第6話

文字数 1,474文字

 最寄りの駅からもうすでに上り坂を5分は歩いただろう。日光は爽やかさをなくし、ただただ熱を放つ発光体となっていた。
「クソッ、まだ着かないのか。」
 亮介の制服のシャツはじっとりと汗がまとわりつき出した。
 あの悪霊ばらい騒ぎのおかげで、配達予定の料理屋さんにはずいぶん遅れて到着したし、慶長がバイクを揺らしたおかげで中の『鈴なり茄子の辛子漬け』は箱から飛び出していた。取引先さんからは「アンタのトコも大変ねぇ」なんてフォローされたけど、元来責任感が強い亮介は遅刻したことと『鈴なり茄子の辛子漬け』が傷ついたことに少なからずショックを受けていた。
 そんな亮介に、迷惑をかけたということで恵から二人の実家である龍告寺に招待された。
 まぁ、お詫びと言うならそんなに悪い気がしないし、日曜日はいつもする事がなくて暇を持て余していた。なによりも、またあの恵さんに会えるならと軽く了承した。
 しかし、龍告寺は最寄りの駅からは遠くはないと聞いていたが、こんな上り坂とは聞いていなかった。圧倒的壁のような坂を目の前に亮介の心は折れそうになっていた。
 もう疲れた。足がついていかなくなってきそうだと思った時、突然道が無くなり目の前には立派な門がそびえ立った。
 太く立派な門柱には『総本山 龍告寺』と書かれた看板がかけられていて、来るものを優しく迎え入れるような雰囲気…では無かった。
 この巨大な楼門は門扉の上にこれまた大きな屋根が必要以上に出っ張り、庇というより壁のない家屋のように見える。この巨大でアンバランスな屋根を支えるための太い門柱であり門扉なのではないかと思わせられる。その屋根と門扉の間の装飾は緻密で、雲の隙間から龍が玉を咥えてこちらを睨みつけていた。この必要以上に大きく違和感のある楼門の前に立つと、訪問を拒まれてるような威圧感が漂っている。
「はぁ、やっと着いた。これが龍告寺か。」
 その巨大で立派な門扉をくぐると、静けさと涼しさが同居して何とも言えない清涼感が辺りを包み込んだ。
 玉砂利が敷き詰められた境内は門扉に似て広く、真ん中に石畳みの通路が本堂へと来訪者を導いていた。左右には大きな松の木が立っていて、シンメトリーを作っていた。
 左の松の木の辺りに近所の子供か、年の頃なら小学生の低学年くらいの女の子が小さなボールをバスケットボールのドリブルのように地面に落としていた。
 長袖のシャツに柔らかそうな黄色いスカートをはいたその女の子は前髪を揃え、オカッパに整えられたその髪がサラサラと初夏の風に揺れながら、所在無げに時間を過ごし、誰かを待っているようにも見えた。
 亮介はその少女を横目に本堂へと足を伸ばした。
 門をくぐった時から目の前に鎮座していた広い屋根の本堂は、近づくにつれその存在感は増していった。
 亮介は浄財と書かれた賽銭箱の横を通り過ぎ、靴を脱ぎ本堂のど真ん中にある石段を上り、本堂をぐるりと回廊する木で作られた廊下に立った。
 木でできた廊下はヒンヤリと冷たい。一歩進むにつれ木が軋む音がする。
 本堂の中へ入る引き戸は開けられていたが、亮介は回廊を回ってみたくなった。
 ゆっくりと足を運んでいると、木の軋む音と爽やかな風が亮介の心を落ち着かせた。
 程なく、本堂を一周して元へ戻って来ると、慶長が回廊に出て待っていた。
 慶長は亮介の姿を見ると深々と頭を下げた。
 これにつられて亮介も両足を揃えて軽くお辞儀をした。
「こんにちは、亮介さん。お待ちしておりました。」
 慶長が落ち着いて挨拶をした。
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