第106話 辛かったことと死にたかったことと望を天使のようだと思うこと

文字数 1,084文字

 先生が病気になって、会えなくなったときは本当に辛かった。あのとき、たとえ先生に迷惑がられても嫌われてもいいから、無理やりにでもついて行けばよかったと何度も後悔したよ。先生からの電話が途絶えてからは、特に。
 まさか先生が亡くなってしまったなんて夢にも思わなかった。寂しくてたまらなかったけど、いつか必ず先生は戻って来てくれると信じて耐えていたんだ。
 あの手紙はショックだったよ。手紙が送られて来たことも、手紙の内容も、先生が、もうとっくに亡くなっていたとわかったことも。
 大好きな先生に、まさか、もう二度と会えないなんて……。
 
 先生が、どういうつもりであの手紙を書いたのか、なぜああいう形で僕のもとに届けたのか、何度読んでも、いくら考えても理解出来なくて、苦しくて、悲しくて、どうしていいかわからなかった。
 絵を描くことが出来なくなった僕は、すべてを投げ出して、この洋館に逃げ込んだんだ。それ以外には、何も思いつかなかったから。
 だけど、そんなことをしても、先生を失った苦しみから逃れることは出来なかった。いっそ死んでしまいたかった。
 先生が手紙の中でプロポーズしてくれたことは、すごくうれしかったけど、もうこの世ではかなわないから、天国で結婚出来たらいいと思ったんだ。天国で永遠に一緒にいられたら、どんなに幸せかと。
 
 結局、そういうことにはならなかったけど。望が、僕を捜して洋館までやって来て、助けてくれたから。
 望は、先生と並んで、僕にとって大切な存在だよ。両親の葬儀で再会して以来、何度彼に救われたかわからない。
 彼が来るのがもう少し遅れていたら、あるいは来なかったら、本当に僕は生きていられなかったかもしれない。文字通り、あの日僕は、望に命を救われたんだ。
 彼は理由も聞かず、自分の仕事を投げ打って、ずっとそばに寄り添っていてくれた。僕は彼のために何も出来ていないのに、見返りを求めることもなく、どこまでも優しくて、ときどき冗談を言って笑わせてくれて、本人にはとても言えないけど、まるで天使のようだと思うよ。
 
 望が僕にしてくれたことは、それだけじゃない。真実を知った彼は、苦しんでいる僕のために、探偵に依頼して、先生のお墓の場所を探し出してくれたんだ。
 もっとも、費用は僕が肩代わりしたけど、すべて僕のためにしてくれたことだから、当然だと思っている。そのおかげで、先生のお墓に参ることが出来たし、そればかりか、偶然にも緒川さんに会うことが出来たんだ。
 あの日、あの場所で緒川さんと会えたことは、本当に奇跡だと思う。もしかして、先生が引き合わせてくれたの?
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