第105話 エピローグ

文字数 1,313文字

 高校を卒業した亮介は前から憧れていた東京の大学に進学した。それから四年、亮介は楽しく人生のモラトリアム期間を過ごした。大学ではスキーサークルに精を出し見事にギリギリの成績で何とか単位をやりくりし、卒業までこぎつけた。東京ではスーパーのアルバイトはせずサークル仲間に紹介された塾の講師を三年間続けた。やはり大学生という地位を使ってするアルバイトは高校生の頃よりも圧倒的に実入りが良かった。
 地元への帰郷は年を追うごとに少なくなり、卒業する頃には年に一度年末年始に帰るだけとなっていた。
 地元のことや龍告寺の事は忘れたわけではないが日々の忙しさの中で忙殺されていた。
 ちょうどその頃、世の中の景気は回復し、売り手市場だった就職活動は思うようにいきすんなりと大手商社に決まった。あまりの簡単な就職活動であったので、内々定の通知が来ても実感はわかず、リクルートスーツは実家に送れないでいた。
 東京の大手商社は思った以上に忙しく、あっという間に五年の月日が立っていた。亮介は二十七歳になっていた。
 ブッケンの連中や龍告寺の面々はというと、恵は身も心も完璧な女性となり、今は龍告寺の立派な尼僧となっている。
 ブッケンの男二人は高校を卒業して二人とも一年浪人して二人とも地元の大学に通い、二人とも地元の小さな印刷会社に就職した。今でも二人でフィールドワークと称していろんな場所の不思議なことを探している。
 深雪は慶長と結婚した。なんやかんや色々あったが、二人は結ばれる運命にあったのだろう。そして、必ず男子を二人授かるはずだ。その運命も受け入れての結婚だから絆は固く深い。来年あたりに第一子が生まれるだろう。
 四月の晴れた朝。満員の電車は都心に向かって重たそうにその身をきしませている。東京に出てきて九年目の春、さすがに満員電車にも慣れた。いつもの駅を降り通い慣れた道を会社に向かって歩く。
 着慣れていないスーツ姿の若者と何人すれ違っただろう。爽やかな風がオフィス街を撫でていく。
 亮介は会社のデスクにカバンを置きいつもの挨拶を交わして、パソコンのスイッチを入れる。一息ついた頃にいつもの朝礼が始まる。
 課長の高島の挨拶から始まるのがいつものパターンだが、今日は少し様子が違う。
「おはようございます。」
 高島が幾分緊張気味に朝の挨拶をした。
「おはようございます。」
 ダラダラといつものようになんとなくみんな返事をした。
「今日から新しくウチの部署で働いてくれる新人さんを紹介する。」
 高島課長の少しの緊張の意味がわかった。
 先週、人事発表があって、ウチの部署に新卒生が入って来るとのことだった。今日がそのお披露目の日だ。
「じゃ、自己紹介よろしく。」
 そう促された真新しいスーツに身を包んだ女子社員の肌は抜けるように白く、真っ赤に染まった口元は小さく閉じられて、小ぶりな鼻と、キリッと上を向いた眉毛が美しかった。薄いグレーがかった大きな瞳が印象に残る。
 彼女の少し開いた胸元には小さな水晶玉のペンダントが光っていた。
                                        完
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