第38話 泣きながらかけた電話と川沿いに停めた車内で静かに流れる洋楽

文字数 947文字

 部屋に戻った頃には、すでに夕暮れが迫っていた。薄暗くだだっ広い部屋は、冷たくしんと静まり返っている。
 さっきまで、望と過ごしていたのが嘘のようだ。ふと、テーブルの上から棚の上に移した母の遺骨が目に入る。
 お母さんは、もういないのだ。あんなに小さく、骨だけになってしまった。
 お母さんと暮らすために、こんなに広い部屋を借りたのに。たまらなく悲しくなり、涙があふれる。
 一人ではとても耐えられない。そう思い、朔は泣きながら菜月に電話をかけた。
「先生……」
「影森くん、どうしたの?」
「先生、お母さんが……」


 菜月が、すぐに車でマンションの前まで来てくれた。玄関ロビーの前で待っていた朔は、よろよろと車に近づく。
 助手席のドアを開けて、菜月が言った。
「乗って」
 朔が乗り込んでシートベルトを締めると、菜月は、すぐに車を発進させた。
「どこかで食事にする?」
 菜月の言葉に、朔は首を横に振る。何か食べる気になんかならないし、人のいる場所に行きたくない。
「それじゃ、そこのコンビニで何か買って来るから、君は車で待っていて」
 菜月はコンビニの駐車場に車を停めると、一人で店に入って行った。
 
 
「はい。こんなのでよかったかな」
 川沿いに車を停めて、菜月が飲み物とサンドイッチを手渡してくれる。もうすっかり日が暮れた。
「昨日から、ずっと一人で部屋にいたの?」
 さっきの電話で、泣きながら、父が無理心中を図ったことや、昨日、葬儀が行われたことを話したのだ。
「いえ。従兄弟と一緒に」
「そうなの」
「さっき、駅まで送って行って、帰って来たら……」
 涙がこみ上げ、それ以上話せなくなる。菜月は、カーステレオのボリュームを下げて音楽をかけた。
 
 洋楽が静かに流れる中で、朔は、とぎれとぎれに言う。
「僕の、せいで、お母さんは……。僕が、あのまま同居していたら、あんなことには……」
 もう少し我慢して家にとどまって、周到に準備するべきだったのだ。それなのに、自分は焦り過ぎてしまった。
 菜月が、静かな声で話す。
「影森くんのせいじゃないわ。君の絵がたくさんの人に認められて、独り立ち出来て、お母さん、どんなにうれしかったことか」
「でも、お母さんを助けられなかった」
 すると、菜月が言った。
「それを言うなら、私のせいよ」
「え……?」
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