■EPIC編*松山ヒロアキ

文字数 11,611文字

「まったく、参っちゃうよね~。些細な出費だけど、風評被害がなぁ~」

 家に帰るとユウキはネクタイを緩める。俺も自分の部屋でジャージに着替えると、手を洗
ってからテレビをつけた。

 22時からのニュースでは、トップでGWLのアトラクションからバラバラ死体が出たこ
とに触れていた。

 俺たち経営陣がまずやったことは、『ゲストへの心のケア』だ。今日来たゲスト全員に、
いつでも使える無料パスポートを配った。それぐらいだったら些細な出費。ユウキの言う通
りだ。心のケアというよりも、金で解決できる問題だからな。それよりも怖いのが、GWL
で行っている『仕事』がバレないかということ。

 俺はアタッシュケースに入れておいた資料を取り出す。麻薬売買に人身売買はまだ続い
ている。主な取引は遠山組に任せているが。それと、表向きは四菱商事などの大企業と付き
合っているし、今回の大事件のせいで、協賛企業にまで迷惑をかけるわけにはいかない。…
…まぁ協賛企業といっても、同じ穴の狢だけどな。

「どうするんだ? 今後」

 ユウキが簡単に作ったパスタを食べながら、俺は今後どうするつもりなのかたずねる。そ
れ対してユウキは平然と答えた。

「どうするもこうするもないよ。今までと変わらずGWLは運営する。裏の仕事も継続す
る。とりあえず情報系統はキャットに徹夜で火消しさせてるから」

「相変わらず人使い荒いな」

 会長室を出てくるとき、キャットが缶コーヒーと栄養ドリンクを買い込んでいるのを見
かけた。つぶやきやそのほか情報サイト、マスコミには金を握らせるか、最悪それに関わっ
ている人間やアカウントを潰す。『どんなやり方をしても火消ししろ』。ユウキはさっきそう
キャットに言ってたからな。

 瑞希さんも忙しそうだった。明日、俺たちは会見を開くことになっている。その段取りや
質問に対しての回答を考えるのも彼女の役目。俺ら会長はただ、でんと構えているだけだ。

「でも、なんでバラバラ死体なんか出てきたんだ? アンダーベースで出たゴミはドラゴ
ンキャッスルで提供してるし……他のものは粉砕処理して、地方の畑に撒いてるんだろ?」

「そーなんだよ。すべての死体には番号が振ってある。きっちり管理してるから、こっちの
ミスは考えられない。だとしたら、生きているうちに捕まって、バラバラにされたキャスト
がいるってことだよ」

「それが誰か、わかってるのか?」

「出退勤の管理はGWLのほうは事務に任せてる。アンダーベースのほうはキャットだけ
ど……ひとりだけ無断欠勤してるキャストがいるって聞いてる。『高井戸優衣』ってやつだ」

 名前だけ聞いてもピンとこない。表の経営も裏の経営も、ほとんど俺らではなく社員たち
が仕切ってるからな……。
 俺はパソコンを開くと、アンダーベースの極秘データベースにアクセスする。高井戸優衣
……『シリウス』のメインアクターか。

「なぁ、ユウキ。今回の件……高井戸優衣に恨みがあるやつの反抗じゃねーだろ? 俺たちEPIC社への宣戦布告。お前何も言わねーけど、そういうことなんじゃないのか?」

「さすがヒロアキだね。大当たり」
「いや、推理にもなんねーだろ、こんなの」
「言わなくてもわかってくれると思ったんだって! オレたちの仲じゃん!」

 食べ終えるとふたり分の皿を流しに持っていき、洗い始める。作るのはユウキで、片付けるのは俺の役目だ。
 EPIC社に恨みがある人間なんて山ほどいる。子どもを誘拐されたとか、大切な人を殺されたとか。
 しかし、個人的に恨みをかっても、俺たちに対抗する組織なんて意外にそんなにはいない。表だって恨みをかってる……というか、ライバルだと見ている他のテーマパークの経営陣は、適当にあしらっておけばいい。GWLはバケモノテーマパークだからな。一度夢にかかってしまったゲストは、ありがたいことにいくらでも金を落としていってくれる。

 EPIC社の裏の顔に恨みがある組織……。しいて言えば麻薬密売組織のロス・セレイタスだろうが、こっちを恨むのはお門違いだ。やるなら四菱商事の岩崎を狙うのが筋というもの。それに、死体の顔には『Z』の印がなかった。ロス・セレイタスではない。

 遠山組、という線もなくはない。あとからユウキに聞いたところ、川勢田はあそこの息子だったっていうじゃないか。ユウキも付き合いある組織の息子を私怨で殺すなんて、やっぱりどこかイカレてる。

 でも、遠山組はまだこちらにアクションを起こしていない。息子が殺されたならこっちに刃を向けていてもおかしくないのに、いまだに仕事を受け持ってくれているし、こちらにもいらない組員の始末をお願いしてきている。四菱の岩崎についている岡も、変わらずだ。

 だったら、警察? いや、それは一番ない。上層部にはいくらか金を握らせているし、裏切ったらどうなるかもわかっている狸どもだ。そもそも俺たちのへまをわざわざ隠してくれる『EPIC特別捜査課』なんてのもある。大体警察に所属する人間が、うちのメインアクターを惨殺して、アトラクションから落とすなんて異常な真似はしないだろう。

 ちょっとした問題と言えば、その『EPIC特別捜査課』が死体を引き取りにきたことだ。向こうで処分してくれるのか? だが、今日来た刑事たちは俺たちに媚びる様子もなかった。刑事としての仕事をする顔とでもいうのか、あまりにも真剣で、少し『まずい』と思ったくらいだからな。

「ヒロアキ、奉りえかと御堂孝之助は覚えてる?」

 突然、『あの就職試験』のときの面子の名を出された俺は困惑した。
 俺はあの日、途中で脱落させられた。もともとユウキの秘書だった瑞希さんも。そのあと生き残っていたのが、キャットと御堂孝之助と奉りえかだ。

 この3人はユウキに恨まれていた。キャットは会社に800億の損害を出したから。キャットはこの先損失分タダ働きして返すということでなんとか命は見逃してもらった。それはユウキから聞いていたし、現にキャットはEPIC社に在籍している。

 御堂孝之助は、ユウキの両親を暗殺した。そして、政治家の祖父と父の力を借り、その事実を消した。奉りえかはモデルという肩書を利用したスパイで、暗殺集団のひとりだ。ユウキの命を狙っていたらしい。

 このふたりが何だっていうんだ? ふたりはもう死んだはずだ。俺はひとりだけ残されたあと、ユウキに拳銃を渡され、みんなを始末しろと言われた。それに首を横に振った俺は、気づいたら自分の家。だから、結局ふたりがどうなったかは知らない。

 だが、『殺せ』と言われたんだから、きっと他の人間に始末されたはずだ。そのふたりに今更何ができるっていうんだ。

 ユウキに食後にアイスティーを出してやると、ひとくち飲む。俺ものんびりといつも通り、ユウキの身体に背中で寄りかかるとニュースを聞きながら夕刊を読む。

「あのね、御堂の使った暗殺者は、りえかの所属している暗殺集団の一員だったんだ」
「え!? お前、今までひとこともそんなこと言わなかったじゃねーか!」
「だって、言わなくてもわかると思ってたんだもん☆」
「『だもん☆』じゃねーし!」

 こんなときでも、相変らずユウキは軽い。しかも親殺した犯人だって……重い話だろ。なんでそんな軽くいられるんだよ。

「……で? お前、ふたりはきっちり始末したんだろ?」

「わぁ、怖い! ヒロアキが『始末』っていうなんて~! 大学4年の時とずいぶん変わったね」

「はぁ……お前と仕事してたら嫌でも変わるだろ……。そういう肝心なことはちゃんと言えよ。俺だってわかることとわかんねーことあるから」

 呆れつつ、ユウキの頭を新聞紙で叩くと、珍しく情けない笑みを見せる。

「いや~、それで話には続きがあってさ。りえかがいた暗殺組織っていうのを裏で操ってるのが御堂のじいさんと親父なんだよね。そのグループの名前が……【ドリームクラッシャー】っていうの」

 【ドリームクラッシャー】か。GWLが夢と希望と幻を見せる場所ならば、それを壊してやろうってことなのか。まったく、趣味が悪い。……俺やユウキが言える立場じゃないけどな。ユウキはアイスティーを飲みながら続ける。

「ドリームクラッシャーも、さっさと潰さないとって思ってたんだよ。今後、GWLとアンダーベースを運営していく上で、必ず邪魔になる組織だ。御堂は今親子で議員と知事をやってるから、金もある。息子がオレに殺されたってわかってるだろうし、そしたら警察にオレたち以上に金を渡して捕まえるかもしれない」

 要するにユウキが言いたいのは、今回の犯人は、ドリームクラッシャーで、息子を殺した腹いせに、御堂の親父と祖父が暗殺集団を使って俺たちに復讐するという予告だってことか。わざと普通のキャストではなく、アンダーベースのメインアクターを惨殺し、こっちの裏の顔も知っているとアピールをして。

 でも不思議なのは『なぜ今か』ってことだ。御堂が殺されたのは2、3年前。今更だよな、復讐なんて。

 俺の表情で言いたいことがわかったのか、ユウキはため息をついてぽつりと言葉を放った。

「多分、色々な準備が整ったんじゃないかな。オレたちと戦うさ」
「それって、俺たちの犯罪の証拠とかか?」
「ん~、そうとも言うね」
「……って、のんきに構えてる場合じゃねーんだろ?」
「あはっ、バレた? うん、実は結構ヤバい」

 こいつが『ヤバい』と言うときは、かなり状況は悪いってことか。
 アイスティーを飲み終えると、ユウキも俺の背に寄りかかる。この重さで、なんとなくユウキに信頼されてるんだなと実感するんだよな。夕刊を読み終えると、テーブルに手を伸ばして、俺もアイスティーを口にする。一息つくと、俺はぼそっとつぶやいた。

「……だったら、御堂の親父とじいさんを殺るしかねーんじゃん? そうすれば組織の活動は一旦止まるだろ。ヘッドがいなくなれば」

「ヒロアキ、ナイスアイディア~」
「へ?」

 正直こんな安易な案にユウキがのるとは思わなかった。ユウキは眠いのか、のんびりした口調で続ける。

「殺さなくっても、拉致るだけでも組織には痛手になると思うよ。ヒロアキがそんな過激な案を出すとはねぇ~」

「だから言っただろ。お前に毒されたんだ! もう、思想は完全に犯罪者だよ」
「犯罪者じゃないでしょ。オレらは『天才的なプレジデント』だ」
「どこからくるんだ、その自信は」
「え~? ヒロアキと一緒だよ!」

 ……まったく。俺と一緒か。もう親友っていうよりも相棒だな。あの就職試験を受けていたときは、こんなサイコ野郎と気が合うなんて1ミリも思っていなかったのに。それが今や相棒だ。ユウキの言おうとしていることは、言わずとしてもなんとなくわかってしまう。

 俺が静かにうなずくと、ユウキも同じようにうなずく。しばらくすると、背後から寝息が聞こえた。やっと寝たみたいだな。今日は相当疲れていたみたいだし。こいつはいつもヘラヘラしてるし、俺にも弱いところはみせないけど……。小学校のときのユウキは今もこいつの中にいる。本当は気が弱くて、誰かに声をかけるのも怖い。それは今も変わっていない。

 ま、こんなでかい組織の会長をやってるから『気が弱い』なんて言ったら笑われるだろうな。だが、実際のこいつはそういうやつなんだ。今日のイレギュラー対応だって、かなり無理していた。……バカだよな。だから俺を会長にさせたのか。俺なら、お前のことなんとなくわかるから。だけどな、わかるからって言わなかったら意味なんてないんだからな?

 眠ったからといって、女の子相手じゃない。毛布なんてかけなくても大丈夫だろう。9月下旬といってもまだ暑い。
 そんなことより、俺にはやることができた。昔からユウキには教えてもらってばっかりだったが……その教えてもらった『手段』を今使うときだ。

「――川勢田組長ですか? EPIC社の松山です。少し仕事をお願いしたいのですが」

 翌日。俺は珍しく早く起きると、朝メシの準備をした。カップメンしか食べてなくて、栄養失調になり運ばれたことがあるといっても、簡単なものくらいだったらできる。ユウキが毎日作ってるのを見れば一回で覚えるし。

 あいつが作るような豪華でお洒落な朝食ではないけど、トーストと目玉焼きとサラダがあれば十分だろう。

「あっれ? ヒロアキ起きてたの? しかも食事まで用意してくれて……」
「お前が無理するから、気ぃつかってんだろうが」
「へぇ?」

 ユウキは嬉しそうにトーストにかじりつく。俺も一緒に席につき、朝食をとりはじめる。それと今日のスケジュールを伝える。

「お前には言ってなかったけど、今日の夜、四菱の岩崎に会うから。そのつもりでな」
「え!? それ、キミが決めたの? 瑞希さんは?」
「昨日の夜電話しといた。いいだろ、たまに俺が主導権持っても」
「……ああ、そういうことね」

 さすがユウキだな。俺の考えも伝わったようだ。四菱商事の岩崎には遠山組の岡がついている。俺が話したいのはこのふたりだ。遠山組には昨日すでに仕事の依頼はした。だが、直接協賛企業の岩崎にも伝えておいたほうがいい。
 それともうひとつ。

「午後イチでも時間取ってあるから」
「アンダーベースのほうね」

 アンダーベースには、今4つのチームが在籍している。死んだ高井戸優衣がいた『シリウス』に、妹のミフユがメインアクターを務めている『リゲル』、そのほかに『カペル』と『アルデバラン』が存在している。

 『シリウス』は高井戸優衣がいない間に、メインアクターが変わった。アンダーベースのショーで、心を病む人間もたまに存在する。最初は平気だったのが、だんだんと良心の呵責に苛まれ……ってやつだ。だからメインが変わるのはよくあること。メンバーひとりが消えることは大した痛手ではないが、問題なのは今回の敵だ。ドリームクラッシャーが何をしたいのか。こっちの裏の顔を知ってるってことは、アンダーベースのバイトにまで手を出してくる可能性がある。だから、その注意勧告だ。

「でもさー、注意勧告だけなら、メールかなにかだけでもよくない?」
「いや、よく考えてみろ」

 俺はユウキにひとつの仮説を提示する。
 高井戸優衣がアンダーベースのキャストだったことを知っているのは、同じキャストと俺たちみたいな上層部しかいない。高井戸優衣が他人に話している可能性は低いだろう。それに、死体がスプラッシュベルグから落とされたこと。これもEPIC社関係の人間じゃないとできないことだ。だから……。

「これはただの注意勧告じゃない。怪しい人物を探すという意味もある」
「……確かにね。オレとしては身内を疑いたくはないけど」

 ユウキが身内を疑いたくない理由は、情があるからじゃない。自らの判断が間違えていると考えるのが嫌なんだ。こいつは意外とプライドが高い。自分の失敗は認めたくないタイプだ。……とはいえ、こいつが失敗することはほぼないんだけどな。

「だが、それだけじゃねぇ」
「まだあるの?」

 食べ終えると、皿を流しに置き、各々スーツに着替え始める。俺とユウキは2種類のネクタイを持ち、お互いに見せる。俺は赤と青。ユウキは緑とワインレッド。ユウキが選んだのは赤。俺が選んだのは緑。お互いが選んだネクタイを、自分の首にかける。
 ネクタイを結びながら、俺はもうひとつの理由を話した。

「もしドリームクラッシャーが今回の敵だとしたら、最悪戦うことになると思う。そのために俺たちも備えなきゃいけないだろ」

「ふふっ、オレたちの私設軍隊ってこと?」

 俺はこくんとうなずいた。ドリームクラッシャーがどのくらいの規模の組織かはわからないが、対抗する駒がいなくては。まあ、まずそんな全面戦争になるようなことはもちろん避けて、話し合いだけでなんとかできるものならそうしたいが……。
 ネクタイを締め終えたユウキがジャケットを羽織りながら笑う。

「ドリームクラッシャーについて、もっと情報が欲しいところだね。キャットに探らせることにしよう」

 情報に関しては、一番キャットが強い。しかし、火消しに忙しいあいつに、さらに仕事が
回るとはご愁傷さまだな。

「そうだ、喪服も持ったか?」
「ああ、もちろん」

 今日は朝、記者会見を開く。喪服はそのためのものだ。今回の事件について、マスコミを相手にしなきゃいけない。そういっても、マスコミ相手だったら別に問題はない。変な質問なんてしてくるわけがない。

 俺たちEPIC社は夢と希望と幻を商売にしている。テレビも雑誌も、GWLのイベント特集や新しいアトラクションができたときは大々的に宣伝してくれる。『いい印象』しかないこのテーマパークに、死体が降ってきたということ以上のマイナスイメージがつくようなことはしないはずだ。

 いつも通りインターフォンが鳴る。瑞希さんのお迎えだ。俺もジャケットを着ると、アタッシュケースを持ち、部屋を出た。


「記者会見はあっさり終わったな」
「予定通りって言ってよ。いつも夢のある話題提供をしておいたおかげなんだから」

 喪服から普通のスーツに着替えると、さっさと昼食を済ませる。午後イチで今度はアンダーベースのキャストに、注意勧告を直々にするからだ。

「……はぁ、とうとうバレるのか」
「な~に? ミフユちゃんのこと?」

 ミフユは俺がEPIC社に勤めていることを知らない。もちろん両親もだ。家族には東京の大手企業に勤めていると適当に誤魔化している。それにもうひとつ隠している理由があった。『箭内雫』の件だ。

 箭内雫はミフユの幼なじみで、俺とも顔見知りだ。しかし厄介なことに、ミフユは箭内雫のことを友人以上に想っていた。EPIC社のアルバイトにふたりで応募してきたのはいいが、アンダーベースでのデスゲームで、ミフユは箭内雫を殺した。そして、最後まで生き残り、今もメインキャストを務めているが、仕事を続けている理由がドラゴンキャッスルに冷凍保存している箭内雫の死体とずっと一緒にいるためなのだ。

 ともかくミフユは、箭内雫のことになると感情がスイッチしてしまう。最悪、俺が雫の死体管理をしていると知ったら……。

「でもさ、ミフユちゃんがアルバイトに申し込んできたってわかってたなら、アンダーベースのキャストなんかに選ばなければよかったのに」

「選んだのは俺じゃないって。人事がアンダーベース行きを決めて、そこで最後まで生き残ったのがミフユだ。人事を恨むしかないけど、生き残ったのは幸いだったよ」

「でも、そのおかげでミフユちゃんも人を殺す楽しみに目覚めちゃったって感じだよね。ヒロアキと同じじゃん」

 俺は大きくため息をついた。俺だけならまだしも、妹を巻き込むとは思わなかったからな……。
 だけど今日、とうとうミフユに俺の正体がバレる。雫ちゃんのことも。

「仕方ないことか」
「うんうん、あきめるしかないってことだよ!」

 ユウキが俺の肩にぽんと手を置く。こいつ、ちょっと面白いと思ってるな。ユウキがそういうやつだってことはよく知ってるけど。

 13:00。時間だ。俺たちはキャットに連れられてアンダーベースのあるカブキ・アクションへと向かう。

「ちょっとユウキサン! 人使い荒過ぎだよ……。ボク、一睡もできてないんだけど!?」
「できる人間に仕事が集まるのは仕方ないことじゃん?」
「そう言われたって……もっと人増やして! ヒロアキサン、お願い!」
「……考えておく」

 キャットは俺の言葉に文句があったみたいだが、ぐっと堪えたようだ。そのかわりぷうっと頬は膨らんでいる。
 確かに人材不足だからな。もうふたりくらい、アンダーベースの管理と火消しに回すか。

 アンダーベースには、すでに4グループのメンバー全員が集まっていた。急な招集だというのにも関わらず、全員が来ているということは、やっぱり高井戸優衣のことが気になったからか。
 前置きはキャットが話しておいてくれたみたいだ。俺とユウキはそのまま、いつも殺人ショーが行われているステージへと上がる。
 俺がステージに立つと、ガタンと大きな音がした。

「嘘でしょ!?」

 ……やっぱりミフユか。妹は目を丸くして俺を見つめている。今のところは通常モードだ。感情のスイッチは入っていない。俺はミフユを見ると、冷静に言った。

「松山ミフユ。あとで話があるから残るように」
「………」

 ミフユは驚いた表情のまま、静かに腰を下ろした。今はミフユだけを相手にしている場合じゃない。他のアンダーベースのキャストにも伝えることがある。

「アンダーベースのみんな! いつもショーを盛り上げてくれてありがとう! 今日も急に招集かけてごめんね!」

 ユウキが俺の代わりに話を切り出す。そして、用意していたスクリーンに、高井戸優衣の顔写真を映す。

「彼女は『シリウス』のメインアクター、高井戸優衣サン。みんなもう知ってるよね? スプラッシュベルグから落下したバラバラ死体のニュース。彼女が被害者だ」

 アンダーベースのメンバーは、じっと俺たちを見つめる。ユウキはいつも通りの軽いノリで、話を進める。俺はそんな中、裏切り者がいるのではないかと周りを探る。

「今回の事件は、ドリームクラッシャーという組織が関係してる。もしかしたら、キミたちも今後狙われるかもしれない。だから近づいてくる人間には気をつけてほしい……っていうのと、ヒロアキ」

「もうひとつ。最悪俺たちEPIC社はドリームクラッシャーと戦争することになるかもしれない。そのときは君たちに戦ってもらいたい。無論報酬は弾むし、武器はいくらでも新調していい」

 どういう反応が来るか心配だったが、さすがアンダーベースのメンバーだ。相当イカレてる。普通、自分たちの関係ない争いに首を突っ込むなんて嫌なはずだ。それでも、こいつらは人を殺すのに喜びを見出す連中だ。しかも武器を新調していいと言うと、ガッツポーズする輩まで出る始末。生まれながらの殺人鬼たちだな。妹のミフユもそのひとりだと思うと、ぞっとするが、上に立っているのが俺。俺もなんだかんだ言って同族なんだ。

 しかし、俺が見たところ危ないやつはたくさんいたが、怪しいそうな人間はいなかった。アンダーベースにスパイがいると踏んでたんだけど……犯人が本当にいたとしたなら演技派だな。

 目を光らせている俺の横で、ユウキはまとめの言葉を述べた。

「ともかく、みんな周辺には気をつけて! と、みんなの力が必要になったら連絡するから、よろしくね! あ、あと必要な武器があったらいつでもキャットに申請してね~!」

「ええ!? またボク~!?」
「人数増員するし、借金も一気に減らしてあげるよ?」
「……そ、そういうことなら、仕方ないか」

 ユウキがにこにこ笑って、キャットの頭をなでる。キャットはしぶしぶといった感じで了承してくれた。これでアンダーベース側は問題ない。
 あと残ったのは……。

「お兄ちゃん! なんでこんなところにいるの!? いきなり就職が決まってただでさえびっくりしたのに、EPIC社に入社してたなんて!」

「しかも会長だよ~?」

解散したあとに残ったミフユがさっそく俺に詰め寄るのを、ユウキが横で茶化す。

「あ~……色々あったんだよ。ここに入るまで」

 ミフユに説明したいが、正直なところ俺はユウキに拾われたようなものなんだ。うまく説明しようにもできない。クロスワードを解いたら、就職試験に巻き込まれたなんて話、意味不明すぎる。

「……でも、お兄ちゃんがなんで会社のことをはっきり言わなかったのか、わかったよ。EPIC社の裏事情を知ってたからでしょ?」

「まあな。でもまさか、ミフユがこっち側に来るとは思わなかった」

「それは雫が……。そうだ、雫は……確か会長が管理してるって……会長……お兄ちゃん
……」

 げ、これはまずい。地雷を踏んだ。逃げるべきか? 俺がじりっと後ずさった瞬間、ミフユが忍ばせていた光るナイフを取り出した。

「雫を返してっ!!」
「うわっ! ミフユちゃん、ちょっとタンマ!」

 ユウキの頭の上を、ナイフが通る。ミフユは俺をにらむと今度はナイフを振り上げた。
 
 ――ヤバい。俺、妹に殺される!? 

 ユウキもさすがに焦った顔をする。俺が身をかわそうとしたところ、俺とミフユの間に誰かが入った。

「……先輩、お兄さんなんでしょ? ダメですよ」
「狩野……くん?」

 ミフユはハッとして、ナイフを下ろした。元の感情にスイッチしたか。

「雫さんは会長じゃなきゃ管理できないと思うよ。人ひとりの死体を冷凍保存なんて、普通の女子大生じゃできないでしょ?」

「……それもそうだね」

 狩野……といったか。確かミフユと同じ『リゲル』のメンバーだったな。彼のおかげで救われたけど、ミフユを抑えることができるとは。
 彼に軽く礼を言うと、俺はふたりにもう一度注意を促した。

「今回の相手はかなり手ごわい。もしかしたらふたりにも手を借りるかもしれねぇ。そのときは頼む。……本当は妹を危険な目に合わせたくはないんだけどな」

「何を今更だよ……。でも、そのおかげで私は雫を永遠に手に入れられたし、お兄ちゃんに感謝はしてる。戦えるかはわからないけど、雫のために頑張るよ」

「悪いな」
「オレも、できることはやりますから。会長」
「ありがとう、狩野も」

 ふたりをカブキ・アクションの出口まで送ると、ユウキはホッとした表情を浮かべた。

「あ~、さすがにびびった。狩野がいなかったらヤバかったね」
「でも狩野ってバイト……よくミフユを止められたな。絶対殺られると思ったのに」
「意外と愛ってやつかもよ?」
「それはないだろ。ミフユは雫ちゃん命だぞ?」
「じゃ、片思いだ」

 ユウキは俺の肩を抱き寄せる。
 正直兄としては複雑だけど、狩野がミフユのストッパーになってくれるなら助かる。

「さ、夜の岩崎との面談に備えて、準備しよ」
「ああ、そうだな」

 アンダーベースに誰もいないことを確認すると、俺たちは施錠をして外へ出た。

「お久しぶりです。松山会長、神谷会長」
「ナルちゃん! ごめんね~、急に来てもらって」
「いえ、EPIC社の危機ですからね」

 夜。ドラゴンキャッスルレストランにできた新しい個室に、俺とユウキは四菱商事の岩崎成道会長と、その護衛の岡を瑞希さん経由で呼び出していた。
 ワインと、アンダーベースのゴミじゃない、ちゃんとしたディナーを食べながら俺たちは話を切り出した。

「実はナルちゃんと岡さんに大切な話があるんだよね」
「僕はともかく……銀二にも、ですか?」
「ええ」

 俺たちは岩崎会長と岡さんに、ドリームクラッシャーについて話す。岩崎会長も当然、今回の事件はよく知っていた。俺たちの敵対組織で、多分彼らが今回の犯人だと踏んでいるということと、組織の内部にスパイがいる可能性があることを告げた。

「……それで、僕にできることは?」

「もし、ドリームクラッシャーと直接対決することになったら、武器を調達してほしいんです」

 俺がお願いすると、ふたつ返事で了解してくれた。

「そのくらいのことならば、いくらでも協力しますよ」

「それと、ナルちゃんも一応気をつけて。こっちも裏でやってるアンダーベースのキャストが殺られてるから」

「うちには銀二がいますから」

 うしろに立っていた岡が、軽く頭を下げる。岡を見ていたユウキは、彼にも話す。

「岡さん、遠山組にも今回の件は依頼をお願いしてるから。御堂議員たちの誘拐をね」
「その話は川勢田の親父から聞いてる。だが……俺の仕事はナルミチの護衛だ」
「わかってるって! ただ、そのこともあるからなおさら気をつけてほしいってこと」

 ユウキの言葉に岡は黙ってうなずく。遠山組と四菱をつなぐパイプ的な役割をしていたはずなのに、すっかり岩崎の犬になってるんだな。
 ……いや、もともとなのか? 岡は完全に岩崎に心酔しているのか。それとも父性本能なんて言葉があるなら、それなのか。岩崎はまだ会長になって少し。……俺もそうだけど、岩崎の場合、周囲がうるさいはず。株主だとか、身内だとか。弾避けにもしているんだろうけど、そういった害をなすやつらから岩崎を守るのも岡の役目だ。

 食事を終えると、テーマパークの外に止まっていたベンツにふたりは乗りこんだ。
 俺とユウキはお礼を言って、ふたりを見送った。

「ふう……これで手は打ったな」
「そう思う? ふふっ、まだまだヒロアキは甘いよ」

 ユウキに笑われて、俺はやつのほうを見る。これ以上、俺たちに何ができる? ユウキはにやりとすると、人差し指を唇に当てる。

「本当に戦争になったら……そのときの作戦を考えておかないとね!」

 楽しそうなユウキに、俺も呆れつつも本心では同じようにドキドキしている。
 ――やっぱり俺も同じなんだな、ユウキと。
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