第16話

文字数 876文字

 遠くで、読経の声が聞こえている。独特のリズムと抑揚で読まれる経は、亮介の目を覚まさせるのには程よい音量だった。
 ふと、目を覚ました亮介はよほど深い眠りから目覚めた以上の爽快感に包まれていた。亮介は畳の上に敷かれた布団の中で目が覚めた。こんな爽やかな目覚めは今まで感じたことがないくらいに、頭の中は晴れ晴れとしている。まるで、これまで生きてきて身にこびりついた汚れや汚物を全て洗い流し、清潔で潔癖な状態で生まれ変わったかのような快感を感じていた。
 亮介は体を起こし、周りを見渡すと自分のいる場所が龍告寺の本堂の片隅にいることが分かった。経を読んでいたのは慶長だった。
「ん?」
 慶長の経が不意に止まった。
「お目覚めですか」
 慶長がこちらを見ながら言った。
「何やら楽しい夢でもみていられたのですかな?ニヤニヤとされていましたよ」
「今、何時ですか?」
「二時を少し過ぎた頃でございますよ」
 ここへ来たのが正午過ぎだったからさほど時間は経っていない。
 亮介は立ち上がって、慶長に近づいていった。
「んーん、だいぶと楽しんでらしたのですな」
 慶長の視線が亮介の下半身に向かう。
 亮介は確認するようにその視線の先を追って見た。
 亮介のズボンのチャックが盛り上がっていた。
 慌てて下半身を隠して
「なんなっ、なんだっていうんだよ」
「いや、私は別に。ふふふ」
「生理現象だよ!仕方ないじゃないか!」
「はい?私は別に、なーんにも。ふふふ。お元気そうで何よりでございます。ふふふ。」
 もう一度視線が下に向かった。
「ちょっと、いい加減にしろ!それより、トイレはどこだよ?」
「そうですわね。私も経験がありますよ。それは。早く出して来てくださいねー。」
「変な言い方するなよ!」
「御本尊の裏に出口がありますから、そこから、橋を渡って右手に厠がありますよ。」
 亮介は前かがみになってトイレに急いだ。
 外は五月の終わりの少し湿度の高いでも、清かな風と柔らかい太陽が優しく辺りを照らしていた。
 亮介は排尿を済ませた後、本堂に戻って来た。
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