第7話

文字数 2,176文字

 先日の雰囲気とは随分違って、今日は慶長の声が穏やかに聞こえる。
「先日は誠に申し訳ない事をしました。改めてお詫びを申し上げます。」
 また深々と頭を下げる慶長は、何年も厳しい修行に耐え忍んで酸いも甘いも経験した立派な僧侶のようにも見えた。
「いえ、こちらこそお呼ばれに遠慮なく来てしまいました。」
 そう答えた亮介に慶長は
「いえいえ、よくお越しくださいました。どうぞこちらへ。」
 と本堂の中へ誘い込んだ。
 本堂の中は、薄暗く、畳が敷き詰められた広間となっていた。ど真ん中に小ぶりな薬師如来像が祭壇の上に立っていて、キラキラと陽の光を浴びていた。
 この薄暗い本堂の中では、陽の光を反射させた黄金の薬師如来がまぶしく輝き、自らが光を放っているかのように錯覚する。
 亮介はその薬師如来像に違和感を感じた。
 あまり、仏像には詳しくない亮介でもこの違和感の原因はわかる。
 本来、如来や菩薩といった御本尊となる仏像は蓮の上に座っていたり、立っていたりするものなのだが、龍告寺の薬師如来は平たい円盤の上に立っていた。まるでそれは、皿のようだった。
 皿の上に立っている薬師如来がメインデッシュで、その横にある月光菩薩と日光菩薩が付け合わせの野菜か何かのようだ。
 そして、祭壇に至るまでの、一段低いところには箸と思われるような二本の細長い直方体の物体が置かれていた。
「ここの御本尊さまは薬師如来立像でございます。」
 慶長がゆっくりと話し始めた。
「周りにおられる方が薬師如来さまをお守りする月光菩薩と日光菩薩でございます。」
「あのー、この仏像は他の仏像とは少し趣が違うようなのですが。」
 思い切ってたずねてみた。
「そうです。龍告寺の薬師如来さまは全国でも珍しい、食材を守ってらっしゃる仏様なのです。」
「はぁ。」
「これらの仏像は全て我々が口にするあらゆる食材をモチーフにして作られました。」
 確かに、改めて三体の仏像を眺めて見ると、薬師如来の足元には鯛やヒラメなどと魚をモチーフにかたどった装飾がされていた。
 向かって左の月光菩薩の足元はナスやキャベツ、ピーマン、それにキノコ類もある。
 反対の日光菩薩の足元には、明らかに肉である。骨の着いた肉や、スライスされた肉等、亮介が見て来た仏像とは明らかに異なっていた。それに、仏像たちの囲い飾りも、様々な食材の形をしていた。
「薬師如来さまのお手元をご覧ください。」
 その言葉に導かれるように亮介は視線を上に持ち上げた。
 優しく微笑みかけてくるような柔らかい表情の薬師如来の右手は肘を曲げ五本の指は柔らかく広げられている。薬指だけが少し前に出されていた。左手の手元には、モコモコとした楕円形の物体が置かれていた。薬師如来は手を少し前に出しているので、その物体を差し出している形になる。
「本来、薬師如来さまの左手には薬の入っている徳利のような薬壷をお持ちになられているのですが、我が寺の薬師如来さまの手にはコロッケが置かれています。」
「はあ?」
「コロッケです。」
「コロッケですか?」
「コロッケです。」
「ふざけてますか?」
「コロッケです。」
「いや、なんでコロッケ?」
「それは、よくわかりません。」
 慶長の言葉に嘘や偽りはなかった。
「月光菩薩さまのお持ちになられている持ち物をご覧ください。」
 月光菩薩は右手を持ち上げて、左手は垂らしたようなポーズをとっている。もちろんそれと対になるように日光菩薩もまた、逆の手で同じポーズをとっている。少し腰を捻ったような曲線的なラインはどこか女性的である。
 それぞれの手には先ほどの薬師如来のコロッケほどではないものの、同じような楕円形の物体が持つというより、つまむように右手と左手にあった。それらを繋いでいるのは柔らかい曲線の布のような白いものである。
「ナゲットです。」
「はい?」
「チキンのナゲットです。」
「なんで?」
「チキンナゲットが柔らかい布でつながっております。」
「いや、だからなんでチキンナゲットなの?」
「……。」
「なんで?」
「…なぜでしょう…。」
「…わかりません…てか、俺がわかるわけないでしょ!」
「私にもわかりませんよ!なんで御本尊さまの手にはコロッケで、周りの菩薩さまにはチキンナゲットなのか?それに、周りの囲いを見てください。囲いの四隅には大抵丸いスライムのような形の擬宝珠が置かれるのに、なんでウチはこんなんなんですか?」
 よく見て見ると、寺社仏閣の橋の欄干や手すりについているスライムのような擬宝珠がこの寺のは少し違っていた。
 慶長が向かって左手の奥から説明する
「アレが、イチゴのショートケーキです。そして手前のがソーセージでしょ。右の手前のが餃子ですし、奥のがたこ焼きです。」
「はぁ。…庶民的なものばかりですね」
「なぜこのような装飾がされているのか謎です。」
「………」
 亮介はこの寺に何を思うのかよく分からなくなっていた。普通に想像できる範囲をはるかに超えたこの寺に混乱していた。
 長い沈黙が流れた。二人とも何も喋らない。というよりも、何を話していいのかよくわからなくなっていた。本堂の外では暖かい初夏の風が吹いて、女の子のつくボールの音だけが遠くに聞こえていた。
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