第66話

文字数 1,682文字

 八畳ほどの広さの寺務所には、壁伝いに大きな書類棚が置かれ、何やら書類や寺のパンフレットなどが雑然と置かれていた。縁起書やお経に関する書籍も多く見える。そして、横置きにされて大量にあるサイズの違う封筒にはそれぞれ「総本山 龍告寺」の文字が住所とともに印刷されている。
 その書類棚の隣には、急須や茶葉や湯飲み茶碗などが置かれている亮介の身長ほどの食器棚がある。木製の食器棚はいかにも寺の調度品らしく、重厚で歴史を感じさせるものだった。
 棚の向かい側は本堂に向けて窓ガラスが貼られている。寺務所からは本堂が一目でわかるようになっていた。その窓ガラスの下側には、朱印を書くための墨液と硯が大きな机にキチンと整理されて置かれていた。
 ダイニングテーブルのような机が椅子とともに部屋の真ん中に置かれている。
 亮介は足元は畳なのに、ダイニングテーブルという不一致に純和風建築である龍告寺に異様さを感じた。
 亮介はお茶を一口すすった。
 ひと心地ついた亮介はミランを呼び出した。
「ミランは何か知っているのか。」
「はい。知っていると言えば知っているのですが、私の口からは言えません。私の役割はご主人様をお守りすることですので。」
「なんだよそれ。」
「本当に申し訳ないのですが、ご主人様の成長が私の成長にもつながります。いずれ時が来れば理解してもらえると思います。」
「でも、準備をしろって言われた。これじゃぁ何を準備していいかわからないし、何も動きようがないじゃないか。」
「そうなんですよね。でもいずれわかります。それよりマノコの鼓動が少し強くなっています。早く手を打たなきゃです。」
「まぁ、乗り掛かった船だからそのマノコ退治には付き合うけど。」
「ありがとうございます!」
 ミランは大きく微笑んだ。
 ほどなくして、慶長が細長い木の箱を両手で持ち部屋に入ってきた。
 それをダイニングテーブルの上に優しく置いた。
 その箱は煤けて、退色が激しくいかにも年代物のようだ。
 蓋には筆書きで何か書かれているが、ミミズが這いずり回ったような字でかつ、所々経年劣化のため墨が消え途切れていた。
 亮介にはここに何が書かれているのか全く読めない。とにかく、箱の形状や、慶長の扱い具合から、古く貴重なものであることは感じ取れた。
 慶長は慎重に箱の蓋を開けた。
 その箱の中には薄紙に包まれた巻物が入っていた。
 その巻物は、箱にぴったりと収まり全く隙間がなかった。
 亮介はカビと埃の匂いが立ち上ったような気がした。
 慶長は巻物の片側に指を掛け慎重に箱から取り出した。
「この巻物は龍告寺に代々伝わり大切にされてきた巻物の一つです」
 慶長はテーブルの上にゆっくりと巻物を拡げていった。
 相当な年代物であろう巻物だが、中の紙は劣化があまりなく小さな茶色いシミが点々としているだけだった。
 巻物の中は線の細い文字で何やら書かれていた。
 当然、亮介には一文字も読めない。
「この巻物は今から四百年以上前、明暦三年に起きた麓の街の大火災の様子を記しています」
「ほう。挿絵の一つでもあれば分かりやすいのにね」
「いやいや、この内容をお分かりになられると、絵なんてかけないということがわかりますよ」
「これ、何て書いてるの?」
「ここにはこう書いてあります」
 慶長はゆっくり、一文ずつ丁寧に指差しながら読み出した。
「ここに記す。明暦三年、麓の町に大きな火災ありき。火災は三日三晩続き、街のほとんどを焼き尽くしき。わたりは逃げ惑ひ、略奪や暴力がいたるさるほどに驚きき。わざと川沿いの集落はあらゆるものやわたりが消えてなくなり原野となり、いと人が住めるようなる状態にあらざりき。全ての災いは二つの玉が合わさりし時に起こる。この玉を引き離し、封印するが何よりも解決なり。ですな」
「んんん?…なるほど…よくわからん。古文の授業なんて、睡眠時間だもん」
「はぁ、情けないですな。この程度の文章が読めないとは。嘆かわしい」
「うるさいよ!それよりなんて書いてるんだよ!」
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