第83話 野山の提案と断る朔と最後まで優しい野山

文字数 755文字

「君に依頼していた表紙の件だけど、あれだけでも描く気はない? 今も僕は、出来れば君に描いてほしいと思っている」
 野山にはめずらしく、たたみかけるように言う。
「それで、ちょっと出版するのを待ってもらっているんだ。別に急いで出さなくちゃいけないわけじゃないから、君が描いてくれるなら、僕はいつまででも待つつもりだよ」
 野山がそこまで思ってくれているのだと知り、胸が痛い。
「僕のために申し訳ありません。でも、本当にもう……」
「そう? あの、こういうことを言うのは失礼かもしれないけど、なんなら、僕がダメ出しした絵でも」
 それは、表情が寂しげだと言って、描き直しを命じられたもののことだ。
 
「いえ、それはやはり……。あれはご希望に添えなかったものですから」
 曲がりなりにもプロとして依頼された以上、あれを使ってもらうわけにはいかない。電話の向こうで、ため息をつくような音がした。
「そうか。そうだよね。いや、おかしなことを言ってごめんよ」
「いえ。僕のほうこそ、途中で仕事を投げ出してしまい、本当に失礼なことをしました」
「いいんだ。僕はただ、君の絵が大好きなんだよ。今回の短編集の中には、君の絵にインスパイアされて書いたものもあるし」
「本当に、すいません……」
 朔は、ぎゅっと目をつぶる。今さら遅過ぎるが、自分の絵を見出し、世の中に送り出してくれた恩人に、なんということをしてしまったのか……。
 
 だが、野山は最後まで優しかった。
「君の気持ちはよくわかったよ。でも、いつかまた描く気になったら、そのときは一番に教えてほしいな。
 それから、それとは関係なく、また、うちに遊びにおいで。よかったら、今度は望くんも一緒に。
 あぁ、彼の怪我が治ってからのほうがいいかな」
「……ありがとうございます」
「うん。それじゃあまた」
「はい」
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