文字数 2,074文字

 ――深夜2:00。
 明日も学校はあるが、そんなことを言っている場合じゃない。浄見さんが部屋へ入ったのを確認したオレたちは、家を出た。向かう場所はただひとつ。『青葉探偵事務所』だ。

「おーい! 開けてよ!! 青葉さんっ!!」
「臣ちゃん、助けてっ!!」

 正月とありあが何度扉を叩いても出て来やしない。仕方なくドアを思い切り蹴ると、怒声を上げた。

「青葉、この野郎!! 開けろバカ!!」
「うるせぇっ!! ガキどもがこんな時間に何の用だ!! さっさと帰って寝ろ!」

 一瞬開いた扉が締められようとしたところで、正月が足を挟む。

「それがわけわからないんですよ! 俺たち、変なことに巻き込まれてるみたいで……」
「……変なこと? はぁ、あの女……また戻ったのか」
「え?」
「しゃーねぇ。とりあえず入れ。お前たちに話すときが来たみたいだからな」

 ……青葉さんも何か知っているのか? なんでオレや正月は蚊帳の外なんだろう。自分たちの身に起こっていることを何ひとつ知らない。それが――怖い。

事務所に入ると、長いソファに正月、ありあ、俺の順で座る。青葉さんは珍しく、何も言わずにアイスコーヒーを出してくれた。ありあにはアイスココアだ。普段だったら絶対言われてもこんなことしないのに……。そのいつもと違う行動が、オレを余計に不安にさせる。
窓を開けるとタバコに火をつける。ふう、と煙を吐き出すと、青葉さんはこちらを向いた。

「なあ、寿、正月。てめぇらはなんで俺と知り合ったか、覚えてるか?」
「何言ってんの! 覚えてるに決まってるじゃん! な、正月」
「………」

 正月は黙った。顔色もよくない。まさか、覚えていない? オレはどうだ。よく考えろ。あれだけ毎日遊びに来てるんだから、そのきっかけくらい覚えてるに決まってる。

「……嘘、でしょ……」

 思わず声に出す。記憶がないんだ。青葉さんと出会った経緯を、覚えていない。その答えを知っていたように、青葉さんは質問を続ける。

「じゃあ、子ども時代のことだ。てめぇらはどういう子どもだった? どんな幼稚園……若しくは保育園に通っていた? そのとき、本当の母親はいたか? 父親はどうしていた?」

「………」

 オレも正月も口を閉ざす。……オレたちは自分の過去さえ知らずに、今を生きていたのか?

「青葉さん」

 正月の低い声がシンとした事務所に響く。

「俺たちに教えてくれませんか? あなたの知ってること、全部」
「ああ」

 もう一度タバコに口をつけてふうっと煙を上げると、灰皿にそれを押しつけた。

 ――10年ちょっと前。青葉は刑事だった。そのとき追っていたヤマは『連続児童誘拐事件』。都内で、小学生の児童が突然連れ去られるということが頻繁に起こっていた。しかも男児、女児問わず。
 しかし、あるきっかけから犯人が急浮上した。青葉ら突入班は、その男のアパートを特定。踏み込むと、そこには双子の衰弱した男子児童が見つかった。服はダボダボなTシャツ1枚だけ。そして、その部屋には……。

「たくさんの子どものバラバラ死体が置かれていた」

 青葉さんの言葉と同時に、鮮烈な映像がよみがえる。オレと正月は流しへと走った。

――保護された双子はオレたちだ。少しずつ、記憶を取り戻していく。
 白い病室。オレと正月はずっと悪夢と戦っていた。起きていても、眠っていても残酷な思い出が頭の中を覆う。死んでしまえばどんなに楽だろうかとも思った。それでも周りがそうはさせてくれなかった。
 そこでオレたちの前に現れたのが、白衣を着たカウンセラー。……そうだ。彼女こそが、浄見さんだ。

「柊浄見。彼女の本名だ。浄見は御堂という国会議員お抱えのカウンセラーでな。てめぇらの事件は全国的に広まっていたから、善人振るにはいい材料になったんだろ。『善意で』特別なカウンセラーを派遣させたんだ。……だが、てめぇらもわかってる通り、浄見はとんでもねぇ女だ」

 そうか。オレがやってたように、浄見さんは術をかけたんだ。『嫌な思い出を忘れさせる』っていう。

「数年かけて、カウンセリングというかやつの催眠は続けられた。正月はわりと早くに回復してきたんだが……寿、てめぇはなかなか術にかからなかったんだ。それで、てめぇらは高校入学するくらいまで、ほぼ病院で過ごしてたってわけ。受験勉強も病院でしてたしな」

 だから記憶がなかったのか。自分のことを何も知らなかったなんて、恐ろしい。『知らない』ということに気づいていなかったことも。

「で、でも、そのあと俺たちって、実の両親のところへ帰されたんじゃないですか? なのに、なんで今は浄見さんと……。しかも父親に連絡が取れない」

「確かにてめぇらは実家……今の家に帰ったよ。なのに、両親はいなかったんだ。俺も刑事を辞めて暇だったからな。一応気がかりで家を訪れた。そこでてめぇらに再び出会った」

 それからなのか、青葉さんとのつきあいは。だけど、なんでその記憶までなくなってるんだ? 悪い記憶じゃないはずだ。それに、浄見さんとのつきあいは病院までで終わっているはず。

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