4-5
文字数 3,114文字
『レフ』。これが多分本名。ネトゲ仲間だったボクにこっそり教えてくれた名前。でも、年齢も名前も性別もわからない。わかっているのはロシア人ってことだけ。
レフと出会ったのはボクが13歳の頃。EPIC社に入社する前。ボクはネットのチェスゲームでたまに遊んでいた。チェスは得意だから、チート技なんて使わなくても手軽に遊べた。遊べたんだけど……チートしてるやつがいた。それがレフだ。敵なしだったボクの前に現れた強敵。どうしても勝てない。そう思ってたんだけど、レフはなんとボクの手を何手も先を読むAIをわざわざ開発して戦いを挑んできていたんだ。おかしいと思ったのは、『これは少し考えるでしょ!』っていう手を出したときも余裕でチャットしていたから。っていうか、即駒を置いて、ほぼボクを煽るチャットメイン。さすがにお手上げで、素直にレフに聞いたんだ。どうしてボクに勝てるのかって。
もちろん最初はボクが弱い、まだまだなのかと思っていたけども、どうも相手が余裕すぎたし、次の一手が速攻すぎる。おかしい。
そしたら。
「おねーちゃんのゲームデータをいくつかハッキングして、AIを作った」っていうから驚いたよね。
認めたくはないけど、レフはボクより年下で、しかも天才なんだ。もちろんボクの顔も、PCのカメラや他のガジェットをハッキングしてよぉーく観察していたし、大学の授業も何を受けているのかまで知っていた。
もちろん最初は怒ったよ。なんでそんなのことするのかって。でも、気づいたんだ。レフはギフテッド教育をひとりで受けている人間だったんだって。
ひとりだから、寂しい。それはボクも一緒だった。大学では友達なんかいなかったから――。ボクらはネット上で様々なゲームをしたり、あるときはシステムハッキングの時間を競ったりしていた。
EPIC社のシステムをハッキングしたのも、タイムアタックのお題だったんだ。レフはロシアの軍事技術をハッキングするって、ボクより難易度の高いところにチャレンジして。
それを思い出したのは先日。ユウキサンが、ツクモの存在を知ってからだ。ツクモは超能力者だから、対超能力システムが必要。超能力について研究が進んでいるのはロシア。だからボクは――。
「あぁぁぁっ!! だからレフのやつ、ボクに意趣返ししたってことかぁぁぁ!!」
「レフ……?」
「レフって誰? Luvじゃないの?」
ツクモとカナメに聞かれるが、このことを説明すると当然だけど正論かざされた上に怒られそうだ。それに、EPIC社の先輩としての地位もまずくなる。ブロッキングシステムでドヤ顔したのに、それがまさか他人のデータをパクって構築したものだってバレたら、普通に呆れられるだろうし、そもそもユウキサンにもバカにされそう……。「キャット、オレ以外にも勝てないやついるんだー?」みたいに。
「レフは古い友達っていうか。ネットのなんだけど。多分Luvの正体はレフだと思う。ボクと遊ぶのが好きだったから。遊ぶっていうか、からかうのが、だけど」
「ともかく、キャットさんの自業自得ってことでいいですか? 多分そんな感じでしょ?」
「うっ……」
ボクの心は読めないはずなのに、あながち間違いじゃないからツクモのやつ腹が立つ。
「でも、正体がわかってもこのGWL内にいるのを見つけないといけないんだろ? それにゲストへの洗脳が解けないと……」
「その、洗脳音波なら解除できるかも」
「え?」
口を出してきたのがリズだったから、驚いた。リズは洗脳音波にも気づいた。ただ、未来予知ができるだけじゃない?
「リズ、アンタ何者なの?」
「私はただ、DTMが趣味でやってただけだよ。それで、色々ネットで調べていたら洗脳音波とか色々知ったの。あと、耳が少しいい……ってだけ。多分、音楽を聴きまくっていたからだと思う」
「音楽を聴きまくるだけで、わかるもんなの?」
「うん、テンション上がる曲とかあるでしょ? 『なんで上がるんだろう?』って調べたら、BPMとかが関係してるってわかって。それで……曲作りの参考にしていたっていうか」
「曲作り?」
「一応ZeeP(ズィーピー)って名前で曲を作って動画サイトにあげてて……」
「ZeeP? 確か、動画ランキングに名前が載ってたような」
「有名なの? シロ」
「僕も詳しくは知らないけど、テコテコ動画の人気ランキング上位にいたと思ったよ」
「こんな未来予知できる私には仲間なんてできないし、音楽じゃ食っていけないから趣味でやってたの……」
ZeePね。最近仕事周り以外のネット情報には疎かったけど、こんな人材がいたとはね。しかも自殺しようとしていたところを拾うなんて、今日はなんて日なんだろう。いい人材を拾ったと同時に、レフの陰謀に巻き込まれるなんて。
「で? リズ。音波洗脳をどう解除するっての?」
「PCとソフトがあれば、普段のGWLと同じ音波の曲が作れるから、それを放送で流せば……」
「そっか。音波には音波ってことだね」
そうと決まればPCはあるし、ソフトもすぐ落とせばできるはず。
「リズ! アンタに曲作りを任せる! PCはこれを使って」
「え……?」
「いいからやるっ!」
「う、うん……わかった」
リズはボクからノートPCを受け取ると、さっそくソフトをDLして曲作りを始めた。
「音波洗脳の件はリズさんの力でなんとかなるかもしれないけど、その肝心のレフってやつはどうやって見つけるんだ?」
「それなんだよなぁ……ツクモの力は使えないし」
「すみませんね。でも一番の原因はキャットさんでしょ」
「うっ、それはそうだけど」
「だったらキャットさんが何とかするのが筋じゃないですか?」
ツクモはふんっ、と呆れたように言う。そうなんだよなぁ……レフの件は、まったくもってボクの責任なんだよなぁ。ゲストに死者も出しちゃったし、これは始末書間違いなし。運が悪ければボクがアンダーベース行き……。でも、さすがに人手不足だから、それはギリ免れるかな。それに、このままで行けば、リズの言う通り1か月後には過労死なんだし。
「でもさ、レフってやつは鬼ごっこがしたいんだろ? だったら何かしらヒントを残してると思わない?」
「……僕はレフを知らないから、何とも」
「…………」
カナメの言う通りだ。レフはボクをからかうのが好き。昔っからそうだった。だったら何かヒントをわざと残していると思う。
「それにレフはわざわざGWLに来てるんだろ? キャットが見つけなかったらわざわざ来た意味ないと思うんだけど……」
何かしらヒントがあるってことか。せめてレフの痕跡が残っていれば……あっ。
ボクは急いで専用のスマホをPC接続から外すと、コードを打ち始めた。さっきのLuvのデータ。当然どこか経由してボクのスマホに送られてきたとは思うけど……国内発信だったら追跡できないことはないかもしれない。リアルタイムで会話してたし、何かヒントがあるかも!
ボクは急いでコードを打ち始める。Luvの接続先は――GWLか。そりゃそうだ。GWL内から送信してるんだろうし。ってことは、スマホのGPSの位置情報を割り出せば……!!
「…………」
ボクは無言でスマホと向き合う。
ツクモとカナメは作業に追われる女子ふたりを、暇そうに眺めている。
「僕たち、今日なんで呼び出されたんだっけ?」
「EPIC社の事業の説明って。アンダーベースでの殺戮ショーについてとか」
「……その生贄になるはずだったリズさんは曲を作ってるし。そもそも案内役のはずだったキャットさんのいざこざに巻き込まれるなんて、なんて日だよ」
ツクモのぼやきが聞こえる中、ボクらは作業に没頭していた。
レフと出会ったのはボクが13歳の頃。EPIC社に入社する前。ボクはネットのチェスゲームでたまに遊んでいた。チェスは得意だから、チート技なんて使わなくても手軽に遊べた。遊べたんだけど……チートしてるやつがいた。それがレフだ。敵なしだったボクの前に現れた強敵。どうしても勝てない。そう思ってたんだけど、レフはなんとボクの手を何手も先を読むAIをわざわざ開発して戦いを挑んできていたんだ。おかしいと思ったのは、『これは少し考えるでしょ!』っていう手を出したときも余裕でチャットしていたから。っていうか、即駒を置いて、ほぼボクを煽るチャットメイン。さすがにお手上げで、素直にレフに聞いたんだ。どうしてボクに勝てるのかって。
もちろん最初はボクが弱い、まだまだなのかと思っていたけども、どうも相手が余裕すぎたし、次の一手が速攻すぎる。おかしい。
そしたら。
「おねーちゃんのゲームデータをいくつかハッキングして、AIを作った」っていうから驚いたよね。
認めたくはないけど、レフはボクより年下で、しかも天才なんだ。もちろんボクの顔も、PCのカメラや他のガジェットをハッキングしてよぉーく観察していたし、大学の授業も何を受けているのかまで知っていた。
もちろん最初は怒ったよ。なんでそんなのことするのかって。でも、気づいたんだ。レフはギフテッド教育をひとりで受けている人間だったんだって。
ひとりだから、寂しい。それはボクも一緒だった。大学では友達なんかいなかったから――。ボクらはネット上で様々なゲームをしたり、あるときはシステムハッキングの時間を競ったりしていた。
EPIC社のシステムをハッキングしたのも、タイムアタックのお題だったんだ。レフはロシアの軍事技術をハッキングするって、ボクより難易度の高いところにチャレンジして。
それを思い出したのは先日。ユウキサンが、ツクモの存在を知ってからだ。ツクモは超能力者だから、対超能力システムが必要。超能力について研究が進んでいるのはロシア。だからボクは――。
「あぁぁぁっ!! だからレフのやつ、ボクに意趣返ししたってことかぁぁぁ!!」
「レフ……?」
「レフって誰? Luvじゃないの?」
ツクモとカナメに聞かれるが、このことを説明すると当然だけど正論かざされた上に怒られそうだ。それに、EPIC社の先輩としての地位もまずくなる。ブロッキングシステムでドヤ顔したのに、それがまさか他人のデータをパクって構築したものだってバレたら、普通に呆れられるだろうし、そもそもユウキサンにもバカにされそう……。「キャット、オレ以外にも勝てないやついるんだー?」みたいに。
「レフは古い友達っていうか。ネットのなんだけど。多分Luvの正体はレフだと思う。ボクと遊ぶのが好きだったから。遊ぶっていうか、からかうのが、だけど」
「ともかく、キャットさんの自業自得ってことでいいですか? 多分そんな感じでしょ?」
「うっ……」
ボクの心は読めないはずなのに、あながち間違いじゃないからツクモのやつ腹が立つ。
「でも、正体がわかってもこのGWL内にいるのを見つけないといけないんだろ? それにゲストへの洗脳が解けないと……」
「その、洗脳音波なら解除できるかも」
「え?」
口を出してきたのがリズだったから、驚いた。リズは洗脳音波にも気づいた。ただ、未来予知ができるだけじゃない?
「リズ、アンタ何者なの?」
「私はただ、DTMが趣味でやってただけだよ。それで、色々ネットで調べていたら洗脳音波とか色々知ったの。あと、耳が少しいい……ってだけ。多分、音楽を聴きまくっていたからだと思う」
「音楽を聴きまくるだけで、わかるもんなの?」
「うん、テンション上がる曲とかあるでしょ? 『なんで上がるんだろう?』って調べたら、BPMとかが関係してるってわかって。それで……曲作りの参考にしていたっていうか」
「曲作り?」
「一応ZeeP(ズィーピー)って名前で曲を作って動画サイトにあげてて……」
「ZeeP? 確か、動画ランキングに名前が載ってたような」
「有名なの? シロ」
「僕も詳しくは知らないけど、テコテコ動画の人気ランキング上位にいたと思ったよ」
「こんな未来予知できる私には仲間なんてできないし、音楽じゃ食っていけないから趣味でやってたの……」
ZeePね。最近仕事周り以外のネット情報には疎かったけど、こんな人材がいたとはね。しかも自殺しようとしていたところを拾うなんて、今日はなんて日なんだろう。いい人材を拾ったと同時に、レフの陰謀に巻き込まれるなんて。
「で? リズ。音波洗脳をどう解除するっての?」
「PCとソフトがあれば、普段のGWLと同じ音波の曲が作れるから、それを放送で流せば……」
「そっか。音波には音波ってことだね」
そうと決まればPCはあるし、ソフトもすぐ落とせばできるはず。
「リズ! アンタに曲作りを任せる! PCはこれを使って」
「え……?」
「いいからやるっ!」
「う、うん……わかった」
リズはボクからノートPCを受け取ると、さっそくソフトをDLして曲作りを始めた。
「音波洗脳の件はリズさんの力でなんとかなるかもしれないけど、その肝心のレフってやつはどうやって見つけるんだ?」
「それなんだよなぁ……ツクモの力は使えないし」
「すみませんね。でも一番の原因はキャットさんでしょ」
「うっ、それはそうだけど」
「だったらキャットさんが何とかするのが筋じゃないですか?」
ツクモはふんっ、と呆れたように言う。そうなんだよなぁ……レフの件は、まったくもってボクの責任なんだよなぁ。ゲストに死者も出しちゃったし、これは始末書間違いなし。運が悪ければボクがアンダーベース行き……。でも、さすがに人手不足だから、それはギリ免れるかな。それに、このままで行けば、リズの言う通り1か月後には過労死なんだし。
「でもさ、レフってやつは鬼ごっこがしたいんだろ? だったら何かしらヒントを残してると思わない?」
「……僕はレフを知らないから、何とも」
「…………」
カナメの言う通りだ。レフはボクをからかうのが好き。昔っからそうだった。だったら何かヒントをわざと残していると思う。
「それにレフはわざわざGWLに来てるんだろ? キャットが見つけなかったらわざわざ来た意味ないと思うんだけど……」
何かしらヒントがあるってことか。せめてレフの痕跡が残っていれば……あっ。
ボクは急いで専用のスマホをPC接続から外すと、コードを打ち始めた。さっきのLuvのデータ。当然どこか経由してボクのスマホに送られてきたとは思うけど……国内発信だったら追跡できないことはないかもしれない。リアルタイムで会話してたし、何かヒントがあるかも!
ボクは急いでコードを打ち始める。Luvの接続先は――GWLか。そりゃそうだ。GWL内から送信してるんだろうし。ってことは、スマホのGPSの位置情報を割り出せば……!!
「…………」
ボクは無言でスマホと向き合う。
ツクモとカナメは作業に追われる女子ふたりを、暇そうに眺めている。
「僕たち、今日なんで呼び出されたんだっけ?」
「EPIC社の事業の説明って。アンダーベースでの殺戮ショーについてとか」
「……その生贄になるはずだったリズさんは曲を作ってるし。そもそも案内役のはずだったキャットさんのいざこざに巻き込まれるなんて、なんて日だよ」
ツクモのぼやきが聞こえる中、ボクらは作業に没頭していた。