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文字数 1,231文字
夏休み明け初日。
といっても、大学生の夏休みは長かった。
すでに9月中盤。
就活はあまりうまくいっていない。学歴はなんら問題ない。SPIなどの試験もオールパス。
それなのになぜか面接で落とされるのだ。
多分だが、あの『7月31日』がトラウマになっているのかもしれない。
ユウキ――神谷ユウキとは当然ながらあの日以来会っていない。会ったことが幻覚だったんじゃないかと思うほどだ。
今日も新聞を読むが、別段変わったところはない。政治、経済、その他事件。俺はこれらの記事に目を通しても、何も感じなかった。
あの7月31日に見た悪夢――。
あれが『本当に起きたことだった』としたら、こんな些細な事件、事件とも呼べない。
だが、俺自身日々の生活に違和感を覚えていた。毎日起こることに、刺激がなくなってしまったのだ。元から引きこもりみたいなものだった。だから、そこから得る刺激なんて大したものはなかったが、それでも毎日満足に暮らしていたのに。その感覚が完全にマヒしている。
「どうしたもんかな……」
就活は八方ふさがり。だけど今日、卒論を提出してしまえば、卒業は確定。ついでに言えば学部首席で、だ。事務方から連絡が来ていて、卒業式の答辞を用意しておくようにと言われている。
卒論を出して、昼過ぎ。この後も就活。面接。今日は大手法律事務所だ。
9月半ばでもまだ暑い。スーツが蒸れてしょうがない。
大学を出て、どこか喫茶店で時間を潰していようか。
卒論を提出すると、俺は5号館の研究室を出る。そのときだった。
「ヒロアキ!」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには悪魔がいた。
その姿に俺は、一瞬で青ざめる。
あの7月31日は悪夢なんかじゃなかった――だってここにユウキがいるのだから。
「な……なんで……」
「社会人入学ってやつ? といっても卒論をテキトーに出すだけなんだけどね。……オレさ、やっぱりヒロアキとじゃないと仕事できない。それでキミを追いかけて来たってわけ」
「いや、俺は無理だ。お前とあんな仕事なんて……」
『仕事』というのもはばかられる。あれは犯罪だ。できるわけがない。
俺が顔を伏せると、ユウキは無理やりあごをあげて、自分の目を見つめさせる。
「逃がさないよ。……というよりも、もう逃げられないっていうほうが正しいかもね。ヒロアキだって気づいてるんでしょ? 今の生活がつまらないって」
ユウキの言葉に俺は声を詰まらせる。
悔しいが、こいつの言う通りなのだ。毎日新聞やニュースを見ていても、何も感じない。感じられなくなった。
あの日飛び散った赤い赤いしぶきが、今も色濃く目に映っていて……。
「きれいだった、でしょ?」
俺はぎょっとした。ユウキはまるで、俺の考えを読んでいるようだ。
「今日、オレと来てくれるなら……補佐じゃなくて共同経営者になってもらう。断るんだったら……」
「ころ……バラすのか?」
「ううん、それならあの日、生きて返していない。オレの大事な親友だからね!」
ユウキはそっと俺に手を差しだす。親友か。
俺は――。
といっても、大学生の夏休みは長かった。
すでに9月中盤。
就活はあまりうまくいっていない。学歴はなんら問題ない。SPIなどの試験もオールパス。
それなのになぜか面接で落とされるのだ。
多分だが、あの『7月31日』がトラウマになっているのかもしれない。
ユウキ――神谷ユウキとは当然ながらあの日以来会っていない。会ったことが幻覚だったんじゃないかと思うほどだ。
今日も新聞を読むが、別段変わったところはない。政治、経済、その他事件。俺はこれらの記事に目を通しても、何も感じなかった。
あの7月31日に見た悪夢――。
あれが『本当に起きたことだった』としたら、こんな些細な事件、事件とも呼べない。
だが、俺自身日々の生活に違和感を覚えていた。毎日起こることに、刺激がなくなってしまったのだ。元から引きこもりみたいなものだった。だから、そこから得る刺激なんて大したものはなかったが、それでも毎日満足に暮らしていたのに。その感覚が完全にマヒしている。
「どうしたもんかな……」
就活は八方ふさがり。だけど今日、卒論を提出してしまえば、卒業は確定。ついでに言えば学部首席で、だ。事務方から連絡が来ていて、卒業式の答辞を用意しておくようにと言われている。
卒論を出して、昼過ぎ。この後も就活。面接。今日は大手法律事務所だ。
9月半ばでもまだ暑い。スーツが蒸れてしょうがない。
大学を出て、どこか喫茶店で時間を潰していようか。
卒論を提出すると、俺は5号館の研究室を出る。そのときだった。
「ヒロアキ!」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには悪魔がいた。
その姿に俺は、一瞬で青ざめる。
あの7月31日は悪夢なんかじゃなかった――だってここにユウキがいるのだから。
「な……なんで……」
「社会人入学ってやつ? といっても卒論をテキトーに出すだけなんだけどね。……オレさ、やっぱりヒロアキとじゃないと仕事できない。それでキミを追いかけて来たってわけ」
「いや、俺は無理だ。お前とあんな仕事なんて……」
『仕事』というのもはばかられる。あれは犯罪だ。できるわけがない。
俺が顔を伏せると、ユウキは無理やりあごをあげて、自分の目を見つめさせる。
「逃がさないよ。……というよりも、もう逃げられないっていうほうが正しいかもね。ヒロアキだって気づいてるんでしょ? 今の生活がつまらないって」
ユウキの言葉に俺は声を詰まらせる。
悔しいが、こいつの言う通りなのだ。毎日新聞やニュースを見ていても、何も感じない。感じられなくなった。
あの日飛び散った赤い赤いしぶきが、今も色濃く目に映っていて……。
「きれいだった、でしょ?」
俺はぎょっとした。ユウキはまるで、俺の考えを読んでいるようだ。
「今日、オレと来てくれるなら……補佐じゃなくて共同経営者になってもらう。断るんだったら……」
「ころ……バラすのか?」
「ううん、それならあの日、生きて返していない。オレの大事な親友だからね!」
ユウキはそっと俺に手を差しだす。親友か。
俺は――。