第32話 SNSから始まる夢のような出来事と天国から地獄に突き落とされること

文字数 1,058文字

 高校受験が終わった頃から、朔はSNSを始めた。人と交流するのが目的ではなく、描きためた絵を公開するためだ。
 紙に描いた絵は、いつどんな理由で破損するか、失われてしまわないとも限らず、デジタルで残しておきたいという気持ちもあった。たいしてフォロワーは増えなかったが、絵を載せること自体が目的だったので、あまり気にならなかった。
 だが、高校生活にようやく慣れて来た頃、SNSのアカウントに一通のダイレクトメールが来た。それは、人気小説家の代理人を名乗る人物からだった。
 たまたま朔のSNSを目にした小説家が、朔の絵を気に入り、次回作の表紙を描いてほしいというのだ。
 
 そこからの出来事は、まるで夢か映画でも見ているようだった。小説の表紙を描いたことをきっかけに、SNSのフォロワーは爆発的に増え、絵のオファーが殺到するようになった。
 朔一人ではさばききれず、初めのうちは母に窓口になってもらっていたのだが、それでは対応しきれず、最初にメールをもらった小説家の代理人にマネージメントをしてもらうことになった。いつしか、朔の収入は、父のそれを軽く超えていた。
 
 朔が、仕事に集中するために休学し、一人暮らしをしたいと申し出ると、父は反対せず、暴力を振るうこともしなかった。こんなに簡単に長年の支配から解放されるのかと拍子抜けしたが、最終的には、母を呼び寄せて二人で暮らすことが、朔の目標になった。
 朔は、マンションに引っ越し、一人暮らしを始めた。母が通いながら身の回りの世話をしてくれ、少しずつ母の荷物も運び入れていた。
 最初の仕事が決まったときに、一番に菜月に連絡した。菜月は、とても喜んでくれ、二人でお祝いをしようと言ってくれたが、朔が忙しくなってしまい、なかなか会えないままだった。それでも、朔は幸せだったのだが。
 
 
 ようやくここから自分の人生が始まる。そう思っていた矢先、悲劇が起こった。父が無理心中を図ったのだ。
 父は母を包丁で刺し、自分自身も切りつけたが、死にきれなかった彼は、家に火を放った。理由はわからない。今までだって、父の暴力にまともな理由などなかった。
 だが、あるいは、朔が仕事を始めたせいなのかもしれない。たやすく支配出来ると思っていた息子が、あっさり自分を追い越し、飛び立って行ったことにプライドが傷ついたのだろうか。
 そして、母までが離れて行くことを危惧し、それを阻止するために刃を向けたのだとしたら。もしもそうであるならば、母が死んだのは自分のせいだ。
 朔は、天国から地獄に突き落とされた。
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