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文字数 2,642文字
――放課後。
噂が広まるのは一瞬だ。3年の教室に向かうと、すでにオレは注目の的。衆人環視の元、渋々と山吹センパイを呼び出す。
しばらく待たされたあと、教室の奥からゆっくり出てくる。目は真っ赤だ。これはアウトすぎる。オレ、悪人じゃん!! 女子の先輩たちが、冷たい視線をぶっ刺してくる。痛い、痛いっ!!
「な、何よ……フッた相手を呼び出すなんて」
「いえ……その、オレの仕事……『嫌な思い出を忘れさせる』っていうものなんスけど」
「だから?」
「今日のこと……忘れたくないですか? オレ、その、先輩に嫌な思いをさせたから」
「……イヤ」
「え?」
「私はこんなことで折れたりしないっ! 明日からもあなたの監視に行きますからね!」
え……。えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 今日の記憶を消したいのに、なんでそんな意思強いんだよっ!! こうなったらもう連行するしかない!! 明日も2年の廊下に来られても困るわっ!!
「センパイ! もういいです! ともかく化学室へ……」
「嫌だっ!! 何する気よっ!!」
くそ、このままじゃ連行もできねぇ! どうすりゃいいんだ!
オレはスマホを取り出す。困ったときの正月だ。あいつだったら告白を断るのうまいし、しつこい相手でもどうにかできるはず! ……しかし出ない。そうか、部活か。だよな。オレなんかより部活、忙しいもんな。
早くこの面倒くさい事案をどうにかしないと、ありあを迎えにいけないし、青葉さんの料理も食べられない!
あんなオレを好きになる催眠なんてかけなきゃよかった。せめて解くことができれば……って、オレ術解けねぇし!! 解けるのはこの術を考えついた浄見さんだけだ。こうなったら最後の手段。
「センパイ、あの、よかったら……なんですけど、今日のことゆっくりお話ししたいんで……」
山吹センパイは黙ったままうなずく。マジかよ。まさかノってくるとは思わなかったが……言ってしまったんだからしょうがない。オレは覚悟を決めた。決めるしかなかった。
「あら、そんなことがあったの?」
今日は青葉さんの料理は食べられなかった。なんだかんだ言って、事務所に行くのが遅くなってしまってしまったのだ。ありあを引き取って家に帰ると、浄見さんが待っていた。
数か月一緒に住んでいるが、まだこの義理の母親のことはよくわかっていない。いつも笑顔で温厚な女性。オレに催眠術を教えてくれた人。でも、普通の人じゃない。
オレも面白半分に習うんじゃなかったのかもしれないなと、今更ながら反省する。習ったとしても、学校で使うものではない。
「浄見さん、聞いた? 自業自得だって叱ってやってよ」
オレとありあより遅く帰宅した正月が、シャツを脱ぎながら促す。それなのに浄見さん笑っている。
「ふふ、そうね、確かに自業自得。まだ『解き方』を教えてないのに、使うだなんて」
「マジ反省してるからっ! そのセンパイ、今からうちに来るから、浄見さん解いて!!」
「お前、そんな約束したの?」
正月が驚いた顔をする。確かに驚くよな。今日術をかけて、告白されて、の流れ。一日でオレは音をあげた。
「正月ってすごいのな……。女子をうまくフれるって」
「嫌な言いかたすんな。お前も同じ顔で、告白はされてるんだろ?」
「オレ? どうせお前にフラれたやつが来るだけだから」
「お前アホなの?」
「なんでお前にアホ呼ばわりされるんだよ。オレのほうが成績いいだろ」
「そういう意味じゃない……」
なぜか脱力する正月。そのときインターフォンが鳴った。彼女だ。
「今から術を解くんでしょう? 私は準備しているから、寿くん、連れてきてちょうだい」
「正月! 頼むっ!」
「自業自得だって言ってるだろ」
「ちっ」
舌打ちして、モニターを見る。山吹センパイは私服だった。しかもなんかちょっとお洒落してるっぽい。気のせいだといいんだけど、まさか変に期待させてる……とかないよな? ここで浄見さんが術を解いてくれなかったら、オレ、ヤバい先輩につきまとわれるっ! ……気を強く持たないと。
平静を装って、玄関を開ける。
「来てやったわよ」
「お、お待ちしてました。どうぞ」
センパイを家にあげると、彼女は丁寧にあいさつする。
「遅くにすみません、お邪魔します」
「こんばんは!」
元気よくあいさつを返すありあ。しなくていいんだ、お前は……と思いながらも彼女を浄見さんが待つダイニングへと案内する。正月のやつは部屋だ。逃げやがった、ちくしょう。
センパイはわざわざ手土産まで持ってきてくれた。彼女、竹刀を振り回しているヤバい人だが、関わってこじらせたのはオレだ。謝らないといけないのはオレなんだけど……。
ともかくこの術を解くのが先決。
「浄見さん、準備は?」
「ええ、できているわよ」
部屋の電気は消され、アロマキャンドルに火が灯されている。うちのカーテンは白と緑だが、もう一枚暗幕が用意されていて今はそれが窓を覆っている。
怪しい雰囲気に、アブない先輩も多少訝しんでいる。しかし、ここまで来てもらったんだから逃がさない。
イスに座らせると、さっそく浄見さんがセンパイに顔を寄せる。さすがにセンパイもこれには驚いたようだ。身体を反らせたが、オレがさっきしたように浄見さんに顔を押さえられた。
「そう、いい子ね……じっと私の目を見て。3、2、1」
パチンと音を立てると、再びセンパイは催眠状態になる。
それをソファから見ていたオレとありあだが、ありあも疲れていたのか眠ってしまったようだ。
浄見さんは催眠術を続ける。
「いい? 目を開けたら、あなたにかけられた催眠術が解ける。そして家へと帰るの。わかったかしら? 3、2、1……」
指を鳴らすと、パッと目を開くセンパイ。まだボーッとはしているが、大丈夫だろうか。
「……あれ? 私は……」
「ここは藤沢家です。うちの息子が迷惑をおかけしたみたいね。なんでも校則違反をしていて、風紀委員長である山吹さんにお説教されるなんて……私も母親失格だわ」
「え……? え、い、いえ……こちらこそお宅にお邪魔しちゃったみたいで……失礼しました」
どうやら術は無事に解けたようだ。オレはタクシーを呼ぶと、山吹センパイを玄関まで送る。
「ホント、さーせん!」
「藤沢寿。もう学校で商売なんてしないでちょうだいよ! ……まったく」
こうして台風のようなセンパイの件は、無事解決した。
解決したと思ったのだが、また新たな問題が発生していたことに、俺はまだ気づいていなかった……。
噂が広まるのは一瞬だ。3年の教室に向かうと、すでにオレは注目の的。衆人環視の元、渋々と山吹センパイを呼び出す。
しばらく待たされたあと、教室の奥からゆっくり出てくる。目は真っ赤だ。これはアウトすぎる。オレ、悪人じゃん!! 女子の先輩たちが、冷たい視線をぶっ刺してくる。痛い、痛いっ!!
「な、何よ……フッた相手を呼び出すなんて」
「いえ……その、オレの仕事……『嫌な思い出を忘れさせる』っていうものなんスけど」
「だから?」
「今日のこと……忘れたくないですか? オレ、その、先輩に嫌な思いをさせたから」
「……イヤ」
「え?」
「私はこんなことで折れたりしないっ! 明日からもあなたの監視に行きますからね!」
え……。えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 今日の記憶を消したいのに、なんでそんな意思強いんだよっ!! こうなったらもう連行するしかない!! 明日も2年の廊下に来られても困るわっ!!
「センパイ! もういいです! ともかく化学室へ……」
「嫌だっ!! 何する気よっ!!」
くそ、このままじゃ連行もできねぇ! どうすりゃいいんだ!
オレはスマホを取り出す。困ったときの正月だ。あいつだったら告白を断るのうまいし、しつこい相手でもどうにかできるはず! ……しかし出ない。そうか、部活か。だよな。オレなんかより部活、忙しいもんな。
早くこの面倒くさい事案をどうにかしないと、ありあを迎えにいけないし、青葉さんの料理も食べられない!
あんなオレを好きになる催眠なんてかけなきゃよかった。せめて解くことができれば……って、オレ術解けねぇし!! 解けるのはこの術を考えついた浄見さんだけだ。こうなったら最後の手段。
「センパイ、あの、よかったら……なんですけど、今日のことゆっくりお話ししたいんで……」
山吹センパイは黙ったままうなずく。マジかよ。まさかノってくるとは思わなかったが……言ってしまったんだからしょうがない。オレは覚悟を決めた。決めるしかなかった。
「あら、そんなことがあったの?」
今日は青葉さんの料理は食べられなかった。なんだかんだ言って、事務所に行くのが遅くなってしまってしまったのだ。ありあを引き取って家に帰ると、浄見さんが待っていた。
数か月一緒に住んでいるが、まだこの義理の母親のことはよくわかっていない。いつも笑顔で温厚な女性。オレに催眠術を教えてくれた人。でも、普通の人じゃない。
オレも面白半分に習うんじゃなかったのかもしれないなと、今更ながら反省する。習ったとしても、学校で使うものではない。
「浄見さん、聞いた? 自業自得だって叱ってやってよ」
オレとありあより遅く帰宅した正月が、シャツを脱ぎながら促す。それなのに浄見さん笑っている。
「ふふ、そうね、確かに自業自得。まだ『解き方』を教えてないのに、使うだなんて」
「マジ反省してるからっ! そのセンパイ、今からうちに来るから、浄見さん解いて!!」
「お前、そんな約束したの?」
正月が驚いた顔をする。確かに驚くよな。今日術をかけて、告白されて、の流れ。一日でオレは音をあげた。
「正月ってすごいのな……。女子をうまくフれるって」
「嫌な言いかたすんな。お前も同じ顔で、告白はされてるんだろ?」
「オレ? どうせお前にフラれたやつが来るだけだから」
「お前アホなの?」
「なんでお前にアホ呼ばわりされるんだよ。オレのほうが成績いいだろ」
「そういう意味じゃない……」
なぜか脱力する正月。そのときインターフォンが鳴った。彼女だ。
「今から術を解くんでしょう? 私は準備しているから、寿くん、連れてきてちょうだい」
「正月! 頼むっ!」
「自業自得だって言ってるだろ」
「ちっ」
舌打ちして、モニターを見る。山吹センパイは私服だった。しかもなんかちょっとお洒落してるっぽい。気のせいだといいんだけど、まさか変に期待させてる……とかないよな? ここで浄見さんが術を解いてくれなかったら、オレ、ヤバい先輩につきまとわれるっ! ……気を強く持たないと。
平静を装って、玄関を開ける。
「来てやったわよ」
「お、お待ちしてました。どうぞ」
センパイを家にあげると、彼女は丁寧にあいさつする。
「遅くにすみません、お邪魔します」
「こんばんは!」
元気よくあいさつを返すありあ。しなくていいんだ、お前は……と思いながらも彼女を浄見さんが待つダイニングへと案内する。正月のやつは部屋だ。逃げやがった、ちくしょう。
センパイはわざわざ手土産まで持ってきてくれた。彼女、竹刀を振り回しているヤバい人だが、関わってこじらせたのはオレだ。謝らないといけないのはオレなんだけど……。
ともかくこの術を解くのが先決。
「浄見さん、準備は?」
「ええ、できているわよ」
部屋の電気は消され、アロマキャンドルに火が灯されている。うちのカーテンは白と緑だが、もう一枚暗幕が用意されていて今はそれが窓を覆っている。
怪しい雰囲気に、アブない先輩も多少訝しんでいる。しかし、ここまで来てもらったんだから逃がさない。
イスに座らせると、さっそく浄見さんがセンパイに顔を寄せる。さすがにセンパイもこれには驚いたようだ。身体を反らせたが、オレがさっきしたように浄見さんに顔を押さえられた。
「そう、いい子ね……じっと私の目を見て。3、2、1」
パチンと音を立てると、再びセンパイは催眠状態になる。
それをソファから見ていたオレとありあだが、ありあも疲れていたのか眠ってしまったようだ。
浄見さんは催眠術を続ける。
「いい? 目を開けたら、あなたにかけられた催眠術が解ける。そして家へと帰るの。わかったかしら? 3、2、1……」
指を鳴らすと、パッと目を開くセンパイ。まだボーッとはしているが、大丈夫だろうか。
「……あれ? 私は……」
「ここは藤沢家です。うちの息子が迷惑をおかけしたみたいね。なんでも校則違反をしていて、風紀委員長である山吹さんにお説教されるなんて……私も母親失格だわ」
「え……? え、い、いえ……こちらこそお宅にお邪魔しちゃったみたいで……失礼しました」
どうやら術は無事に解けたようだ。オレはタクシーを呼ぶと、山吹センパイを玄関まで送る。
「ホント、さーせん!」
「藤沢寿。もう学校で商売なんてしないでちょうだいよ! ……まったく」
こうして台風のようなセンパイの件は、無事解決した。
解決したと思ったのだが、また新たな問題が発生していたことに、俺はまだ気づいていなかった……。