第67話

文字数 1,054文字

「要するに、明暦三年、麓の町で大きな火災がありました。この火災は三日三晩続き、町のほとんどを焼きつくしました。人々は逃げ惑い、略奪や暴力が街のいたるところで起きました。特に川沿いの集落はひどくて、あらゆるものが無くなり原野と化しました。とても人が住めるような場所ではなくなりました。」
「えー、それって俺が住んでる街のこと?」
「はい。この麓の街のことです。それよりもここからが肝心なところなのです」
 慶長は続けた。
「すべての災いは二つの玉が合わさったことから始まりました。この二つを引き離し、封印しなければこの災いはおさまりません。とあります」
「二つの玉?なんだそれ?」
「それが、ここまでしか書かれていないので、よくわからないのですよ」
「なんだそれは。結局、この近所で大きな家事がありましたよーってことじゃん。ただの災害記録ってことね」
「まぁ、そぅ、ですね」
「それってよくあるよね。津波とか地震とか火山の噴火とか。聞いたことあるよ。寺とか神社とかにそんな記録が残されてるって」
「えぇ、まぁ。でもこれは大きな意味があると思いませんか?」
「いやぁ、でも、何か本当に絵でも描いていてくれたらもっと具体的に伝わるのに」
「我が寺に絵巻物はございません。すべて文字だけの記録しかござらんのです」
「はっはぁ、アンタ達はもしかして、絵がヘタクソ家系なんじゃ?」
 慶長の顔が急に曇った。
「えっ、図星」
「確かに私の描く絵はお世辞にも上手いとは言えません。小学校の図工科で君の絵の人物はみんな裸なんですねぇ、なんて言われたし、虎を描いたつもりが馬っぽいって言われたし、友達をモデルにする課題ではその友達がなぜか私の描く絵を見て泣き出してしまいましたし…」
「いや、その」
「私は全身全霊をかけて課題にチャレンジしたんです。それなのに、ああぁ、それなのに。なぜ泣く?なぜ泣かせてしまったのでしょう?」
「あぁ、わかったから。アンタまで泣きそうじゃないか。ゴメン。何か確信めいた急所を突いてしまったようだ」
「いえ、すべて私の不徳の致すところです。修行がたりません」
 慶長は涙をぬぐいながら、立ち上がり巻物を片付け始めた。
 亮介はその様子をただ黙って眺めるしかなかった。
 重たい空気が寺務所を包み込んでいた。
 それからの慶長の落ち込みようは酷いものだった。亮介は何か居た堪れない気持ちになってそそくさと龍告寺を後にした。結局何もわからずじまいであったが、コバトの灰色の瞳だけが印象に残っていた。
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