第65話 ブルームーンストーンと十六歳と十八歳と二十歳の朔

文字数 1,090文字

「先生、好きだ」
 朔は、菜月の白い喉元に唇を這わせる。裸の胸には、淡い光を放つブルームーンストーン。
 あの日、涙ぐむ菜月の首に朔の手でかけたネックレスは、あれ以来、いつもそこにある。朔は十八歳になった。 
 相変わらず、菜月のことが好きでたまらないし、菜月も、朔のことを愛してくれている。そして菜月は、相変わらず美しい。
 ネックレスを贈った頃、朔は、早く結婚したくて仕方がなかった。今思えば、菜月を自分だけのものにして安心したかったのだ。
 菜月が、この先もずっと自分だけを見ていてくれるのかどうか確証が持てず、自分にその価値があるのかどうか自信がなかった。だが、今は違う。
 どんなことがあっても菜月を守り、幸せにする覚悟があるし、一生愛し続ける自信もある。そして、そんな自分を菜月も信じ、すべてを受け入れてくれているのだとわかっている。
 
 数ヶ月遅れになったが、なんとか高校を卒業することも出来た。もっとも、実際に通うことはほとんどなかったが、それでも卒業出来たのは、ひとえに蜂須のおかげだ。
 学校の課題をこなしながら仕事をするのは、体力的に大変なときもあったが、教室で授業を受けるよりは、精神的にはずっと楽だった。これからは、今まで以上に仕事をがんばりたい。
 自分のために、菜月のために、そして、より菜月にふさわしい大人の男になるために。
 
 十六歳の自分は、周りのことが見えていなかったが、今ならば、菜月が二人のことを秘密にしたいと言った気持ちもわかる。もちろん、自分にはやましいことなど一つもないし、朔自身は、誰に何を言われてもかまわない。
 だが、菜月は教師という立場上、世間体を気にして当然だ。何しろ、朔は十一歳下で、元教え子で、今もまだ十代なのだから。
 それに今は、無理に結婚を急がなくてもいいと思えるようになった。今の状態で、特に困ることはないし、菜月にとって心地よいなら、当分このままでかまわない。
 結婚するのは、何かのきっかけがあってからでも遅くない。たとえば、子供が出来たときとか。
 
 
 それでも一応、二十歳になったときに、彼女が用意してくれたバースデーケーキを前に聞いてみた。
「先生は、今のままでいいの?」
「それはつまり、二人の関係ということ?」
「うん。もちろん、僕はこれからもずっと先生と一緒にいたいけど、先生は? 不安とか、不満はないの?」
 菜月は微笑む。
「不安も不満もまったくないわ。君のことを愛しているし、とても幸せだし、ずっとこのままでいたいと思ってる」
「そう」
 あえて「結婚」という言葉は口に出さなかったし、菜月の気持ちを尊重したいと思ったのだったが。
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