第18話

文字数 970文字

 本堂を抜けると渡り廊下の長い橋があり、観音堂につながっている。観音堂はさほど広くなく、普通の教室の半分くらいの大きさに感じた。正面にごく最近作られたのかピカピカと黄金に輝く十一面観世音像が安置されている。左に先ほど亮介が用を足したトイレがあり、右側には横開きの障子のような曇りガラスの扉があった。
 慶長はその扉をそっと開けて中に入っていった。続いて亮介も中に入った。
 部屋の中は暖かく、初夏の日差しが差し込んでいた。八畳ほどの広さの畳の部屋は良く整理され、清潔感があった。
 その部屋にさっきの儀式で除霊された女の子が布団に寝かされていた。
「この子の名前はコバトといいます」
 慶長はコバトの枕元に座り、軽く合掌した。亮介もその横に座り、じっとコバトの顔を眺めた。コバトはスヤスヤと優しい寝息を立てて深く眠っている。寝顔は穏やかでこうしてみると、どこにでもいる普通の少女といった感じがする。
「亮介さんもお分かりのようにこの子は、普通の子ではありません。」
 慶長はゆっくりと話し出した。
「コバトの母親は本当にコバト思いの優しい女性でした。顔は美しく、人懐こい近所でも評判のお母さんでした。コバトもそんな母親が大好きでいつも足元に絡みついては優しい笑顔を求めていました。しかし、この子の母親がある日突然鬼の形相でコバトを罵り出したのです。そのきっかけは些細なものでした。コバトの服が汚れていたとかそんな程度の事です。次第にそれは暴力に変わりました。しかしその暴力はコバトにではなく母親自身に向かいました。恨み辛みの言葉を吐きながら刃物で自分の体を切り刻み始めたらしいです。それは口にするのも恐ろしいくらい凄惨なものでした。実は、この子の母親はマノコにやられていました。」
 ゆっくりと話す慶長の声が部屋全体の静けさに響く。
「コバトは恐ろしくなりこの寺に逃げてきました。その時は裸足で足の裏は傷つき血が滲んでいました。母親の返り血を浴びて服は真っ黒に汚れていました」
「それで?」
「この子は寺に保護されました。母親はそれ以来行方不明です」
「この子の父親は?」
「わかりません。もうすでに他界されてるのかもしれません」
 亮介はコバトの過去を知り愕然とした。こんな小さな子がそんな悲惨な過去を持っているとは思いもよらなかった。
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