第57話

文字数 2,434文字

 しかし、確実に亮介の手にしている上着はいつもと様子が違う。
 不思議に感じて、亮介は内ポケットに手を入れてみた。
 手に何かプラスチックのような手触りのものを感じた。それは、平べったく、楕円形の手のひらサイズの大きさだった。
 昔、小学校の友達がハワイに旅行に行ったとかで、安っぽいサーフボードのミニチュアキーホルダーをクラスの男子全員に買ってきたことがある。ヤシの木と赤から紫に変わるグラデーション柄がいかにも南国風のデザインで亮介は美しいと思い気に入って上靴入れに付けていたことがあった。亮介が高学年になってからそのキーホルダーは、上級生との喧嘩でつなぎとめていたチェーンから無残に引き千切れ、何処かに飛んで行ってしまったが。
 そのキーホルダーよりも少し大きめのツルツルした手触りのそれは少しだけ熱をもっていた。
 内ポケットから取り出して見てみると、透明のプラスチックのようだった。見た目はまさしくサーフボードで、側面は面取りがされて丸みがあった。
「こんなもの俺、もってたかな?」
 親指と人差し指で、つまむようにそれを眺めた。重さはそんなに重くない。亮介の持っているスマートフォンほり少し小さいぐらいか。裏からも表からもじっくり眺めてみると、クロークの照明に反射してそれはキラキラと虹色に輝いている。
 このキラキラは嫌いではない。
 少し眺めていると、ミランが内ポケットから少し顔を出して
「やっと届きましたか」
 と言った。
「うわっ!突然出て来るなよ!」
 亮介の声が少し上ずってしまった。
 もしミランと話しているところを他の誰かに目撃されてしまうと、独り言で感情的になっているおかしな奴としかうつらないだろう。亮介は辺りを見回し、誰もいないことを確認した。
「お前は基本的に人には見えないんだから、出て来るときは気をつけてくれよ」
 亮介は声を潜めてミランに言った。
「申し訳ありません。嬉しくてつい」
 ミランはいたずらっぽい笑顔を亮介に向けた。
「嬉しくってって、これのことか?」
 亮介は少し重さを感じる不思議な物体を自信の顔に近づけた。
「なんだこれ?」
「それは、ご主人様の武器であり、お守りです」
 ミランが内ポケットからゴソゴソと這い出して亮介の目線の高さまで浮いてきた。
「これは、ブレイドと言いまして、もしマノコが近くにいるとそれが熱く反応します。これがあればいちいちしらみつぶし的にマノコを探さなくても、大丈夫でしよ」
 ミランはニコニコしている。
「お前、なんだか嬉しそうだな。」
「だって、私はご主人様に助けていただいたんですよ。あのままだったら、私もマノコになってしまって今頃は誰かに悪さをしていますよ。それを止めていただけた。そのご主人様がマノコ狩りに参加してくださるなんて。そんな嬉しいことはございませんわよ。」
「いや、俺は無理やりに付き合わされているだけで、マノコ狩りなんて興味ないんだけど。」
「またまた、そんなことおっしゃらずにぃ。」
「いや、ホントなんだけど。」
「でも、ご主人様は私のマノコ狩りに少しは気持ちが熱くなりませんでしたか?」
「いや、まぁ。」
 確かに、あの気持ち悪さの中にミランを本気で応援している自分がいたが、あれは、苦痛から早く抜け出したい一心がそうさせていただけだった。
「このマノコ狩りは運命なんです。逃れられないのです。」
 ミランの顔が少しだけ真面目になった。
「それに、ご主人様には特別な力が宿っています。それは、私のような経験の浅いマノコでもわかります。ご主人様からビンビン強烈な波動を感じます。」
「はぁ?俺には何にも変わったところなんてないけどな。お前みたいな変なモノが見えるようになった以外は。」
「それですよ。もう、それが正解なんですよ。私とこうしてお話しできてる段階で、ご主人様は力を開花させてらっしゃる。それに、この状態は普通の方から見れば十分おかしな人ですよ。」
「それは、そうだろうけど。」
「もう諦めるしかないのです。きっともう直ぐ大きな何かがやってきますから、その時までにしっかりと準備しておかないと。」
 ミランは何かを警戒するような目になり遠くを眺めた。

 外に出るとすっかり日は沈み、肌寒い5月の夜風が身を包んだ。
 学生服のシャツのままではまだ夜は寒い。この時期はいつも服に迷う。
 学生服のジャケットを羽織って亮介は駐輪場へ向かった。
 左胸にブレイドが入って、いつもと違う違和感がまだある。
「よくよく考えるとこれはまだまだ使い方がよくわからないな」
 新しいアイテムを手にした高揚感と、ミランが言うこれから起こる「大きなこと」の不安感が心をざわつかせていた。
 亮介はブレイドを胸ポケットにしまいバイクにまたがり、ヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかけた。通学用のリュックから手袋を取り出しハンドルを握ると、スタンドを倒して慎重に駐輪場からバイクを出した。左右に振られたバイクのライトが、せわしなく辺りの景色を照らし出しては、また別の場所を照らす。
 亮介の愛車はスポーツタイプのバイクだ。このバイクにまたがった時にちょうどガソリンタンクを太ももで挟むような形になる。亮介はバイクに乗るときはリュックを胸の位置で抱え込むようにしている。こうすれば、リュックの中身が必要な時にすぐに取り出せるからだ。友達にはリュックは背中に担ぐもので危ないからやめるようにと良く注意されるが、この方が利便性が高いし、リュックの形状の特性から両肩にきっちりとぶら下がり固定されているので、危険なめにあったことは一度もなかった。
 胸に抱えたリュックからスマホの光が漏れていた。スマホのバイブが長く小刻みに震えていることから着信だとわかったが、今は家に帰ることが優先だ。スマホは後で確認すればいい。
 亮介は勢いよくバイクのスロットルを開けて発進させた。
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