第4話

文字数 1,577文字

 そこには、黒い法衣を着ている女性が立っていた。女僧侶の髪は少し茶色がかり、豊かに揺れている。女性にしては身長は高く、両手足も美しくすらっとしていた。目鼻立ちは非常に整っていて、洋服を着ても道ゆく男を十分振り向かせるだろう。
「弟のご無礼をお許しください。」
 そう詫びるとその美しい僧侶は深々と頭を下げた。
 その時、法衣からたわわな胸元がチラリとのぞいた。その女僧侶の法衣はよほど慌てていたのだろう、少し乱れてはだけていた。 
 亮介は目線をそらせながら
「いや、許すも何も、なんの説明もないし、訳わからないし。」
「それはそうですね。まずは自己紹介をさせてください。私の名前は織田恵です。あの山の中腹にある龍告寺で修行をしている尼僧でございます。この者は、私の弟で同じく龍告寺で修行をしている織田慶長です。この度は本当に申し訳ないことをしてしまいました。ごめんなさい。」
 恵はそう言うとまた勢いよく頭を下げた。
 亮介は今度こそはバッチリ胸元が確認でき、心の中で軽くガッツポーズをとった。しかし、その心を悟られないように平静を装いながら
「あなた方がお坊さんということはわかりました。でも、なぜこの人はこんなことを?」
「実は今朝からこの町の様子が変なんです。これは、僧侶で修行を毎日している私たちだから感じ取れる気配なのですが。とにかく、その気配がいいものなのか悪いものなのか皆目見当もつかないのです。私たちはこの気配の正体を確かめようと寺を出てきました。そして、このバイクにたどり着きました。とにかく、このバイクには何か妖しい気配を感じます。」
「いや、突然そんなこと言われても…。」
「このバイクに乗っているものは。」
「漬物だけど。」
「漬物ですか…うーん。」
 恵が迷っていると横から
「間違いない!この気配の正体は漬物だ!」
 慶長が口を挟んできた。
「ちょっと黙っていてくれる!才能ナシが!」
 慶長を睨みつけた恵の目は恐ろしく冷たかった。
「ヒィッ。」
 よほどの恐怖なのだろうか、慶長は肩を窄めて小さくなった。
「そうですね。多分これが原因かと。」
 と言うとバイクの泥除けと荷台の間に手を差し出すと何やらブツブツ唱え出した。
「オン…。ワカ…。オン…ワカ…。」
 だんだんと早口になっていく。
「オン…コロ…オン…コロ…オン…ワカーッ。」
 美しい恵の口から聞こえてくる呪文のような言葉は勢いを増しつながり合いだした。
「はぁーっ!」
 最後にそう叫ぶと恵は拳を握りしめた。
 その拳の隙間から眩い光が放たれた。
 亮介は目を硬く閉じなければならないほど、その光は眩しかった。
「な何ですか?何が起きたんだ?」
 一瞬、バイクのタイヤが軽く浮いたような動きがした。
 恵の息が少し荒くなっている。かたく握りしめた拳を開くと、中から少しの黒い煙が立ち上った。
 見ると恵の手のひらには小さな女の子が眠っていた。
 その女の子は薄い着物の上に古代インドの兵士がまとう鎧兜をつけていた。肩当ては薄く平たい。肩の形をそのままかたどったように両肩を覆っている。その肩当てから金属製の留め具が出ていて、胸当てに続く。胸当ても薄く、いかにも軽そうだ。腰当ては太いベルト状の金属でできていて、丸い突起物が装飾されていた。
 まるでそれはインドの神が日本へ渡来して仏になった『天』と呼ばれる仏像達が纏っている鎧のようだ。見た目はかなりシンプルなデザインであるが、機動性重視の薄くて軽いイメージが見て取れる。
 手のひらに乗る程度のサイズなのに、その女の子は明らかに寝息を立てて生きていた。
 恵は手のひらでスヤスヤと眠る女の子を起こさないように優しく、その豊かな胸元の懐にしまいこんだ。
 亮介は呆気にとられてその光景をただ見ているだけだった。
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