第74話 野山の言葉と反省する朔とポストに届いた分厚い封筒

文字数 572文字

「全体的には、とてもいいと思うんだ。月に浮かぶ花々も幽玄できれいだし。でも……」
 野山は口ごもる。朔は、ベッドの上で正座する。
「なんですか? なんでも言ってください」
「うん。小説の内容からすれば、女性は、うっとりと夢見るような表情をしていてほしいんだ。でも、この表情は、少し寂しげというか、悲しげというか」
「あっ、すいません。そうですよね。すぐに描き直します」
 野山は、申し訳なさそうに言う。
「すまないね。これはこれで、とても素敵なんだけど」


 朔は反省した。こんなことではいけない。個人的な事情や気分が仕事に影響を及ぼすなど、あってはならないことだ。
 自分はもう、菜月に恋い焦がれて絵を描いていた中学生とは違う。プロとして、絵を描くことを生業とし、十分過ぎるほどの報酬を受け取っているのだ。
 そう思って自分を叱咤し、感情を抑え、必死に絵を描き続けていたのだが。
 
 
 その日、買い物から戻って来ると、マンションのポストに一通の分厚い封書が届いていた。差出人の名前はなく、筆跡に見覚えはない。
 それなのに、なぜか嫌な予感がして心臓が暴れ出し、エレベーターのボタンを押す手が震える。なんとか部屋までたどり着き、苦労しながらペーパーナイフで封を切ると、さらに中から封書が出て来た。
 噴き出した額の汗をぬぐってから、朔はもう一度ペーパーナイフを手に取る。
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