第102話

文字数 899文字

 本体は高らかに宣言した。
「勝った!二百年前の忌まわしい記憶から解放され、我々は勝ったのだ!」
「そんな…。」
 深雪が門伝いに体を小さく畳んだ。
 空から降りてくるモヤはもう完全に雲から離れ、半分ほどになっていた。
「ゆっくり見ていようじゃないか。我々の二百年の悲願が達せられ、愚かな人間が無様に負ける瞬間を。」
 マノコ本体が勝ち誇ったように言った。
「嘘だろ。」
 亮介の目からは涙がこぼれ落ちた。慶長、良観、通玄の三人はまだ諦めていないのか読経を続けている。
 門田と西村は門の前に座り込んでいた。
 亮介はこの光景を記憶しようと思った。たとえ敗北の瞬間でも、この景色は見届けなければならない気がした。人間の敗北の瞬間を俯瞰の目で見た男がいたこと、それを後世に伝えていくことが後々マノコの支配から解放される一助となると信じて。
 亮介はポケットからスマートフォンを取り出し、録画ボタンを押した。ここに記録される景色は、少し賑やかなただの夜景だろう。普通の人はマノコは見えない。ここに記録されるのは何軒かの火事の様子とサイレンの音だけだ。しかし、何世代後になるかわからないがこの映像の本当の意味を知る人物が必ず現れると信じている。
 亮介は涙でスマートフォンの画面がよく見えなくなっていた。
 モヤは高いビルやマンションの陰に隠れるほどまで短くなっている。雨はもうほとんど降っていない。三人の僧侶の声は虚しく力強く聞こえた。龍告寺の境内に諦めと絶望の空気が重く包み込んでいる。
 その時、龍告寺の本堂の中が明るく輝いた。その光は強烈で、本堂の柱や欄干が影となり、幾筋もの光が境内を照らし出した。
 その眩さに亮介は振り返り深雪は顔を上げ、門田と西村は佇み目を細め、三人の僧侶は読経をやめた。その光の中に二人の人影が見えた。一人は恵だった。
「コラッ!女の子が泣いてるじゃない!情けない男どもだなぁ。まったく。」
 恵は大きな声で門に向かって言った。
「男だったら、女の子にはこうして優しくしなさいよ!ましてや、泣かすなんて最低だよ!」
 その傍に立ち手を繋いでいる小さな影はコバトだった。
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