第93話

文字数 930文字

「逃げられませんね〜。残念ですぅねぇ。ギェッギェッギェーッ」
 気のせいではなかった。実際に五人の耳に部長の叫び声が聞こえていたのだ。
 慌てて慶長はワイパーレバーを最強にした。部長の歪んだ頬をワイパーが叩く。その度に
「エゲッ、エゲッ」
 と呻き声が聞こえた。
「早く車から出ましょう」
 慶長が叫んだ。
 結界が貼られている龍告寺内はマノコは入ってこられない安全地帯になる。
 龍告寺の門扉は閉じられている。五人は車から飛び降り、横の小さな通用門から境内に転がり込んだ。
「ギャワーワッワッワッワー!」
 門の向こう側で部長の雄叫びが激しい雨音とともにこだました。
 本堂から良観と通玄が駆け寄って来た。
「何事だ!」
「とてつもない邪気が感じられる!」
 二人の手には長い数珠が握られている。
 通玄が門の内側に数珠を掛けて、念仏を唱え出した。
「とにかく奥へ」
 良観は五人を本堂へ連れていった。
 ドンッ、ドンッ
 門扉を蹴破ろうとしているのか大きな木槌で叩かれるような音が門の外側から聞こえて来た。その音がするたびに内側にかけられた数珠が大きく波打つ。通玄はひたすら念仏を唱えている。
 ドッドッドッドッ
 その音は激しさを増していく。門を叩く音と通玄の念仏の声が雨音と混じり合う。
「とりあえず、ここにいれば安全だ。この寺の結界は絶対に破られない」
 本堂の庇の下で五人は腰を下ろした。激しかった雨は少し勢いが弱まっているようだ。
 規則正しく打ち付けられる門からの音、その度に揺れる数珠と空気、雨の音、濡れて重たくなった服、悪臭、恐怖と悪寒。震え。寒さ。いつ終えるやも知れない戦い。これに巻き込まれた自分を思い、亮介は夜空を仰ぎ見た。
 ブッケンの三人は本堂の石段に腰掛けている。やはり恐怖で小刻みに体が震えている。
 慶長は深雪の横で佇んでいる。
 雨は徐々に小雨になってきた。門を叩く音の間隔があきだした。
 ドンッ…ドンッ…ドンッ…
 ついに、諦めたのか門扉は叩かれなくなった。
 通玄は念仏をやめない。雨はサラサラと空気を湿らせる程度になっていた。
 龍告寺の空気は重く、誰も物音一つ立てなかった。ただ、通玄の読経だけが薄く鳴り響く。
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