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文字数 2,314文字
またチャットが切れた。雫は死んだ魚のような目をして蓮史郎くんの死体からようやく離れると、壁に背をつける。
今度は何が起きるの? それに特別企画って……。
どこからともなく足音が聞こえてくる。ステージの奥。ファルカタやみんなの死体が片付けられたところの向こう側。私たちはそこまで見回っていなかったけど、きっと裏口があったんだ。もしかしたらそこから出られたのかもと今更思うが、後の祭り。
ふたつの足音はどんどん近づいてくる。ひとつはカツカツという、ハイヒールのような音。もうひとつは普通の足音だ。
「あ~っ、もう! 片付けがいい加減なんだから! ホント、今のバイトのキャストは使えないなぁ!」
「それを全部雇ったのはあなたよ?」
奥から出てきたのは、金髪で私たちより若い、黒いスーツを着た外国人の女の子と、メガネの無表情な女性だった。
「えっと、松山ミフユと箭内雫ね。ふふん、アンタたちが残ったのは計算通りってとこだわ」
「キャット、余計なことは言わないで。会長に指示されたことだけを伝え、実行させなさい」
「瑞希サン、きっつ~い……」
「借金はまだ7900億残っているのよ? さっさとなさい」
「わかってるって」
キャットと呼ばれた金髪の少女は、こほんと咳払いをすると説明モードなのか真剣な表情に変わった。
「ワタシ……いや、ボクが『Ms.EPIC』ことキャットだよ。EPIC社のアルバイトを統括している一番偉い人だ」
「……EPIC社への賠償金が払えなくなった人間の末路。一生タダ働きになった奴隷少女の間違いでしょう?」
瑞希と呼ばれた女性は、きつくキャットに当たる。賠償金が払えないってことは、彼女、EPIC社に何かしたってこと?
私たちより若いのに、もう一生こんな血なまぐさいところで生きて行かなきゃいけないの? EPIC社の暗部を再認識する。彼女はまだ救われたほうなのかもしれない。だって、面接に来ただけのみんなはたったそれだけで死んでしまったのだから。
キャットはポケットから棒つきキャンディを取り出すと、それを口に入れた。そして私をじろりと見つめる。
「あっれぇ~? 松山ミフユ、アンタまだ気づいてないフリしてるの? このバイトの研修は、表の採用に落ちた人間に来るオファーだってことは頭に入ってるよね」
こくこくうなずくと、キャットはにこっと笑った。普通にしていたら美少女なんだろうけど、いる場所がおかしい。ここは殺人ショーのステージ。雑誌の中ではない。
雫はじっと瞬きもせずに私たちの話を聞いている。どうしちゃったんだろう。蓮史郎くんを殺してからずっと、何か違和感がある。
ううん、本当はずっと感じていたのかもしれない。なのに、私は気づかないフリをしていた? 今キャットに言われとおり……。頭にもやがかかったような状態だ。
「……アンダーベースのショーは、毎回人がひとり殺されるだけ。それは生でもネットでも見ることができる。それがウリだったんだけど、さすがにマンネリ化しちゃってね。だからいっそのこと、『殺し合いにしてしまいましょー!』ってことになったわけ。でも、動機がない人間を殺し合わせるなんて、なかなか難しいしストーリー性がない。そこで! 今回不採用にしたアンタたちをリサイクルすることにしたの」
リサイクル? 何言ってるの? ……動機がない人間を殺し合わせるって、私達だって……いや、違う。さっき考え通りだ。
私たちは蓮史郎くん以外、ペアだった。私と雫は友人同士。あかりさんと郁乃さんも同じダンススクール。お互いに気づいてはいなかったけど、駆さん……村田とシュウヘイさんは幼なじみで人身売買の仲介と刑事という対比的な関係。
郁乃さんはあかりさんを殺そうとバイトに誘った。村田は自らだけど、組織に言われてきた可能性が強い。シュウヘイさんは村田をあおるために入れたカンフル剤。
そして、保険として、勝手に殺しを始めてくれそうだったアンダーベースの会員・蓮史郎くんを投入。ひとつ殺人が起きれば、ドミノ倒しと同じ原理で殺し合う。そういう仕組みだったのか。
だとしたら、ひとつだけEPIC社は失敗を犯した。私と雫を入れたことだ。私たちは小さい頃からずっと仲のよい親友だ。ケンカすることはあっても、いつもきちんと仲直りしていたし、今も……このバイトの研修が終わっても友人である。
「私たちは平気だよね? 雫」
「……気づいてないんだ、ミフユ。本当に鈍感であったまくるわ」
雫は深く息を吐くと、私をにらんだ。
「何が平気よ。あたしはもうあんたに振り回されるの、散々なのよ! いい加減にしてっ!」
「しず……く?」
「あたし、神隠しの噂を知ってたって言ったの、忘れたの? 履歴書を最初に持って行ったとき、書き換えたのよ。『アクター希望』って。そしたら運よくこのデスゲームに巻き込まれた。あんたを殺すチャンスを得たって、ずっと笑いたくてしょうがなかったんだから!」
私を殺す? ……私、自分でも気づかないうちに雫のことを傷つけてたの? 何が原因?
私は雫に何かした覚えは……。
「その困った顔、何度見たことか。そうすれば助けてくれると思ってるんでしょ? あたしが小さい頃からあんたの近くにいたのはね、ヒロアキお兄ちゃんがいたからよ!」
雫の瞳から涙こぼれ落ちる。もしかして雫、お兄ちゃんのこと……。
「はーい、そこまで! 箭内雫! アンタには大チャンス。松山ミフユは大ピンチってとこね。ここにふたつ箱がある。武器が入ってるんだ。これがラストバトル。お互いどっちを選んでもいいよ」
目の前にいた私に箱を持った両手を差し出すキャット。私は左の箱を取る。中身は……。
今度は何が起きるの? それに特別企画って……。
どこからともなく足音が聞こえてくる。ステージの奥。ファルカタやみんなの死体が片付けられたところの向こう側。私たちはそこまで見回っていなかったけど、きっと裏口があったんだ。もしかしたらそこから出られたのかもと今更思うが、後の祭り。
ふたつの足音はどんどん近づいてくる。ひとつはカツカツという、ハイヒールのような音。もうひとつは普通の足音だ。
「あ~っ、もう! 片付けがいい加減なんだから! ホント、今のバイトのキャストは使えないなぁ!」
「それを全部雇ったのはあなたよ?」
奥から出てきたのは、金髪で私たちより若い、黒いスーツを着た外国人の女の子と、メガネの無表情な女性だった。
「えっと、松山ミフユと箭内雫ね。ふふん、アンタたちが残ったのは計算通りってとこだわ」
「キャット、余計なことは言わないで。会長に指示されたことだけを伝え、実行させなさい」
「瑞希サン、きっつ~い……」
「借金はまだ7900億残っているのよ? さっさとなさい」
「わかってるって」
キャットと呼ばれた金髪の少女は、こほんと咳払いをすると説明モードなのか真剣な表情に変わった。
「ワタシ……いや、ボクが『Ms.EPIC』ことキャットだよ。EPIC社のアルバイトを統括している一番偉い人だ」
「……EPIC社への賠償金が払えなくなった人間の末路。一生タダ働きになった奴隷少女の間違いでしょう?」
瑞希と呼ばれた女性は、きつくキャットに当たる。賠償金が払えないってことは、彼女、EPIC社に何かしたってこと?
私たちより若いのに、もう一生こんな血なまぐさいところで生きて行かなきゃいけないの? EPIC社の暗部を再認識する。彼女はまだ救われたほうなのかもしれない。だって、面接に来ただけのみんなはたったそれだけで死んでしまったのだから。
キャットはポケットから棒つきキャンディを取り出すと、それを口に入れた。そして私をじろりと見つめる。
「あっれぇ~? 松山ミフユ、アンタまだ気づいてないフリしてるの? このバイトの研修は、表の採用に落ちた人間に来るオファーだってことは頭に入ってるよね」
こくこくうなずくと、キャットはにこっと笑った。普通にしていたら美少女なんだろうけど、いる場所がおかしい。ここは殺人ショーのステージ。雑誌の中ではない。
雫はじっと瞬きもせずに私たちの話を聞いている。どうしちゃったんだろう。蓮史郎くんを殺してからずっと、何か違和感がある。
ううん、本当はずっと感じていたのかもしれない。なのに、私は気づかないフリをしていた? 今キャットに言われとおり……。頭にもやがかかったような状態だ。
「……アンダーベースのショーは、毎回人がひとり殺されるだけ。それは生でもネットでも見ることができる。それがウリだったんだけど、さすがにマンネリ化しちゃってね。だからいっそのこと、『殺し合いにしてしまいましょー!』ってことになったわけ。でも、動機がない人間を殺し合わせるなんて、なかなか難しいしストーリー性がない。そこで! 今回不採用にしたアンタたちをリサイクルすることにしたの」
リサイクル? 何言ってるの? ……動機がない人間を殺し合わせるって、私達だって……いや、違う。さっき考え通りだ。
私たちは蓮史郎くん以外、ペアだった。私と雫は友人同士。あかりさんと郁乃さんも同じダンススクール。お互いに気づいてはいなかったけど、駆さん……村田とシュウヘイさんは幼なじみで人身売買の仲介と刑事という対比的な関係。
郁乃さんはあかりさんを殺そうとバイトに誘った。村田は自らだけど、組織に言われてきた可能性が強い。シュウヘイさんは村田をあおるために入れたカンフル剤。
そして、保険として、勝手に殺しを始めてくれそうだったアンダーベースの会員・蓮史郎くんを投入。ひとつ殺人が起きれば、ドミノ倒しと同じ原理で殺し合う。そういう仕組みだったのか。
だとしたら、ひとつだけEPIC社は失敗を犯した。私と雫を入れたことだ。私たちは小さい頃からずっと仲のよい親友だ。ケンカすることはあっても、いつもきちんと仲直りしていたし、今も……このバイトの研修が終わっても友人である。
「私たちは平気だよね? 雫」
「……気づいてないんだ、ミフユ。本当に鈍感であったまくるわ」
雫は深く息を吐くと、私をにらんだ。
「何が平気よ。あたしはもうあんたに振り回されるの、散々なのよ! いい加減にしてっ!」
「しず……く?」
「あたし、神隠しの噂を知ってたって言ったの、忘れたの? 履歴書を最初に持って行ったとき、書き換えたのよ。『アクター希望』って。そしたら運よくこのデスゲームに巻き込まれた。あんたを殺すチャンスを得たって、ずっと笑いたくてしょうがなかったんだから!」
私を殺す? ……私、自分でも気づかないうちに雫のことを傷つけてたの? 何が原因?
私は雫に何かした覚えは……。
「その困った顔、何度見たことか。そうすれば助けてくれると思ってるんでしょ? あたしが小さい頃からあんたの近くにいたのはね、ヒロアキお兄ちゃんがいたからよ!」
雫の瞳から涙こぼれ落ちる。もしかして雫、お兄ちゃんのこと……。
「はーい、そこまで! 箭内雫! アンタには大チャンス。松山ミフユは大ピンチってとこね。ここにふたつ箱がある。武器が入ってるんだ。これがラストバトル。お互いどっちを選んでもいいよ」
目の前にいた私に箱を持った両手を差し出すキャット。私は左の箱を取る。中身は……。