第90話

文字数 828文字

「もう無理ですよ〜。逃げられませんね〜」
 慶長の鼻先で部長は揺れた声を出した。その声はまるで地を這う蛇のように不気味で、全身に鳥肌を立てるよだった。部長の口や鼻から真っ黒いモヤが漏れ出ている。部長の手にはいつの間にか大型の包丁が握られている。
 部長は持っていた包丁を振り上げ、その切っ先を慶長に向けて振り下ろした。目を見開いた慶長はすぐに自分の無念さを悟り、絶望しながら心の中で念仏を唱えた。
 その時、部長の包丁が突然後方へ弾け飛んだ。と同時に慶長の肩は解放された。その勢いも手伝って、慶長は転がり込むように扉の敷居までたどり着いた。
 顔を持ち上げた慶長の前には、深雪が手を伸ばして涙目で部長を睨みつけていた。
 その手の先には頭にターバンのような布を巻き、派手なバルーンパンツ、キラキラと光る装飾が、施された布を身体に巻きつけて、大きく湾曲した刀を手にした女の子が浮いていた。
「私にも見えるよ」
 深雪は鼻をすすりながら力強く言った。
「深雪さん」
 亮介と慶長は這いながら扉の外に出た。
 部長は何が起きたのか理解できずその場でたたずんでいる。
 店内に転がり出た亮介の胸元からミランが飛び出してきた。
「やっと解放されました!あの強烈な邪気のせいで私は身動きすらできませんでしたから。さぁ、ご主人様、ここは私達が」
 部長を睨みつけながら、二人のマノコは臨戦態勢をとった。
「気をつけてください。こいつは今ままでのマノコとは全く違います!猛烈な邪気を感じます」
 慶長が叫んだ。
「わかっています。どれぐらいできるか分かりませんが、皆さんがここから出て行く位の時間は稼げるでしょう。早く行ってください!」
 その言葉を聞いて五人は自動ドアに向けて走り出した。亮介の体調はまだすぐれてはいなかったが物理的な部長との距離が開き、何とか一人で動けるくらいにはなっていた。
「さて、ここからどうしましょうか」
 二人のマノコは剣と槍を構え直した。
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