第3話 アルバイト急募の理由と応募の理由

文字数 1,097文字

 男性が去った方向をぽかんと見ていると、彼が言った。
「この足じゃ、お茶を淹れるのも一苦労でね」
 そして、松葉杖を横に置いて、そろそろとソファに腰かける。陽太は、おずおずと聞いた。
「その足、どうされたんですか?」
 すると、苦笑いを浮かべながら彼が話してくれた。
「あぁ、寝ぼけて階段から転げ落ちちゃったんだ。湿布でも貼っておけばそのうち治るかと思ったら、どんどん腫れて来てさ。
 病院に行って診てもらったら、骨にひびが入ってるって言われて」
「そうなんですか……」

 それから彼は、ティーカップを陽太の前に置きながら、にっこり笑って言った。
「僕は影森望。さっきの彼は、影森朔。僕たち、従兄弟同士なんだ」
 陽太もあわてて名乗る。
「あっ、僕は城戸陽太です」
「陽太くんか、いい名前だね。お茶どうぞ」
 彼にうながされ、陽太は紅茶に口をつける。
 
 自身も一口を飲んでから、望が言った。
「それで、アルバイトのことだけど」
「はい」
 陽太は、緊張しながら彼を見る。
「君、家事は得意?」
「得意ってほどじゃないですけど、まぁ、それなりに」
 すると望は、再び笑顔を浮かべて言った。
「それなりで十分だよ」


 彼が説明してくれたところによれば、日頃、家事は全面的に彼・望が引き受けているのだという。朔は体調を崩していて、今は休職中なのだとか。
「今日みたいに比較的元気な日もあるけど、具合が悪くて起きられないときもあるんだ」
 どうりで、ひどく痩せているし、顔色も良くなかった。ぶっきらぼうなのも、そのせいか。
「だけど、僕がこんなことになっちゃっただろ。カフェは休むからいいとしても、ちょっとした家の中のこととか、買い物なんかを誰かに頼めないかと思ってね。とりあえず、アルバイト募集の貼り紙をしてみたんだよ」

 陽太は、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「あの、僕のほかにアルバイトを希望した人って……」
 望が笑う。
「君が初めてだよ。このまま誰からも電話がなかったら、どうしようかと思ってた」
 やはり、思った通りだ。
 
「あっ、ねぇ」
 望が、陽太を真っ直ぐに見ながら言う。
「こういう場合、一応、君のプロフィールとか聞いておいたほうがいいよね」
 陽太は思う。それを僕に尋ねるのか……。
「まぁ、そうですね」
 望が、うながすように眉を上げる。それで、陽太は説明した。
 
 一応、大学に籍はあるものの、ずっと通っていないこと。そのことが両親にバレて、家にいづらくなって、祖母の家に身を寄せていること。人とコミュニケーションを取ることが苦手で、今までアルバイトをしたこともないのだが、このままではいけないと思い、勇気を振り絞って電話をかけたことなどを。
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