第74話

文字数 2,306文字

「イア!トゥ!ハァッ!」
 ミランの声だけが黒いモヤの中から聞こえてくる。
「ミラン!」
 亮介は大きく叫んだ。
 モヤの厚みは増していく。もうほとんど食パンの山全体を黒いモヤが包み込んでしまっている。ミランの声も分厚いモヤに阻まれ小さく聞き取りにくくなっていた。
 するとその時、突然亮介が握りしめていたブレイドが熱く熱を持ち、明るい光を放ちだした。
 虹色に輝くその光は食パンを覆っているモヤに向けて放たれ、中にいたミランを透かし照らした。
 ミランは全身をモヤに包まれ身動きが取れなくなっていた。
 ブレイドはその光が漏れるかのように、ちょうど真ん中から亀裂が入った。ブレイドの裂け目は徐々に広がっていき、中からまぶしい光が溢れ出だした。
 亀裂が完全に開くと、ドーム型だったブレイドが卵のように楕円球になった。そのなから、プリズムのような様々な光の筋が放たれた。その光の筋に乗り滑るようにそれぞれの甲冑を身につけた小さな少女が五人現れた。
「苦労してるようだね。ミラン」
 西洋風の甲冑ロリカ・セグメンタタに身を包んだ金髪の少女はミランに言った。
「アキ!」
 ミランが叫んだ。
「助けましょうね。」
 褐色の肌の少女は古代インドの戦士が身につけるような薄い胸当ての甲冑を着ている。布製のブーツは分厚く、腰には短剣を差している。
「バルーザ!」
「もう大丈夫だよ。」
 三つ編みのお下げ髪の頭に鳥の羽を一本さした鉢巻をした少女は鞣し革の服を着ている。手には身長ほどの槍が握られている。首から色とりどりのネックレスを何重にも重ね、顔には三本線がメイクされていた。インディアンの戦士のようだ。
「ワナギーさん」
「ふぅ。早くやっつけちゃいましょ」
 前たてが鬼のツノのように湾曲し、吹き返しが大きくめくれ上がった平たい兜をかぶった日本風の鎧を着た少女はクールに言った。
「ニッポまで」
「まったく情けないね。ほら、新しい槍だよ」
 長くて白い上着にターバンのようなヘッドピース、肩から革製の分厚いベルトをたすき掛けにし、手にはブーメランのような形の湾刀を手にした世界一勇敢で勇猛なグルカ兵の伝統的な戦闘衣装を身につけた少女がミランに新しい槍を投げ渡した
「ありがとう。グルーガ」
 ミランは飛び上がりグルーガが投げた槍を空中でキャッチした。
 六人は円を描くように旋回しながら、食パンに向かって降下してしていった。
 グルーガがククリナイフと呼ばれる湾刀でモヤを蹴散らし、ぽっかり空いた穴に向けてニッポが弓を連射する。その後を追うように槍を持ったワナギーが突っ込む。モヤは突っ込んできたワナギーを捉えようと触手を伸ばしてきた。それを腰から短剣を抜いたバルーザがガッチリ受け止めた。その横をすり抜けるようにワナギーが食パンに槍を突き立てた。
 モヤは悶えるようにその全貌を露わにし、食パンから飛び出してきた。蛇のように体をくゆらせのたうちまわるように空中へと登っていくモヤに、アキが大きな刀で切りつける。その切れ味は鋭く、モヤはいくつかの破片に切断された。モヤの先端、生物なら頭にあたる部分をめがけて槍を構えたミランが錐揉みしながら突撃した。ミランはモヤの先端を槍に突き刺したままモヤもろとも食パンに突っ込んだ。
「ギィエーッ」
 モヤは金属をこすり合わせるような強烈な叫び声をあげると、意思を持ったかのように動いていたモヤが霧散し始めた。黒い埃のような塊はほどけ、空中に舞い上がる。やがてそれらは散り散りに広がり、空気に溶けていった。
 モヤが晴れていくと、そこには食パンに突き刺さった紅い槍とそれを手に仁王立ちしているミランがいた。
 その周りには五人の戦士が輪を描くように浮いていた。
「終わったね」
 アキがみんなに確認するように言った。
「いやいや、中々の敵でしたよ」
 ワナギーが安心したように言った。
「やっぱり余裕だったね」
 ニヤッとしながらグルーガが言った。
「あー、疲れた」
 首を回しながらバルーザも言った。
「早く戻りましょう」
 最後はニッポがクールに呟いた。
 ミランは上空で浮くみんなに向かって
「どうもありがとう」
 と頭を下げた。
「じゃ」
 とアキがいうと五人は亮介の手の中のブレイドに戻っていった。五人がブレイドの中に入ると、開いていた蓋は素早く閉じられ、元のドーム型のブレイドに戻った。もう熱は感じられなかった。
 後には少し歪んだ食パンの山と、静かに漂う空気だけが残された。
 亮介はミランに聞きたいことが山のようにあったが、ここでミランと会話しても他の人にはミランが見えない。多分その光景は亮介が独り言で興奮している滑稽な場面に映るだけだろう。亮介はミランとの話を後に回し、深雪の様子を伺った。
「大丈夫だった」
「うん。ビックリした。急に手首が熱くなって、数珠を外したら持てないくらいで落としちゃった」
 床に落とした深雪の数珠は紐が切れてバラバラになっていた。
「あらぁ、せっかくの数珠が壊れちゃったね」
「うん。でも、なんだか熱かったのはあの時だけみたい。今は全然だもんね」
 床に散った数珠の玉を眺めると、真っ赤になっていた数珠が今は黒くむしろ冷たそうに感じた。きっと深雪が手首から外した時についたであろう、床には焦げ跡が数珠の形にはっきりと付いていた。しかし、深雪に何もなく亮介は少し安心した。
「おいおい、なんの騒ぎですか。バタバタとうるさい。せっかく仕入れた食パンの袋、破いたりしないでくださいよ」
 クロークからぶつくさ言いながら部長が出てきた。
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