第35話 申し訳なくて涙が出そうな望と肩を震わせて泣く朔

文字数 733文字

「朔ちゃんと伯母さんが、そんな辛い目に遭ってるなんて、ちっとも知らなかった」
 長年自分が、朔の過酷な境遇も知らずに呑気に生きて来たのかと思うと、申し訳なくて涙が出そうになる。だが、朔はさらりと言った。
「言わなかったからな。誰にも知られたくなかったんだ」
「でも……」
「親に殴られてるかわいそうなやつだと思われたくなかったし」
「でも、誰かに助けを求めていたら」
「無理だよ」

 朔が、まっすぐに望を見る。
「たまりかねて、一度、あいつが仕事に行っている間に、お母さんと荷物をまとめて逃げたんだ。でも、どこをどう探したのか、すぐに見つかって連れ戻されて……」
 そのときの仕打ちを思い出したのか、朔は痛みをこらえるような顔をした。
「それ以来、僕もお母さんもあきらめた。誰かに話したことをあいつに知られたら、どんな目に遭うか」
「そんな……」
「だけど、やっとチャンスが巡って来たんだ。絵が認められたおかげで、僕は堂々とあいつの支配から抜け出ることが出来た。
 あとは、お母さんをここに呼び寄せて、一緒に暮らす計画だった。あと少しだったんだ。それなのに……」
 朔は、苦し気に顔を歪め、テーブルに突っ伏した。グラスが倒れて、入っていたお茶がこぼれる。
 
 
 しばらくの間、肩を震わせて泣いていた朔が、ようやく顔を上げた。うつむいて涙をぬぐっている彼に、望は話しかける。
「朔ちゃん、お腹空かない?」
「……え?」
「夕ご飯、僕が作ってあげるよ」
 両親が食堂を営んでいるので、見よう見まねで、望も小学生の頃から料理をするようになっていた。望は椅子から立ち上がる。
「冷蔵庫の中、見てもいい?」
 だが、冷蔵庫の中には飲み物しか入っていなかったので、朔と一緒に、近くのスーパーに買い出しに行くことになった。
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