文字数 2,093文字

 翌日――。
 登校すると、クラスで暗い顔をしているやつを探す。正月にフラれた金づるちゃんは、毎日いるわけじゃない。だからこうやって客を探すのも仕事だ。
 お、いたいた。今日のターゲットは伴田(ともだ)か。伴田はオレの上客。こいつ、頻繁に悩んでるからな。

「よ、伴田。今日はどーしたよ?」
「……藤沢~……兄ちゃんに彼女とられた~……」

 伴田は女運が悪い、というのもあるんだけど、心が弱い。心が弱い人間は、嫌なことがあったらすぐ切り替えられない。だからオレみたいなやつに目をつけられるんだ。何回も仕事の依頼をされるから。その上、術にかかりやすいときた。最高の客だ。

「じゃ、化学室行くか!」

 伴田を連れて教室を出たところ、ビシッ! と大きな音が響く。
 びくりとして、オレと伴田が振り向くと、そこには竹刀を持った女子生徒がいた。セーラー服のリボンは緑。これは……3年の先輩?

「あなたが2年の藤沢寿ね!」
「え、えっと……なんスか? オレ、ちょい友達と用事が……」
「あら、あなたは友達からお金を搾取するのが趣味なのね?」

 げ、なんとなく嫌な予感。もしかして、オレ、今かる~くピンチ? 先輩は竹刀をオレに向けると、眉間にしわを寄せて言い放った。

「私は山吹苑。風紀委員長です。生徒数人から、校内で商売をしている生徒がいると聞きました。……あなたね?」

 伴田はオレから離れて、さっさと教室に戻ってしまった。まぁそうだよなぁ。逃げるよな。オレは念のため生徒手帳を取り出すと、校則を確認する。……うん、OK。書いてない。

「山吹センパ~イ。校則には『校内で商売したらNG』なんて、書かれてませんよ~? それにバイトだって禁止じゃないでしょ?」

「市立海浜公園高校校則12条。『校内の風紀を著しく乱してはならない』に該当します」

「いやいや、それはこじつけっしょ~。オレがやってることはむしろいいことですよ? みんなの『嫌な思い出を忘れさせる』っていう仕事なんですから」

「……あなた、一体何をやってるの?」

 ……説明してもわかんないよなぁ。こーいう堅物っぽい人は。だったら実践してあげるしかない。ついでに籠絡して、この仕事の重要性をわかってもらおう。

「センパイ、オレと一緒に来てくれませんか?」
「え!?」

 一歩ずいっと彼女に近寄る。懐に入ってしまえば竹刀もふるえないし、異性に免疫なさそうだから、こうやって顔を近づけたらドキッとするんじゃないか? そしたらこっちのもんだ。

「ちょ、ちょっと藤沢寿!」
「嫌でもついてきてもらいますからね~♪」

 センパイの腕を取ると、オレは化学室へと向かった。

 暗幕よし、アルコールランプよし。センパイは怪訝な顔でじっとオレをにらんでるけど気にするもんか。

「さ、どーぞ! 座って、座って」
「………」

 山吹センパイは竹刀を手にしたままイスへ座る。……さぁ、始めよう。

「セ~ンパイ。いいですか? オレの目、じっと見つめてください」
「は? 何をいきなり……」
「いいから!」

 ぐいっとセンパイの頭を押さえて、強制的に目を見つめさせる。少々強引だがこの際仕方ない。ゆっくり手を離し、指を鳴らすと、センパイは竹刀を落とした。彼女もかかりやすい体質か。こりゃあ上客になりそうな予感だ。風紀委員長だったら精神的にも大変そうだし、彼女は3年。受験生だ。模試の結果がよくないだとか、推薦に落ちるとか……色々心が折れる時期。

 風紀委員長なんて言っても、どうせ来月の7月で引退だ。だけど一度オレに噛みついたんだ。慰謝料、少しはもらわないとね。

 オレは生徒手帳に入れておいた正月の写真を用意する。何かあったときのために、いつも持ち歩いているんだ。その『何か』っていうのは、主に催眠をかけるときだったりするけど、今回もそう。

「いいですか? センパイは目が覚めたら、目の前の男のことが大好きになります。相手は年下。しかもモテると来た。でも、あなたの想いは止まりません。いいですね? 3、2、1!」

 タイミングは完璧だった。軽く指を鳴らす。が、うっかりして、手にしていた写真をひらりと落としてしまった。やべ、さっさと拾わないと、センパイが目を覚ましてしまう。
 
「くそ、イスの下かよ。取りづらい……」
「………ん」

 センパイのまぶたがゆっくりとあがる。黒い瞳に自分の顔が映し出される。……マジで!? これはアウトだろ。

「藤沢寿っ!!」
「わっ!?」

 センパイは竹刀を拾うと素早くオレの頭にそれを振り下ろそうとする。なんとか手で押さえたが、それでも力を緩めずぐぐっと近づける。……もしかして、催眠にかからなかったとか? それでキレた……。いや、それはない。今までになかったことだ。と、いうことは……。彼女、何がしたいんだ!?

 竹刀を一度引くと、山吹センパイはオレに向かって怒鳴った。

「いいですか! あなたは素行がよくない! これから毎時間ごと、2年の教室に様子をうかがいに行きます! これも風紀のためよ!」

「……は!?」
「わかったわねっ!!」

 山吹センパイはオレをにらみつけると、そのまま立ち去ってしまった。

「え、これってどーいうこと……?」
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