第56話 胸によぎる不安と下りて来た朔とソファから立ち上がる蜂須

文字数 871文字

 陽太が買い物に出かけて行って間もなく、玄関の呼び鈴が鳴った。それは古めかしく、なんとも言えない雰囲気のある音で、チャイムというより、いかにも呼び鈴と呼びたくなるような音色なのだが。
 一瞬、陽太が忘れ物でもして戻って来たのかと思ったものの、彼は怪我をしている望を呼びつけるようなことはしないだろう。ということは来客か。
 そう思い、松葉杖をつきながら玄関へ急ぐ。ドアを開けると、高級そうなスーツを隙なく着こなした男性が立っていた。
 一度しか会ったことはなかったが、それが誰だかすぐにわかった。以前会ったときより、いくらかふっくらとしたように見えるその人は、朔のマネージメントをしていた蜂須だ。
 
 彼は、慇懃に尋ねた。
「こちらは、影森朔さんのお住まいでしょうか」
「はい……」
 おそらく彼は、望があのときの中学生だとは気づいていないのだろう。
「蜂須と申しますが、影森さんはご在宅ですか?」
「はい……」
 望の胸に不安がよぎる。今頃になって蜂須がわざわざ訪ねて来るとは、いったいどういうことなのか。
 だが、まさか追い返すわけにもいかない。望は覚悟を決めて言った。
「どうぞお入りください」


 リビングルームには戻らず、階段の下で待っていると、やがて着替えた朔が下りて来た。頬のこけた顔が青ざめている。
「朔ちゃん、蜂須さんが」
「うん」
「朔ちゃん……」
 朔が、望の目を見て言った。
「大丈夫だ。心配いらない」
 駄目だとは言われなかったので、望も朔の後についてリビングルームに入る。
 
 朔を見て、蜂須がソファから立ち上がった。
「朔くん、探したよ」
 朔が頭を下げる。
「ご無沙汰しています」
 そして、ちらりとこちらを見てから言った。
「従兄弟の望です」
 蜂須が目を見開いてこちらを見る。
「あぁ、あのときの」

 望も頭を下げる。
「あっ、どうも。お茶も出さずにすいません。こんな状態なもので」
 ギプスで固められた右足を示すと、蜂須は黙ってうなずいた。朔が、蜂須に向かって言った。
「彼も同席してかまいませんか」
 朔は、自分にも話を聞かせるつもりなのだ。蜂須が言った。
「もちろん」
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