第34話 朔の意見と初めて訪れたマンションと冷たいお茶

文字数 904文字

 葬儀の間中、朔は感情を表さなかったが、二つの骨壺を前にして、初めてはっきりと意見を言った。
「僕は、お母さんだけマンションに連れて帰る。あいつの骨は、叔父さんたちが、持ち帰るなり捨てるなりしてください」
「朔ちゃん……」
「死んでからも一緒じゃ、お母さんがかわいそうだ」
 それで、伯父の遺骨は、とりあえず望たちの家に持ち帰ることになった。
 
 蜂須の車でマンションに帰るという朔に、望は思い切って声をかけた。
「朔ちゃん、僕も一緒に行く」
「え?」
 伯母の遺骨を胸に抱いた朔が、不思議そうな顔をする。
「僕も朔ちゃんのマンションに連れて行って。いいでしょう?」
 今ここで別れたら、二度と会えないような気がした。それに、こんなときに一人ぼっちでマンションに帰るなんて辛過ぎる。
 朔は、気のない返事をした。
「別にいいけど」


「何かあったら使いなさい」
 別れ際に、母がそっとお金を持たせてくれた。望は、朔と並んで、蜂須の車の後部座席に乗り込んだ。
 遺骨を膝に乗せた朔は、車が動き始めると、シートに体を預けて目を閉じた。着いたのは、高校生が一人暮らしをするには高級過ぎるマンションだった。
 
 
 玄関に入るなり、壁に飾られた大きな絵が目に入る。それは、最初に本の表紙になった絵を引き伸ばしたものだ。
「わぁ、すごい」
 思わず声を上げると、朔が、目を伏せながら言った。
「僕はいいって言ったのに、お母さんが……」
 きっと伯母は、うれしくて誇らしくてならなかったのだろう。
 
 長い廊下を進んで、広いリビングダイニングに入ると、大きなテーブルの上に大切そうに遺骨を置いてから、朔が言った。
「何か飲む?」
「うん……」
「熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
「あ……疲れてるのにごめんね」
「いいよ。じゃあ、ペットボトルのお茶でいい?」
「うん」


 冷たいお茶の入ったグラスを前に、朔と向かい合ってテーブルに着く。すぐ横に、伯母の遺骨がある。
 お茶を一口飲んでから、望は言った。
「朔ちゃん」
「うん?」
「僕、何も知らなくて……」
 朔は、グラスをもてあそびながら言う。
「絵のこと?」
「それもだけど……」
 朔は、なんでもないことのように言った。
「あいつのこと?」
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