第92話

文字数 1,042文字

 大雨の中ワンボックスカーに転がり込んだ五人はすぐさまエンジンをかけ龍告寺に向けて走りだした。
 雨は激しさを増し、路面はキラキラと街灯が、弾ける雫を反射させている。途中大きな水溜りや風にハンドルを煽られながらもなんとか五人を乗せたワンボックスカーは龍告寺の門前にたどり着いた。
 山の中腹にある龍告寺からは麓の町が一望できる。
 亮介は異形の者となった部長の顔が脳裏から離れないでいた。
 亮介がバイトを始めた頃の部長は、物腰も柔らかく、柔和な笑顔が印象的な穏やかな人物だった。時々、失敗してオドオドとし、動きや判断が散漫になってしまう小市民のイメージそのままだった。
 立場や肩書きは部長の方がはるかに高いのに、ベテランパートの高木さんにはいつも偉そうに顎でこき使われている印象だった。
 緒方さんが辞めた時も、ブツブツと文句を言うだけで特に取り乱すようなことはなかった。そんな部長がマノコの取り憑かれていたとは思いもよらなかった。亮介がバイトを始めた頃にはもうすでに部長はマノコの手先となっていたのだ。
 亮介は雨に打たれるフロントガラス越しにスーパーマルカツを探した。時折ワイパーが亮介の視界を邪魔するが、スーパーマルカツはすぐに見つかった。なぜなら、スーパーマルカツから狼煙のような黒いモヤが一直線に空へと伸びていたからだ。
 激しい雨音にかき消されてはいるが、あの部長の地を這うような叫び声が聞こえるような気になった。
 ドンッ!
 突然、亮介達の乗ったワンボックスカーに振動が伝わった。
「えっ?何?何が落ちてきた?」
 深雪の声が張った。それは何か柔らかく、重いものが地面から車の屋根に飛び移ってきたような衝撃だった。それから何者かがズルズル、ビタビタと屋根を這う音がする。
「動…いてる…」
 五人は天井を見上げてその音と感触を目で追った。ズルズルとゆっくり這いずるその音は運転席の上まで移動し、静かになった。
 五人の目線はフロントガラスの上部に釘付けになった。何者かがこの車の屋根に乗っている。実際はわからないが、確実に気配は感じる。激しく打ち続ける雨の音とは違う不気味な音に車内の空気は重く、息苦しさを感じた。
 次の瞬間ヌーッと屋根から部長のニヤケ顔がフロントガラス沿いに現れた。その髪は濡れて逆立ちボンネット側に垂れ下がり所々額にピタリとくっつき雫を滴らせていた。顔の頬はニヤけた唇とともに歪んでいる。その血走った眼球には力があり車の中を睨みつけていた。
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