第61話

文字数 1,167文字

 龍告寺の門前はシンと静まり返り、亮介のバイクの音が普段よりもけたたましく聞こえる。亮介は龍告寺の門前にバイクを止めた。
 亮介はヘルメットを脱ぎバイクのインジェクションキーを左に回しエンジンを切った。エンジンの残響と入れ替わるように、あらゆる周りの音がクッキリと耳に届いた。緩やかな風に揺らされ、隣り合う葉が擦れ合う音、それによりきしむ枝、翔陵川の穏やかな水音、麓の幹線道路を走り抜ける車のエンジン音が遠くに聞こえる。
 亮介はさっきまでバイクのライトに照らし出されていた龍告寺の門を見上げた。いつになくこの巨大で違和感のある門前は来るものを威嚇し、この門を潜ろうとするものを拒んでいるようだ。玉を咥えた龍の目が眼光鋭くこちらを睨んでいる。ましてや、今の空は漆黒の闇に覆われている。大きく明るい月は巨大な門の後ろに隠れ、逆光となり光だけがその門の輪郭を際立たせていた。
 主となる門扉の右側に勝手口が添えられている。大人がギリギリ通れるほどのその小さな鉄の扉が少しだけ隙間を作っていた。亮介はその勝手口を開きそろりと中を覗き見た。
 境内に光はなく、左右に植えられている松の木も闇に隠れてその存在も小さくなっているようだ。周りの雑木から聞こえてくる小さな虫たちの鳴き声が静けさをより際立たせる。
 妙に明るい月明かりが本堂の影をこちらに引き伸ばし、そこから漏れるロウソクの明かりを薄くボンヤリと淡くさせていた。
 亮介はゆっくりと本堂に向けて歩き出した。
 玉砂利の足音だけが辺りに響き渡った。

 本堂の中は薄暗く、薬師如来像の足元に太いロウソクが二本、小さな炎を揺らしていた。下からロウソクの炎に照らされた薬師如来は、黄金色に染まり顔の陰影がよりはっきりとし、微笑みを浮かべている口元が妙なリアリティーを持っていた。相変わらず、右手は上にあげ、手のひらをこちらに見せ薬指だけを少し前に出した独特のポーズはこの仏像が薬師如来像だと言うことを物語っている。左手の上に乗せられているコロッケは昼の太陽光でみる雰囲気とはまるで異なり、ロウソクの少ない光量で衣にあたるモコモコとした柔らかそうな感じはなく、むしろ恐ろしく鋭い無数の突起物のある投擲系の武器のようにも見える。
 この薬師如来は昼の顔と夜の顔の両面を併せ持っているようだ。
 両脇に脇侍として備えられている日光月光の両菩薩は薬師如来像より少し前に置かれているので、ロウソクの光は足元から背中にかけてボンヤリと照らされている。この両菩薩がちょうど光の分散を抑える壁のような役割をなし、また背中の金箔が光を反射させその反射光が薬師如来を照らし続けるかたちになっている。そのため、薬師如来像の輝きに比べ、背後からの斜光気味に光が当てられた両菩薩は暗くその表情は夜の闇に溶けていた。
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