第76話 除霊

文字数 985文字

 通玄は薄暗い本堂の真ん中にあぐらをかいて座っている。目の前には懐かしい薬師如来像がある。両脇のろうそくの火に照らされて、その仏像の陰影が濃くハッキリと現れている。
 外はサラサラと薄い雨が境内を覆っていた。
 広い本堂の板間は静かで冷たく体の疲れを癒してくれるようだった。
 この家に生まれたからには僧侶になる事は義務付けられていた。通玄は幼い頃から四歳歳上の兄とともに僧侶になる修行として剃髪はもちろん書や読経の他に掃除、身の回りの整理整頓などを厳しい戒律の中で徹底的に叩き込まれた。
 その厳しい戒律から飛び出し大人になった今でもその習慣は、長年放置された金属のサビのように根深く身について剥がれてはくれない。
 この寺と地域にまつわる話を聞かされたのはが十二歳の時だった。
 代々、この寺には男子が二人できる。女子も生まれる時もあるが、必ず男子は二人できる。そして、必ずどちらか一方の男子だけがこの寺を継ぎ、守っていく。もう一方には子は恵まれず、寺から追い出され、この寺に関するあらゆる物事から縁を断ち切られる。自死となるケースもあった。先祖たちはそうして代々一人でこの寺を守ってきた。
 この寺と地域に関わる因習的なルールを破り、町そのものから飛び出したのは八年も前になる。
 年齢の差からいって兄が先に結婚することは自然な流れだった。通玄は兄の結婚を心から喜び、龍告寺の存続が約束された事に安心した。だがそれと同時に、自分がこの寺から退かなければならない事も受け入れなければならなかった。通玄は自らの置かれた境遇や運命とこの理不尽さの狭間で必死に戦ってきた。自分の欲や煩悩を断ち切り、世の泰平を願いこれまで以上に修行に打ち込んだ。
 しかし、通玄は恋をしてしまった。この恋心は強烈で抗うことは出来なかった。そして、通玄は気持ちを伝え、愛を語った。
 人は八年経てば人相も変わる。おそらく、よほどの関係者でない限り、八年前の通玄と今の通玄とは結びつかないだろう。
 剃髪で剃り上げていた髪はボサボサにのばされ、ヒゲは生え放題生やされている。目は落ちくぼみギラギラとしている。痩けた頬から通玄の今までの荒んだ生活が滲み出ている。真っ黒の裳付けと呼ばれる法衣はヨレヨレになり、裾は泥で汚れ、所々破れて穴も開いていた。
「久しぶりだな」
 良観が通玄に声をかけた。
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