第34話

文字数 722文字

 なぜか鼻の奥が熱くなり涙がこぼれ落ちていた。今はこの部屋には誰もいない。亮介は流れ出る涙を拭うこともせず、ただただ自然の成り行きに任せておいた。
 亮介の涙はコバトの真っ白な頬の上にポトポトと細い筋を描き出した。
 コバトは穏やかに寝息を立てているだけだった。

 亮介が寺務所に戻った時、慶長たちの姿はなかった。亮介は置きっ放しになっていた自分の荷物を持って本堂へ出てみた。
 相変わらず薬師如来は優しく微笑んでいた。
 境内の方へ目をやるとブッケンの三人が松の木の下で所在なさげに立っている。
 本堂から数段の階段を降り、靴を履き亮介が三人に向かって歩き出した。
 深雪が亮介に気づき、手を振った。
「中川!このお寺って面白いねぇ。すごく好きになっちゃった。」
 深雪の顔はまさに好奇心丸出しでキラキラしている。
「それに、これもらっちゃった。」
 深雪は右手を差し出した。その手首には黒くて小さな数珠が巻かれていた。
 門田も西村も同じように右手に数珠をはめている。二人ともグヒグヒと奇妙な笑い声を立てていた。その数珠を満足げに眺めている。
 きっと二人なりの表現なんだろう。とにかく喜んでいることは理解できた。
「それは何?」
 亮介が聞いた。
「えっとね、この数珠は特別な力が宿ってるお守りで、もしもの時には私たちを必ず助けてくれるんだって。チョーカッコいいでしょ。」
 深雪は手首をクルクル回しながら、目の前に持ってきた。
「ふーん」
 お守りとかお札とかの類にはあまり興味もなく、信じることもない亮介はただ相槌を打つだけだった。
 ブッケンの三人は龍告寺がえらく気に入ったみたいで、慶長から聞かされた話を事細かに亮介に話した。
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