第72話 かかって来ない電話と垂れた絵具と既読にならないメッセージ
文字数 969文字
ある夜のこと。いつもの時間になっても、菜月から電話がかかって来ない。
朔の胸に不安がよぎる。何かあったのだろうか……。
朔は、祈るような気持ちでスマートフォンを見つめる。もう仕事どころではない。
何度も自分からかけてみようかとスマートフォンを手に取るのだが、そのたび思いとどまった。きっと、何か事情があって、今はかけられないに違いない。
菜月が自分からかけると言い、実際、今までは毎晩かかって来たのだ。だから今夜も、彼女がかけて来るのを待とう。
そう思ったのだが、いつまで待っても着信はなく、朔は眠れないまま朝を迎えた。
ベッドで少しうとうとした後、シャワーを浴びた。いつ着信があってもわかるように、バスルームのドアのすぐそばにスマートフォンを置いていたのだが、それはことりとも鳴らず、辺りはしんと静まり返ったままだった。
不安と焦燥に胸を搔きむしられるようで、何も手につかない。先生はどうしたのだろう。いったい何が……。
それでも、もう一日だけ待とうと思い、すぐ横にスマートフォンを置いて、気乗りしないまま絵に色を塗っていたのだが、うっかり意図しない場所に絵具を垂らしてしまった。
朔は、癇癪を起こして、絵筆を壁に投げつけた。そして、その後すぐ、ひどく自己嫌悪に陥る。
壁に絵具の筋がついている。立って行って筆を拾うと、目からぽたりと涙が落ちた。
苦しい気持ちのまま夜まで待ったが、やはり電話は来ないので、ついに朔からかけた。だが、菜月のスマートフォンの電源は切られている。
どうして? 二日も待ったのに。朔はメッセージアプリを開き、震える指で打ち込む。
――先生、何があったの? これを読んだら、すぐに電話して。ずっと待ってるから。
きっと今は、たまたま電源を切っているだけだ。家族と一緒にいて、なかなか一人になれないに違いない。
昨日だって、たまたま家族と出かけていたとか。別にずっと臥せっているわけではないのだから、そういうこともあるはずだ。
きっと今にも菜月は、電源を入れて朔のメッセージに気づき、すぐに電話をかけてくれるに違いない。
自分に、必死にそう言い聞かせたのだが、日付が変わっても、その後いつまで経っても、スマートフォンの電源が入ることも、電話が来ることもなく、何度確かめても、メッセージは既読にならなかった。
朔の胸に不安がよぎる。何かあったのだろうか……。
朔は、祈るような気持ちでスマートフォンを見つめる。もう仕事どころではない。
何度も自分からかけてみようかとスマートフォンを手に取るのだが、そのたび思いとどまった。きっと、何か事情があって、今はかけられないに違いない。
菜月が自分からかけると言い、実際、今までは毎晩かかって来たのだ。だから今夜も、彼女がかけて来るのを待とう。
そう思ったのだが、いつまで待っても着信はなく、朔は眠れないまま朝を迎えた。
ベッドで少しうとうとした後、シャワーを浴びた。いつ着信があってもわかるように、バスルームのドアのすぐそばにスマートフォンを置いていたのだが、それはことりとも鳴らず、辺りはしんと静まり返ったままだった。
不安と焦燥に胸を搔きむしられるようで、何も手につかない。先生はどうしたのだろう。いったい何が……。
それでも、もう一日だけ待とうと思い、すぐ横にスマートフォンを置いて、気乗りしないまま絵に色を塗っていたのだが、うっかり意図しない場所に絵具を垂らしてしまった。
朔は、癇癪を起こして、絵筆を壁に投げつけた。そして、その後すぐ、ひどく自己嫌悪に陥る。
壁に絵具の筋がついている。立って行って筆を拾うと、目からぽたりと涙が落ちた。
苦しい気持ちのまま夜まで待ったが、やはり電話は来ないので、ついに朔からかけた。だが、菜月のスマートフォンの電源は切られている。
どうして? 二日も待ったのに。朔はメッセージアプリを開き、震える指で打ち込む。
――先生、何があったの? これを読んだら、すぐに電話して。ずっと待ってるから。
きっと今は、たまたま電源を切っているだけだ。家族と一緒にいて、なかなか一人になれないに違いない。
昨日だって、たまたま家族と出かけていたとか。別にずっと臥せっているわけではないのだから、そういうこともあるはずだ。
きっと今にも菜月は、電源を入れて朔のメッセージに気づき、すぐに電話をかけてくれるに違いない。
自分に、必死にそう言い聞かせたのだが、日付が変わっても、その後いつまで経っても、スマートフォンの電源が入ることも、電話が来ることもなく、何度確かめても、メッセージは既読にならなかった。