第5話 二階への階段を見上げることと憧れの従兄弟

文字数 878文字

「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます」
 ぺこりと頭を下げてから、陽太は出かけて行った。望は、松葉杖をついて、再び廊下を戻りながら考える。
 彼は、なかなかよさそうな子だ。人とコミュニケーションを取るのが苦手だと言っていたが、今話した限りではそれほどでもなかったし、礼儀正しくて真面目そうだし。
 とにかく、ようやくアルバイトが決まってよかった。家事を引き受ける約束でここに押しかけて来たのに、当分は自分のことさえまともに出来そうにないから。
 
 廊下の途中で立ち止まり、二階への階段を見上げる。本来の望の部屋は、二階の朔の部屋の隣なのだが、怪我をして以来、階段の上り下りが大変なので、一階のゲストルームを使っている。
 朔は具合が悪いと部屋から出て来ないし、そうでなくても、普段から部屋にこもりがちだ。いつもならば、無神経を装って様子を見に入って行くのだが、今はそれもままならない。
 だが、これからは陽太に行ってもらうことにしよう。彼には少々荷が重いかもしれないが……。
 リビングルームに戻り、再びソファに腰を下ろす。ここで陽太の帰りを待つことにした。
 足を庇いながら背もたれに身を預け、美しいシャンデリアを見上げながら、ほっと一息つく。
 
 
 朔と望は、父親同士が兄弟の従兄弟だ。一人っ子の望は、子供の頃から、年上の朔を憧れの眼差しで見ていた。
 二歳しか違わないのに、年よりずっと大人びてクールなところがかっこいいと思っていたのだ。その態度が、本当はクールなんかではなく、苦しみを隠し、必死に感情を押し殺していたのだと知ったのは、ずいぶん後になってからだ。
 父親同士は、仲が悪いというわけではなかったが、性格も職業も違い、あまり交流は多くなかった。顔を合わせるのは年末年始とお盆くらいで、それも、祖父母が他界してからは途絶えがちだった。
 だが、たまに会う朔は、成長するにつれ、すらりと背が伸びて、シャープな顔立ちの少年になった。童顔で、なかなか背が伸びなかった望は、そんなところにも憧れていた。
 絵が得意な朔は、中学生になって、美術部に入ったと聞いた。
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