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文字数 1,428文字

 ――時間だ。僕は昼と変わらず、普通のシャツにジーパン。この高級レストランにはラフすぎるかもしれないが、関係ない。身なりなんてどうでもいい。重要なのは中身。四菱商事会長ということ。銀二にもえりつきのシャツを着せた。彼は僕の後ろに立っている。交渉するのは彼じゃない。この僕だから。

「お待たせ~! えっと、岩崎ナルミチ会長だよね。オレは~……」
「神谷ユウキ。そして俺は松山ヒロアキ。EPIC社の現会長だ」
「ちょっと、ヒロアキ! オレになんで話させないの」
「お前が話すと締まりがなくなるからだ」

 ずいぶん両極端な会長たちだな。だが、そんなふたりでも立派なEPIC社の会長。つまり、裏の社会にも精通した人物ということだ。僕はまだ裏の世界なんてほとんど知らない。
でも、これからは……。

「どうも、この度はわが社の自浄のためにお手をわずらわせてしまい、すみませんでした」
「いえ、こちらも新しいアトラクションの点検を手伝っていただき、感謝しています」

 僕もだが、松山さんは手の内を見せないようだな。まあいい。僕はしょせん、自分の縄張りに入ってきたネズミなんだ。彼らのひとことで、生死が簡単に決まる。いくら銀二がいても、それは変わらない。

 僕が話したいことはたったひとつ。麻薬の取引についてだ。そのことはふたりもよくわかっているみたいで、すぐに交渉に入る。

「もう、うちの敷地は使わない……ということですか?」
「ええ。そのかわり、今までの使用料と損害額はきっちり払わせていただきます。『何をしても』ね」

 地獄のかまは開けられたんだ。もう僕は何も知らない無垢なガキじゃいられない。麻薬売買で損害が出たというのなら、他の方法で返すしかない。ありがたいことに、うちの会社にはクビにすべき人間が多数いる。使えないで文句ばかり言い、悪口ばかりの事務。営業成績の上がらないのに、努力を怠る営業。今回みたいに反社会的なことに手を出した人間でもいい。商社だけに人材は豊富だ。必要ならばいくらでも用意しよう。社員の命を。

「いっが~い! ナルミチさんって、結構シビアっていうか、バッサリいっちゃうタイプだったんだね」
「俺も正直驚いた。先ほどアトラクション内を見ていたけど……そんなキャラでしたっけ?」

 神谷さんも松山さんも意外そうに僕を見る。だって、あれだけまざまざと人の争いを見せつけられたんだ。意地でも強くならなくちゃって思うでしょ? それに、僕には銀二がいる。

 彼は密売の元締めである『遠山組』の組員。今後、麻薬の売買がなくなれば、遠山組とのコネクションはなくなる。それどころか落とし前をつけさせられるかもしれない。だったら利用しない手はない。

 僕と銀二は表と裏だ。『表』の四菱商事は、今後も発展を続ける。その『裏』の汚い仕事を、遠山組には引き受けてもらいたい。銀二を僕のそばに置くのは、自分のボディガードというのもあるが、信頼の証だ。僕が裏切ったら、いつでも銀二に殺されてもいい。

「……一度地獄に落ちて、平然と地上に戻ることなんてできません。僕は覚悟しただけです。先代の家業を、僕、岩崎成道が清算すると」

「期待しちゃうよ~!? ナルちゃん!」
「おい、ユウキ。『ナルちゃん』はないだろ。俺らより年上!」
「いえ、問題ありませんよ」

 ワインを3人で1本空けると、僕は銀二とともに、グローバルワンダーランドをあとにする。いち凡人、平のボンクラ新入社員が最後にしないといけないことが待っているから。
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