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文字数 2,720文字

 学校が終わると、今日もバイトだ。

 お母さんやお父さんからは「バイト頑張ってるわね。あんたは働くことが好きだから安心だわ。お兄ちゃんみたいに就職先がギリギリまで決まらないなんてことはなさそう」って言われている。

 今まで比較されてきた。それが嫌だったけど、もう比べられることはない。私は私だ。お兄ちゃんのことは家から追い出してしまったけど、嫌いじゃない。雫のことがなければ、色々教えてくれるいい兄だ。今も携帯でやりとりしているくらいだしね。

 行きの電車の中で携帯を取り出すと、この間送ったメッセの返信が来ている。

『バイト始めたって聞いたぞ。お前に続けられるのか?』

 お兄ちゃんにバイトを始めたことを伝えた。続けられるのかって、学生時代バイトしたことなかったお兄ちゃんじゃないんだから……。

 私は雫と一緒な限り、ずっとバイトは続けていくつもりだ。高校を卒業したら、大学へ行くか就職するか、専門学校に行くか迷っていたけど……アクターのバイトを続けるのも悪くないかなと最近は思っている。グローバルワンダーランドのキャストは、ほぼアルバイトだ。
お給料も悪くないしね。それに毎日雫に会うことができるから。

『バイトはすごく楽しいから、続けられるに決まってるでしょ!』

 今日は珍しくすぐ返事が来た。

『ま、無理すんなよ』

 これでも心配してくれてるのかな。携帯をしまうと最寄りの駅に到着だ。今日から9月。
『夏休みスペシャル・デスゲーム』は終了。通常通りのショーになる。

 私は園内に入ると、カブキ・アクションのあったところからエレベーターに乗り、
地下へ。アンダーベースに着くと、楽屋に入った。そこには衣装に着替え終わった狩野くんがすでにいて、資料を読んでいた。

「あ、先輩。おはようございます。これ、9月のシフト表と無言になるキャストの一覧です」

 無言になるキャストとは、ステージ上で殺される人間のことだ。通常通りのショーでは、表のグローバルワンダーランドで働いているキャストからひとり、選ばれる。選ばれるキャストは大きなミスをしたり、運営上問題行動を起こした人間だ。

 しかし、そういった人間がいない場合は、無作為にひとり選ばれる。約17000人働いている中からたったひとり。当たった人間は多分、宝くじに当選するよりもすごいと思う。

 私は狩野くんから資料を受けとると、キャスト一覧を眺める。資料に載っているキャストの一覧には、顔写真と選ばれた理由が書かれている。写真を見ると、みんな満面の笑みを浮かべている。その横に書かれた理由。『ゲストへの暴言』、『つぶやきに内部情報を投稿』、『安全確認不行き届きによる事故』。EPIC社はこういうゲストを全員黙らせて、グローバルワンダーランドをクリーンに保つのだ。

「オレたち、まるで掃除人みたいですよね。まぁ、楽しめるならいいけど」

 狩野くんは頬を赤く染めて自身の身体を抱いている。ぞくぞくしているんだ。殺すのが楽しみすぎて、もう我慢できないといった感じ。

「先輩はそう思わないんですか?」

「私は……思い出せるから。初めて自分の手を汚して、大事な人を手に入れたあの夏の日のことをね」

 そう言うと、私も衣装に着替えるためにカーテンで仕切られた場所へとコスチュームを持って入る。ここのコスチュームは、主役の衣装を使う武器に寄って変えている。私たちが初めて見た、マタドールの格好をしてショーに出ているチームは、別名『シリウス』。主役の高井戸さんが使うのがファルカタだからだ。

 私たちのチーム名は『リゲル』。主役は私だ。狩野くんでも主役になれそうなのに、なぜアシスタントなのかキャットに聞いてみたら、『ショーとして華やかじゃない』そうだ。どうも狩野くんの手口だと、的確に急所をついていくので手際はいいのだが、あっさりしすぎているという意味らしい。

 夏休み中、何回もショーに出ていたけど、幾分慣れたとはいえまだ私はスマートに動けない。しかしその危うさがいいと言われた。

 真っ赤に染まった肩が出たドレスを着ると、ピンクのカツラをかぶり、仮面をする。これで準備完了だ。

 チームメイトが集まると、ちょうど定刻。ステージに仲間が立ち、いつもの口上を述べる。

「Welcome Everyone!Now begin EPIC thing is done at the UnderBase.」

 ……ふふっ、無言のキャストは女性。私が担当するのは女性だけとキャットにお願いしているのだ。今日の彼女の見た目も雫にちょっと似ている気がする。そう思うと自然とドキドキしてくる。女性の声がここまで聴こえるのもたまらない。

「な、なんであたしがこんな目にあうのよ! 意味が分からないっ! 家に帰して……」

 手足を固定している間は、彼女が叫ぶシーン。ここに連れてこられるキャストは大体みんな、なぜ自分が選ばれたのか理解していない。だからパニックになる。ゲストのコメントを読むと、そこがいいらしい。

 私はさっそくステージに立つと、今日来てくださった観客席とネットの映像用のカメラにご挨拶する。女性は私に何をされるのかわからず、震えている。だが、「助けて!」とだけ言い続ける。私はペーパーナイフの部分で細かい傷を少しずつ作っていく。彼女は刃を当てられる度、「いやあっ!」と声を上げる。このくらいかな。泣き顔がかわいい。あとで映像をもらおう。雫は強かったから、私に涙を見せることなんて、滅多になかったから。

 存分にいじめると、女性にたずねる。

「あなたはなんで自分がここに連れてこられたか、わかる?」

 当然ながら首を左右に振る。私はナイフをぺちんと頬に当てると、目の下から頬へと赤い線を引いた。

「ゲストへ暴言を吐いたこと……覚えているかしら?」

 命を絶たれる寸前に、自分の罪を知り声を上げて懇願する。「殺さないでください」と。私にはどうでもいいことだ。雫もこうして、私にお願いしてくれることがあったらよかったのになぁ……。そんなことを考えていると、目の前の女性と雫がだんだんと重なってくる。

 鼓動が速くなる。また雫とひとつになりたい……。私はたまらなくなって、あの日を繰り返す。目の下からアイスピックを刺す。

「うっ……!?」

 彼女の流す赤い涙は、とても純粋できれいだ。それを舌で舐めると、ナイフで心臓の辺りをなぞる。

「い、いや……」

 まだしゃべれたの? 些細な抵抗がかわいく聞こえる。だいじょぶ。さ、そろそろ覚悟してね? 雫。

「ぐはっ……!」

 私は胸にナイフを突き出すと、心臓をえぐり出す。あの日と同じように、心臓をつかんで出てくる血を顔に塗る。このときが一番快感なのだ――。
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