第60話

文字数 1,158文字

 亮介が着信に気づいたのは、自分の部屋に戻ってからだった。
 携帯が入っているリュックはリビングの床に落としたまま夕飯を食べたから、その中は確認しなかった。
 そういえば、バイトからの帰りに携帯が光っているのがわかったが、早く帰りたい一心で無視していた。
 何気なく、ベッドに横たわりながらリュックから携帯を取り出すと、着信履歴がこの小一時間の間に十五件も入っていた。それら全ては慶長からだった。着信履歴の多さから慶長の逼迫した雰囲気が伝わってくる。
「何だよ。どうしたんだろうか?」
 亮介が不思議に感じたその時、手に持っていた携帯がブルブルと震えた。名前は「織田慶長 龍告寺」とあった。
「もしもし」
 亮介が慌てて電話に出た。
「もしもし、やっと繋がりましたな。」
 それよりも慌てた様子で慶長が話し出した。
「えらいことになりましたよ。」
「なにが?どうしたんだ?」
「それは、もう、大変なんです。」
「だから、なに?」
「いや、だから、とにかく早くこちらに来て下さい。」
「はぁ?今から?」
「はい。今すぐに。」
「何で?急に言われても。それに何も話してくれてないし。」
「話しは、ここに来られるとすぐにわかってもらえるかと。」
「いやいや、とにかく、概要だけでも教えてくれよ。」
「概要もなにも、コバトが起きたんですよ!」
「コバト?」
「そうです。あのコバトが目を覚ましたんです。」
「そうか。それで。」
 亮介はコバトの存在を忘れていた。
「あれ?あまり驚かないのですね。」
「いや、それは、驚いてるよ。」
 亮介の頭の中はフル回転でコバトを思い出していた。
「とにかく、こちらへ来てもらえないですか?」
 考えを巡らせていた亮介の神経回路が急につながった。「ピン」ときたとはこのことなのか。頭の中はすっきりと、ハッキリとコバトを思い出した。
「わかったけど、もう夜も遅いし。明日にしてはダメ?」
 慶長に悟られないように敢えて、努めて冷静に答えた。
「何で!今すぐきて下さい!」
 慶長の勢いが、迫力を増している。
「わかったよ。とにかくちょっと待ってて。支度するから。」
「早くきて下さいよ。待ってます。」
 そう言って慶長は電話を切った。
「ふう」
 あのコバトが目を覚ました。そうだ、初めて龍告寺に行った時に出会った女の子だ。あの子の吐いたものが俺にかかってから、変な夢を見て俺はいつものようにはいかなくなったんだな。不思議と亮介の心にはコバトを恨むような気持ちはなかった。しかし、あれから、コバトはずっと眠りぱなしだったのだ。恨むよりむしろ、コバトが目を覚ましたことに安心している自分がいた。
 亮介はリュックの中にブレイドを入れて制服のシャツの上から、厚手のパーカーを羽織り部屋を出た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み