「誰がオバさんよ! クソガキ!!」
ミホさんがキャットの髪を引っ張る。
まさかこいつら……ミスターEPICの言う通り、これからも面接を続けていくつもりなのか!?
「そんな……」
『ま、川勢田クンは死んじゃったんだし? 切り替え切り替え! 松山クンにオレ、期待してるんだからね~?』
そんなミスターEPICの言葉だって、虫唾が走るくらいだ。
俺は罪のない川勢田さんを……!!
切り替えなんてできるか。もうすでに人が何人も死んでるんだ。
「はぁ……はぁ……」
自然と息が荒くなる。俺はミネラルウォーターを飲んで、なんとか冷静になろうと努力した