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文字数 2,890文字

 学校最終日。スクーリングを午前中で終わらせると、僕と伊藤は昼ごはんも食べずに米浜に向かっていた。

 東京駅の乗り換えに多少てこずりながらだったが、何とか米浜駅に到着する。

「おお、すげぇー! 駅を出たらもう、GWLって感じだな! 別世界って感じ」
「本当だな。まだパーク内に入ってないのに」

 駅の近くでGWLに行くまでの道のりにあるお土産屋さんの建物を見て、僕は思わず感嘆のため息をついた。

 ここまで世界観ができている場所が、日本にあるんだなぁ。

 普段はどんなことにも興味がなく、毎日ただ日々を消化していた人間としては、こういった非日常があることにただただ驚くだけだ。
 山籠もりしていたという伊藤も、目新しい風景に興奮している。でも、まだまだだ。驚くのはきっと、GWLのパーク内に入ってから……なんだろうな。

 お土産屋さんを軽く見てから、僕らは入園ゲートへと向かう。開園時間から二時間すぎていたので、列などはできていない。それに、事前チケット購入の成果もあるのだろうか。僕の持っていた『GWLはいつも混んでいる』という認識は覆った。

「QRコードをかざしてください」

 入口の端末にスマホをピッと触れさせると、「Have a nice day!」という電子音声とともにゲートが開く。

 いよいよGWLデビューだ。

 入園した僕と伊藤は、まっすぐな一本道から見えるドラゴンキャッスルを見て感動の声を上げる。

「すっごい……本当にGWLに来たんだ」
「わくわくするな! 何から乗る?」

 焦る伊藤だが、僕らはまだ昼食を食べていない。

「待ってよ。腹ごしらえしないとバテるよ? どこかでご飯にしよう」
「あっ、オレ、食べたいものがあるんだった! そこ行ってみない?」

 僕は伊藤に連れられて、アメリカンワールドに足を向けた。

「これ! オレこれを食べて見たかったんだよね」
「骨付き肉?」
「うん、あとフルーツとチュロス。小さい頃テレビで見てさぁ。ずっと憧れだったんだ」

 伊藤は嬉しそうに骨付き肉をほおばる。燻製されたその肉にかぶりつくと、肉汁があふれて確かにうまい。1本食べるのに時間はそんなにかからなかった。
 そのあと、近くの屋台でフルーツとアップルキャラメル味のチュロスを購入すると、両手に食べ物を持ちながらどの乗り物に乗るかの作戦会議だ。

「やっぱり絶叫系は外せないだろ! ……シロは絶叫系、大丈夫?」
「乗ったことないからどうかわからない」
「心臓病とかはないよな?」
「うん」
「だったらものは試しだから、乗ろうぜ!」

 伊藤は僕をウォーターライドスプラッシュベルグのほうへと連れて行く。人はまばらだ。入場制限のおかげで、並んで乗らなくて済んだのかもしれない。スムーズに列は流れ、あっという間に乗り場に着いた。

 ドラゴンキャッスルと同じ高さから落ちるというこのアトラクション。僕は絶叫系は初めてたっだが、案外平気だった。いきなり突き落とされるんじゃなくて、ちょっとずつ高いところから滑り落ちる……というものだったので、心臓に負担もかからない。ただちょっと胸がふわっとするところはあるけども。

「あー面白かった! 大丈夫だったか?」
「うん、絶叫系は平気みたい」
「よかった。あ、次はアメリカンクルーズに行こうぜ! 距離的に近いだろ?」

 伊藤はすっかりわくわくした調子で、僕の手を引っ張る。……手汗が気持ち悪いな。僕はちょっと意地悪を言いたくなった。

「そういえば伊藤、君は就活でグローバルワンダーランドにエントリーするんじゃなかったの? 企業研究っていうかさ。そういうのはしなくていいの?」

「企業研究? うーん、接客の面ではパーフェクトだよな。店員……ここではキャストっていうのか? バイトがほとんどらしいけど、社員教育しっかりしてると思う。それに……」

 伊藤は、清掃作業していったキャストに目を向ける。僕もそれに倣うと、突然キャストがモップで絵を描き始めた。子どもたちがそこに群がる。

「あーいう小さなファンサービスもすごいと思う。本当にEPIC社……グローバルワンダーランドって徹底してるよな」

「まあね。それで? 就職したくなった?」

「そうだな、候補のひとつには入れておきたいかも」

「でも『尊敬できる主君』はいるかわからないよ?」

「そこなんだよなぁ……」

 やっぱり伊藤のいう『尊敬できる主君』は就活には外せない絶対条件なのか。変わってるなぁ。しかし、そうやって伊藤を内心バカにしている僕なんか、将来の夢すらない。

 今はGWLマジックで楽しい時間を過ごさせてもらっているけども、卒業したらどうしようか。ヒキニートになるんだと決めていたけども、伊藤のせいでその考えに疑問を持ち始めていた。

 どうせ人生は死ぬまでの暇つぶし。その暇を全部睡眠に費やしてもいいのか? 大学は勉強量が足りない。それでも、そんなに偏差値が高くないところだったら通えるんじゃないかと、ここ数日考えていた。が、大学に行っても勉強することがない。

 専門学校はなおさらだ。何かの専門職になるための学校なんだから、もうすでに夢に向かう方針がなければ学校自体選べない。
 残る先は就活だけども、お金を稼いで何になる? 僕は働くとなると、どうせ親のコネを引き継ぐことになる。超能力を使った仕事だから、超能力の使える後継ぎじゃなければ親の仕事はできない。言うなれば、僕の家系は究極の専門職なのだ。

「あっ! あそこに人食いワニがっ!!」

 アメリカンクルーズで船に乗っていると、キャストが派手な演技をする。僕はそれを楽しみながらも、心の中はもやもやしていた。

 伊藤に意地悪を言っただけなのに、自分の将来と向き合うことになるなんて。

 正直、僕は何も考えたくない。何も考えないで、眠ってばかりいたい。生活やお金に困っているわけではないから贅沢な悩みなんだろう。でも、僕に欲はない。おいしいものを食べたいとか、モテたいとか。そういうくだらない理由で何かしたいなんて気持ちは微塵もないのだ。

「ね、シロ。シロはオレに就活のことを聞いてくるけど、そういう自分は行く方向性決まったの?」

「……どうせ最後は死ぬだけだし」
「だったら好きなことをすればいいじゃん」
「その好きなことがないんだよ」
「うーん……。でも、今のこの時間は楽しめてる?」
「ん? うん」
「そっか、よかった」

 伊藤はそれ以上深入りしてこなかった。もしかして僕、気をつかわせた? これだから陽キャは嫌いだ。人に取り入るのがうまい。僕じゃなかったらほだされている。こいつを『友達』として見てしまう。

 伊藤はただの『スクーリングで一緒になったやつ』だ。友達なんて幻影、僕は一生いらない。

「次は『ラ・ジーナ』に乗らないか? 日本最大級の水上木製コースターだって。最近できたやつ!」

「ああ」

 はしゃぐ伊藤に生返事をする。
 ……僕は一体何がしたいんだろう? こんな遊園地にまで付き合いで来て。楽しいことは変わりないけども……僕は自分で自分がわからない。自分の未来がわからない。

 そんなもやもやは絶叫マシンに乗ればすっきりするのだろうか? 
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