第97話 松葉杖なしで歩くことと王子にエスコートされる姫の気分と顔が熱くなること

文字数 951文字

 その後、望は、松葉杖なしで歩けるようになった。というか、医師に、いつまでも松葉杖に頼っていては回復が遅れると言われたので、使うことをやめたのだ。
 実際に杖なしで歩いてみると、杖を使うことにすっかり慣れていたせいもあって、今まで、過度に右足を庇っていたことを実感した。同じ理由で、階段に慣れるためとトレーニングをかねて、部屋も二階に戻した。
 
 
 陽太が帰った後、手すりにつかまりながら、ゆっくりと階段を上がる。夕飯の時間まで、しばらく部屋で休むつもりだ。
 後ろから、朔がゆっくりとついて来る。墓参りに行って以来、菜月の話はしていない。
 朔は、相変わらず寝たり起きたりの生活をしているが、以前よりは、望たちと過ごす時間が増えたような気がする。ふと立ち止まると、朔が言った。
「どうした、大丈夫か?」
 振り返ると、朔が心配そうに見上げている。その顔を見て、甘えたい気分になった。
「うん、ちょっとしんどい」
「ゆっくり、休み休み行けよ」

「朔ちゃん」
 望は、横をすり抜けて、先に上がって行こうとする朔を呼び止めた。朔が立ち止まってこちらを見る。
「うん?」
「ちょっとつかまらせて。上まで一緒に連れて行って」
「しょうがないな」
 望が腕につかまると、朔は苦笑しながらも、歩調を合わせてくれる。
「へへっ」
 二階まで上がりきると、朔は、そのまま望の部屋の前まで一緒に歩いて来てくれた。
 
「なんか王子にエスコートされる姫の気分」
「何言ってるんだよ」
 それから朔は、ふと思いついたように言った。
「望は、好きな人とかいないのか?」
「えっ? なっ……朔ちゃんこそ、急に何言ってるんだよ」
「……って、いないから、こんなところに何ヶ月もいるんだよな」
 そういう言い方をされると、なんだか癪に障る。
 
「こう見えても、僕は意外とモテるんだよ」
「そうだろうな」
「えっ?」
 意外な反応に、望は、朔の顔をまじまじと見る。朔は真顔で言った。
「一緒に暮らしてみて、余計にそう思ったよ。望は優しいし、明るいし、なんていうか、人の心を和ませる力がある。
 いつも感謝してるよ」
「え……」
 顔が熱くなる。朔がくすりと笑った。
「何赤くなってるんだよ。言った俺のほうが恥ずかしくなる」
 そして、何も言えずにいる望をその場に残し、自分の部屋に入って行ってしまった。
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